51 厄災の大悪魔

 俺達は、再度手配してもらった馬車に乗って、あの屋敷の辿り着いた。

 応接室も流石に見事なもので、俺、ルミス、タバサ、ヘドロの4人が座っても全く狭く感じない豪華な椅子に座り、アンリを待っている。


 ヘドロを見ると、キョロキョロと周りを見渡していて、落ち着きがない。

 ふふ、初めての貴族の屋敷にびっくりしてるんだろうな。

 俺も最初はあんな感じだったのかな。


 対して、俺とルミスは慣れたもんだ。

 一週間程滞在してたからな。

 我が家のようにくつろぎコーヒーを飲む。

 正直苦くて不味いけど、なんだか貴族になったようで格好いいんだ。


 タバサは……ん?


「……悪魔……許さない……絶対に……」


 タバサの様子がいつもと違う。

 うつ向いて、ぶつぶつと一人で喋っている。

 恋人を生き返らせる前に、魂と話すことができるようになったのかな?

 タバサ、成長したじゃん。


「あはは、お待たせ。今日は大勢で来たんだね」


 俺がタバサの成長に感心していると、アンリがやってきた。

 隣にはいつものメイドがいるだけだ。

 ダークエルフも見たかったけど、今はルミスも体があるし別にいいか。


「それで? ルミスはどうだい? 問題なく運用出来てる? 瑕疵担保責任は持ってるつもりだから、何かあったら遠慮なく言ってよ」


 かし……?

 なんでお菓子が出てくるのかはよく分からないけど、俺は再度感謝を告げる。


「本当にありがとうアンリ! 最っ高だよ! これが、これこそが、俺の愛してやまないルミスだよ!」


 愛して病んでるよぅ。

 何か呟きが聞こえた気がするけど、気にしないでおこう。


「あはは、そこまで喜んでくれると僕も嬉しいよ。それで? そっちの二人は?」


 アンリの目線を受けて、緊張しているヘドロは顔を赤くしてたじろいでいる。

 タバサは俯いたままだ。

 ……仕方ない、俺から紹介するか。アンリの部下になる俺はもう、貴族みたいなもんだし。


「奥の気持ち悪い男がヘドロ。その隣の根暗そうな女がタバサっていうんだ。それでなアンリ、この同志タバサも生き返らせたいやつがいるらしいんだ。だから悪いけど、もう1回頼めないかな?」


「あはは、バアルの頼みなら、できるだけ聞いてあげようか。それで? 誰を生き返らせたいの?」


 俺達はタバサに注目する。

 タバサはコーヒーがよっぽど苦手だったのか、カラカラに渇いた声で呟いた。


「…………ウォフ様を、生き返らせて」


「ウォフ? 誰だいそれ?」


「ウォフ・マナフ様を生き返らせて」


「うん? 聞いたことがあるような無いような……ジャヒー、知ってる?」


 アンリは隣のメイドに尋ねるが、メイドは首を横に振るだけだった。

 アンリ達の態度の何が気に食わなかったのか、タバサは両手で机を強く叩き、勢いよく立ち上がった。


「ふ、ふざけるなぁ! あんたが殺したんでしょうがぁ! ウォフ様を、あんたが殺したぁ!!」


 いきなり大声を上げだしたタバサを、皆が驚いて注目する。


「って言われてもねぇ。仕方ないなぁ、死体を持ってきてよ。蘇生可能かは分からないけど、試してあげるから」


 今にも掴みかかりそうな勢いのタバサにも、アンリは全く動じる様子がない。

 さすが貴族、優雅だな。


「し、死体は、首は、あんたが持ってったでしょうがぁ! よく聞けこの大悪魔! 私はタバサ! 聖教会の序列9位よ! 序列1位のウォフ・マナフ様の仇を取りに来たわ!」


 タバサが自己紹介をしたことにより、アンリはようやく合点がいったようだ。

 笑いながらタバサをたしなめる。


「あはは、まぁまぁ、落ち着きなよ。思い出した、思い出したからさ。えぇっと……」


 アンリは少し考えた様子を見せたが、直ぐに「あっ」と声を上げる。


「あはは、ごめんごめん。あの人を生き返らせることはできないよ。もう魂がなくなっちゃったから……そもそも、どこにも肉体が残ってないんだよなぁ」


 ”生き返らせることができない”

 その言葉に、タバサはショックを受けたのか、涙が溢れだしていた。


「ウォフ様は……どこよ。肉体はどこにいっちゃったのよ……」


 タバサの質問に、アンリは年齢に相応しい無邪気な笑顔を見せて答えた。


「食べちゃった」


 タバサの目から感情が消える。

 アンリは慌てて、フォローを行う。


「あぁ、違うよ? 食べたのは僕じゃないよ? 君も知ってる子だと思うけど……どうもあの子は人肉が好きでね。変わった子だよ、ほんと」


 だけどそのフォローは、タバサには何の効果もなかったようだ。

 タバサは、これまでに聞いたことのない低い声で俺に話しかけてくる。


「バアル……あいつを殺して。あいつは厄災の大悪魔よ。私の最愛の人を殺したの」


 えぇ? 俺が修羅場に巻き込まれるのかよ。

 別に俺はウォフってやつを好きじゃないんだし、巻き込むなよ。


「同志タバサ、それは無理だ。俺はアンリの部下だからな。約束したんだ。それを破ることはできない。嘘つきになっちゃうからな」


 ルミスを生き返らせてくれた恩人を、俺が殺すわけないだろ?

