45 馬車

 復活の神薬を作った神様。

 驚いたことに、それは少女の兄だと言う。

 そしてその兄は、ルミスを生き返らせることが可能なんだとか。


 眉唾な話ではある。

 だけど少女の言う通り、復活の神薬はダンジョンの最深部に確かに存在した。

 なら、今回の話も信じていいのかもしれない。

 俺は少女の勧めに従い、その神様である兄とやらに会ってみることにした。


 少女の兄は神様なだけに忙しく、時間がなかなか取れないそうだ。

 だけど、今日の夜は特別に会うことが可能らしい。

 俺は一度宿に戻り、ヘドロとタバサも誘おうとした。


「ぐぅぅうぅっ、あひっ! こ、殺すぅぅ……ふぐぅぅぅ!」


「きひひ! お前みたいな弱っちぃ女が、このヘドロ様をどうこう出来ると思ってるのかよぅ? 弱い奴は強い奴の前で、ただ腰を振ってればいいんだよぅ!」


「覚えでおぎなざい……ひぎぃぃぃぃいい!?」


 扉の外に漏れている声を聞く限り、どうやらヘドロはお楽しみのようだ。

 水を差すのも悪いから、仕方ないけど俺一人で行くことにしよう。




 貴族街に向かおうとしたところで、迎えの馬車がやってきた。

 流石貴族。理由は分からないけど、俺はこれまで乗車を拒否されてたから、馬車に乗るのは初めてだな。

 少しわくわくしてきた。

 でも、なんで俺の居場所が分かったんだろう。

 遠くでこっちを見つめているアフラシアデビルを見ながら、俺はふと疑問に思う。


「バルタザール様。主様がお待ちです、お乗りください」


 だけど、メイドに急かされ馬車の中に入った俺の頭からは、そんな小さな疑問はすぐに消し飛ぶ。


「す、凄い……」


 ただの移動手段であるはずの馬車は、俺が生まれてからこれまでに見た光景の中で、一番の輝きを放っていた。

 見るからに高価と思われる装飾品が沢山並んでおり、どれか一つでも壊してしまうと、ヘドロの指輪を奪うことになるかもしれない。


『ひっろーい! 凄いねバアル!』


 そして不思議なことに、馬車の中は

 王都で宿をとった時はその広さと豪華さに驚いたけど、この馬車を知ってしまうと、あれが家畜の寝床にすら見えてしまう。


「な、なんで? なんで中が広くなるんだ?」


 外から馬車を見たときは、大人が4人も入れば狭く感じる程度の大きさだったはずだ。

 それが実際に入ると、想定の10倍か20倍の広さがある。


「ま、魔法で大きくしたのか……? なんて魔法使いだ……同志タバサとはレベルが違う……神薬を作ったってのも頷ける」


 俺が動揺しながら考察していると、出迎えてくれたメイドから声が掛かる。


「ふふ、あの方を人間と比べるのは無意味ですよ。それと、魔法で馬車が大きくなったのではありません。私達が小さくなっているのです」


 言われて窓を見れば、外に見える人間や建物は確かに大きく見えた。


「な、なんだそりゃ。そんな魔法、聞いたことない」


『逆に、バアルが知ってる魔法って何かあったっけ?』


「…………ルミス。今はそういうことを言ってるんじゃないんだよ……っと」


 人前でまたルミスと話してしまう。

 ちらりとメイドに目をやれば、特に気にしていないようで、すっと姿勢を正して座っている。


 少しホッとした俺は、ルミスと窓の外の景色を楽しむことにした。

 なんてったって貴族街だ。同じ王都とはいえ、平民が住んでいる区間とはまるで別物だった。


『すっごぉぃ! キラキラしてる! 夢の国みたい!』


「あぁ、凄いね。俺達が住んでいるとこと、同じ世界だとは思えないな……」


『私、ここに住んでみたいなぁ……でもそんなの、絶対に無理だよね』


「そんなことないさ。絶対なんてことは、絶対にないんだよ」


『えへへ、何それ。バアル可笑しい』


 確かに煌びやかな世界だけど、俺は少し違和感を感じていた。

 なんだろう。何か……おかしいような……あっ。


「人間しかいない?」


 平民区では、エルフやドワーフに獣人族や魔族との混じり者まで、色々な種族を見ることができた。

 でも、今は完全に人間しかいない。

 不思議に思っていた俺に、メイドが教えてくれる。


「アフラシア王国は人間至上主義と言いますか……他の種族への風当たりが強いかもしれません。特に貴族街となると、純粋な人族以外は滅多に見ることがありませんね」


 なるほど。

 貴族は差別が好きなのか。

 そりゃあそうか。差別が好きじゃないと、貴族なんてもんを作らないよな。


 でも、少し不安になる。

 俺は見た目上、魔族との混じり者とよく間違えられる。

 そんなのが貴族街に入ると、騒ぎになったり、追い出そうとされたりするのかな。

 そうなったら死体が増える……面倒だな。


「ですが、全てがその限りではありません。実力で認めさせてしまえばいいのです。例えば、”閃光”という冒険者はダークエルフではありますが、様々な功績を残しており、後ろ指をさされることはありませんよ」


 知っている名前が出てきたことに、少し嬉しくなる。

 俺の二つ名と似ているということもあり、どこか親近感も感じていた。


「”閃光”か……どんな人なんだろ」


「少し変わった方ではありますが、強く、優しい方ですよ」


 あまり感情が読めなかったメイドだけど、この時ばかりは柔らかな笑顔を浮かべていた。

 知り合いか、大事な人なんだろうな。


 メイドとの距離感が縮まったと感じたあたりで、馬車の動きが止まる。

 俺達は、目的の屋敷についたんだ。

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