39 ダンジョンの主

「くらいやがれ!」


 俺は瞬時に距離を詰め、雷鉄剣スサノオを振るう。

 体が羽のように軽い。今なら、店長のスピードにだって簡単に追い付けるだろう。


「ひひ……ひひ……」


 化け物は鋭い爪で受け止める。

 雷鉄剣スサノオの出力はかなり上げているが、その爪を溶かすには至らないようだ。


 いいよ、そうこなくちゃ。

 多少は歯応えがないと、ラストバトルに相応しくないもんな。


「おらぁ! おらぁ!」


 スピードは俺がやや上。それでも、今の俺についてこれる化け物を褒めるべきか。

 力は俺が上。それでも、打ち合いになるくらいには化け物も強かった。


「おらぁ!」


 あぁ、嬉しい。凄く嬉しい。

 俺は今、ヒロインルミスのために戦っているんだ。

 俺は、ヒロインルミスのために戦う主人公なんだ。これ以上の喜びはない。


「はっはぁ! まだまだぁ!」


 あぁ、楽しい。凄く楽しい。

 こんなに苦戦するのは店長以来だ。

 そして、微妙にだけど化け物より俺のほうが強い。

 ギリギリで勝てる強敵は、俺にとってこの上ない引き立て役だ。


 力、スピード。

 両方勝ってるのをいいことに、余裕を持っていた俺は、一つ思い違いをしていた。

 勝敗を分ける要因は、力とスピードだけじゃないんだ。

 例えば、魔法。


「ひひ……<重力の鉄槌グラビトン・ハンマー>」


 ずんっと、俺のスピードが落ちる。

 自分とルミスの体重が、何百倍にもなったような感覚だ。

 実際になっているのかもしれない。

 普通の人間なら、過重に耐え切れずに即死だろう。


『え? だ、大丈夫バアル!? 私、重くない!?』


 こんな時にそんな事を心配するルミス。

 あぁ、可愛いよルミス。


「ぜんっっぜん! 問題ねぇよ!」


 俺は両足に力を込める。

 いける。本当に問題なさそうだ。

 俺が走るにつれて地表が割れるけど、そのスピードは、さっきまでと何ら変わらない。


「この化け物が! なかなかいい魔法じゃねぇか!」


 勝敗を分ける要因は、魔法だけじゃない。

 例えば手数。


 俺は左手にルミスを抱えているから、戦闘に使えるのは右手一本だ。

 だけど化け物は違う。

 その大きな前足に加えて、頭から生えている無数の蛇が俺を襲う。


「ひひ……ひひ……」


 辛うじて凌いでいた俺は、もう一つの攻撃に気付かなかった。


「がぁぁああぁああ!!?」


 化け物の禍々しい尻尾が直撃したんだ。

 その攻撃はこれまでの攻撃に比べて段違いに重く、俺は簡単に部屋の端まで吹き飛ばされる。


「あぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!?」


 壁に衝突した俺が感じたのは痛みじゃない。

 一つの感情だった。


「がぁぁぁ!!? あああうあぁぁ!!」


 目の前で愛する人ルミスが無惨に殺される光景が、俺の頭に流れてくる。

 それは何度も、何度も、何度も脳内で再生される。


「やめろぉぉぉぉぉ!!」


 何度も、何度も、何度も見てしまう。

 ルミスが男達にいたぶられ、泣いて許しを求めている。

 それでも、ルミスは首を落とされる。


「ルミスっ! あぁぁぁぁあああ!!」


 その感情の正体は絶望だ。

 どういうわけか、あの尻尾を受けた俺は、この世の絶望を何度も体験することになった。

 俺にとっての絶望を、何度も何度も無理やり見せられる。


 そして、最悪がやってきた。


”ごめんねバアル”


「な、なんだよルミス……どうして……」


”もうバアルとは会えない。会いたくないの”


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ」


”私、あなたとはいられない。さようなら”


「嘘だぁぁぁあぁああああ!!」


 それは正しく絶望だった。


”そりゃ昔は好きだったよ? でも今の魔物みたいなバアルを、好きになんかなれないよ”


”大体、私を殺したのはバアルなのよ? あなた、ちゃんとそれを覚えてる? 忘れたふりをしてない?”