 それに、俺はアンリの部下なんだから。

 だけど、タバサは諦めない。


「バアル、私と約束したよね? 私のために戦ってくれるって。約束を破るの? バアルも嘘つきになるの?」


 ……それはまずい。

 嘘つきは許せない。

 どうしよう。どうしようどうしよう。


「それに、あの悪魔は嘘をついている。あいつはルミスを生き返らせてなんかいない。バアルが嘘つきにならないために、嘘つきの悪魔を殺したら、全て丸く収まるじゃない」


 えぇ? 嘘つきの悪魔って、アンリが? アンリが嘘つき?

 ルミスは生き返ってない? 何言ってんだ?

 よく分からなくなってきた。どうしよう、どうしよう。

 

「た、タバサ? 何を? ルミスは生き返ってるじゃないか……」


 俺の指摘に、タバサはぶつぶつと呟きだした。

 代わりにヘドロが答えてくる。


「ば、バアルぅ、ルミスさんは、その、生き返ってないんじゃないかよぅ? そのルミスさんは、本当に生きてるみたいだけど、とても人間とは思えないよぅ」


 えぇ? ヘドロまでタバサと同じことを言うのか?


「お、おいお前ら、何言ってるんだよ。ルミスが人間じゃないなんて、こんなにか弱い女の子相手に……可哀そうじゃねぇか」


 笑顔のままの優しいルミスの代わりに、俺が少し怒りを露わにすると、タバサがルミスに手のひらを向ける。


「いい? バアル、よく見ておきなさい。これが本当にルミスかどうかを。敵穿つ雷槍ライトニング・ジャベリン!」


「タバサ!?」


 いきなり、タバサがルミスに向かって魔法をぶっ放した。

 俺は戦慄してルミスを見るが──


「敵意ヲ確認シマシタ。反撃ヲ開始シマス」


 ──ルミスは無傷だった。

 それどころか、俺でも視認できないほどの速さで動いたかと思えば、一瞬でタバサを組み伏せていた。


「……え? ルミス?」


「ごほっ!? み、見なさいバアル! これのどこがか弱い女の子よ! このルミスは偽物でしょうが!」


「……えぇ? あ、アンリ……これは一体?」


 俺は泣きそうな顔でアンリを見るけど、アンリは心底不思議そうな顔で首を傾げていた。


「うん? 何か問題があったかい? ルミスは怒ると怖いんでしょ? 怒るとバアルよりも強いんでしょ?」


 視界がぐにゃぁと歪んだように感じた。

 そ、そうだ、ルミスは怒ると怖いんだ。

 い、いやでも、これは強すぎ……な気もする。


「バアル? 私、何かおかしい? お願いバアル、アンリさんに従っ──」


 ルミスが何か喋ろうとしていたけど、それはアンリが手でストップをかけていた。


「あはは、大丈夫だよルミス。僕もどうなるか見てみたいんだ。今回は、何を言わなくていいよ」


 分からない。

 俺はどうすればいいんだ。

 俺が嘘つきにならないために、同志タバサの言う通りにするべきか。

 そうだ、別にアンリを殺しても、ルミスはもう生き返ったんだ。

 そうだ、それがいい。


 俺が考えている間にも、ルミスに強く抑えられているタバサは、苦しそうにうめき声をあげる。


「ヘドロぉぉ……あ、あんたも、手伝ってよ。この悪魔を殺したら、私の体と心は一生あんたにあげるから」


「そ、そう言われてもよぅ……」


 情けない声を上げるヘドロに、タバサは大声をあげる。


「覚悟を決めろヘドロォォ! 私はバアルの強さに賭けたんだ! あんたも付き合えぇ! バアルに勝てる奴なんかいない! 腐りきった世界の中でも、バアルの強さだけは本物でしょうがぁぁ!」


 そうだ、俺に勝てるやつなんかいない。

 俺は主人公で、愛と力の戦士なんだ。

 俺は仲間のために戦うんだ。


 タバサの叫びは、俺だけじゃなくてヘドロの心も動かしたようだ。


「ちっきしょぉぉぉぉぉ!!」


 ヘドロは氷の魔法をルミスにぶつける。

 同時に俺も剣を抜く。

 そうして、俺達の戦いは始まったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る