”女の人の胸ばかり見て。それは私への当てつけ? バアルは結局、私の中身を見てくれてないのよ。ただ顔が好きなだけ。お子様だよ”


”なんでも都合よく解釈しちゃって。私って、そんなにチョロく見えたの? 女の子って、バアルが思ってるよりももっと複雑なのよ? バアルは何にも分かってない”


”愛する人を失って、愛する家族を失って、次は何? 失うものが無くなったから、人の命を奪うの? 本当に魔物みたい。体も心も、魔物になっちゃったんだね”


”この世界に復讐する? バアル自身がいなくなったほうが、みんなのためになるんじゃないかな”



「やめろぉぉぉおおおおおおおおぉおおおぉおお!!」




”バアルなんか、大っ嫌い”




 その攻撃は俺に効く。

 心の深い部分を抉られる。

 死にたくなってきた。


「ひひ……面白い……愉しい……ひひ」


 いつの間にか、化け物が俺の目の前まで来ていた。

 完全に無防備になった俺をいつでも攻撃できるはずなのに、こっちを見てニヤニヤと笑っている。


『バアル! しっかりして! どうしたの!?』


「っ!?」


 そうだ。さっきのは幻だ。

 あまりにも何度も何度も見せられたから、どうしても本物に見えてしまった。

 でも、本物ルミスはここにいるんだ。


「る、ルミス、俺のこと……好き?」


 戦闘中とは思えない質問。

 でも、これは勝つためにどうしても必要なことなんだ。


『え? い、今? …………も、勿論好きだよ。大好きだよ』


 そうだ。ルミスと俺は運命の二人なんだ。

 俺達は、主人公とヒロインなんだ!


 ふざけやがって。

 変な光景見せやがって。

 お前はもう許さない。


 俺は雷鉄剣スサノオの出力を、限界を超えて尚上げる。


「おおおおぉぉぉ!!」


 雷鉄剣スサノオを握っている俺自身すら溶けてしまいそうなほど、膨大なエネルギーが溢れる。


「ひひっ!?」


 焦って距離を取ろうとした化け物の前足を斬り付けた。

 さっきまではあまり通じなかった攻撃だけど、今回は簡単に両足を溶かすことができた。


「ひゃああぁあぁぁぁ!!?」


 化け物は空を飛び、急いで距離をとりだした。

 見れば、その両足はゆっくりとだが癒えている。

 どうやら俺と同じように、自身の傷を癒す能力があるらしい。


 だけど、癒してどうなる。

 本気を出した俺に、お前がどうやって勝つ。


 俺はゆっくりと化け物に向かって歩く。


 俺を睨みながら、化け物は口を大きく──大きくと言っても人間の口なのでたかが知れているが──開ける。

 すると、化け物の前に紫の球体が出現した。丁度ルミスの頭ぐらいの大きさだろうか。

 その球体からは、雷鉄剣スサノオに及ばないまでも、とんでもなく強いエネルギーを感じる。


「ひひ……<攻撃魔法・絶望ディスピア・レイ>」


 俺の胸に、指一本分ほどの風穴が開いた。


「……は?」


 攻撃は一度で終わりじゃない。

 紫の球体を起点として、いくつもの細い光が俺に向かってくる。

 その魔法は、俺が見てきた中でも一番凶悪なものだった。

 一つ一つの細い光が、俺の体を簡単に貫くほどの危険なものだ。

 それが、絶え間なく降り注ぐもんだから、どうやっても逃げようがない。


「ごふっ!? ちょっ……待って……」


 俺の泣き言を聞いて、化け物は笑みを深める。

 その口の歪みに比例して、紫の光の攻撃は増えていく。


「痛ぇ……死ぬ……無理……」


 俺は攻撃を食らい続けながら、雷鉄剣スサノオを鞘にしまう。

 簡単に勝てると思ってたラストバトルだけど、全身を貫く痛みに耐えきれず、俺はもう諦めたんだ。

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