38 休息

『ば、バアル、もう帰ろう!? 私、死んだままでいいから! バアルが傷つくの、これ以上見たくないよ!』


 体の自由を取り戻した俺は、牛頭達を殺し尽くし、ダンジョンの奥へと進んでいた。

 体は完治している。でも精神はボロボロだ。

 正直、もう一回あれをされて正気を保てる自身がない。


『バアル止めて! 私、平気だから! このままでも平気だから!』


 俺の足取りがおぼつかないからか、ルミスが心配して止めようとしている。

 だけど駄目だ。俺は、ルミスを絶対に生き返らせるんだ。


 これは、俺が主人公で、ルミスがヒロインの物語なんだ。

 困難なダンジョンでも、俺は愛と力を持って戦うんだ。

 俺は愛と力の戦士なんだ。

 この物語は、ルミスを生き返らせてハッピーエンドになるんだ。

 俺達は、誓いの口づけをして、結婚して、それから、それから……


『バアル! 私、もう見てられないよ! お願い、もう帰ろう!?』


 はは、大丈夫だよルミス。

 愛と力さえあれば、なんでもできるんだから。

 だけど、ちょっとだけ休もうかな。


 丁度ベッドがある個室が目についたから、俺は金貨2枚を払って眠りについた。


 ………………


 ………………


 ………………


「くすくす、バアルさん、本当にせっかちなんだから」


 ……これは、夢?

 少しふわふわした感覚。

 眠っている俺に、女の子が話しかけてくる。


「ダンジョンに入るのを一日遅らせてくれたら、難易度を下げてあげたのに」


 この声は……聞いたことがある。


「うふふ、凄く、凄く楽しそうね? でも残念だわ。ずっと見ていたいけど、そろそろルミスさんの魂が限界かしら。だから、次を最深部にしてもらうよう、兄様あにさまに頼んであげたの。うふふ、私っていい子でしょう?」


 駄目だ、意識が覚醒してないからか思い出せない。

 多分、起きたら今のことも忘れちゃうんだろうな。そんな気がする。


「物語の最後は、ダンジョンの主と戦うの。そして、困難の末に勝って、ルミスさんが生き返ってハッピーエンド。うふふ、本当に子供たちが聞くおとぎ話のようね。私好きよ、おとぎ話」


 俺の額に何か冷たいものが触れる。

 少女の手だろうか。


「だから勝ってね? 間違っても死なないでね? 兄様あにさまも、バアルさんの体を調べてみたいって言ってたもの。バアルさんは絶対に勝たないといけないの。だからね、少しだけ助けてあげる。おとぎ話なら、妖精さんの不思議な力も、ありだものね? ほら、<妖精の祝福フェアリー・エール>」


 額になにか暖かいものを感じる。


「さぁ、頑張ってね、愛と……力の戦士だったかしら? 私が知っている話とは少し違うけど、応援しているわ。それじゃぁバアルさん、ごきげんよう」


 その言葉を最後に、俺の意識も深く落ちていった。



 目が覚める。最愛の人と目が合う。


「おはよう、ルミス」


『おはよう、バアル』


「愛してるよルミス」


『えへへ、私も愛してるよバアル』


 いつものやり取りに確かな幸せを感じながら、俺は探索の準備をする。

 その足取りは軽い。


『バアル、体調は大丈夫? 昨日はかなり辛そうだったけど』


「あぁ、心配いらないよルミス。なんでだろう、凄く調子がいいんだ」


 別にルミスを安心させるための嘘じゃなく、本当のことだった。


 身体中にみなぎる力はいつも以上で、どんな魔物が出てきても負ける気はしない。

 頭がすっきりと冴え渡り、全ての行動が適正化される。


 ただ、寝ている間に何かあった気がするけど思い出せない。


「なぁ、ルミス。俺が寝てる間に誰か来た?」


『えっと……私も寝ちゃってたから、分かんないなぁ』


「そうか……」


 いや、探索には支障がないから問題ないか。

 むしろ戦闘に関係ないことを考えないでいい分、思い出せないのはいいことかもしれない。


 そして、分かることがある。


「行こう、ラストバトルだ」


『えぇ。バアル、絶対に勝とうね。ファイトだよ』


 次が最深部。なぜだか、そんな気がするんだ。




 階段を降りると、これまでで一番広い空間にでる。

 店長の時と同じ戦法は使えなさそうだな……いや、俺は正面から勝ってみせる。

 なんでか調子が凄くいいから、絶対に勝てるはずだ。


『ね、ねぇバアル。あれって……』


「あぁ、間違いなさそうだね」


 俺達は部屋の一番奥に豪華な台座を見つけた。

 その上に乗っている物を、俺達は見たことがある。

 正確には、それにとても似ている物を見た。


 ”復活の神薬”だ。


 同志タバサが持っていた物よりも、数段は煌びやかな装飾がついたそれは、間違いなく本物のスクロールだろう。

 あれさえあれば……ルミスを生き返らせることができる。


「ひひ……ひひ……」


 あぁ、分かってるよ。

 神薬を手に入れるためには、お前を倒さなくちゃいけないんだろ?


「ひひ……俺……強い……Cランクだから……ひひ……」


 Cランク? 何を馬鹿な。

 遠目で対峙するだけで、お前がとんでもなく強いってことは分かるよ。

 多分、俺が苦労して倒した店長よりも相当強いんだろな。

 Cランクなわけがない、恐らくお前は……


「Sランクの化け物……っ!」


 そいつは、滲み出てくる力は勿論、その見た目も化け物に相応しいものだった。


 体は大きな黒い獣のものだ。

 四足歩行で歩くそれは、走ればさぞ速いのだろう。


「ひひ……ひひひ……処女……残念……とても残念……」


 その頭部には、蛇の魔物が何十と纏わりついている。

 それぞれが意思を持って動いているから、この化け物を相手にするのは幾多の魔物を相手にするのと一緒になるかもな。


「それは楽しい……ひひ……俺は……だから、さいどめにゅー……」


 その背中からは、店長と同じように黒い翼が生えている。

 それだけで、この化け物が不思議なダンジョンの主なんだと理解できた。


「神様……ひひ……俺は……愛して……誰を……ひひ、強い……俺、ひひ」


 その化け物は、まるでドラゴンのような力強い尻尾を生やしている。

 その見た目は禍々しく、触れただけで猛毒に侵されてしまうだろう。


「愛して……ひひ……お願い、許す、俺……愛して」


 そして、一番気持ち悪いのは、化け物の体は凶悪な魔物のそれなのに、普通の人間の顔を持っていることだ。

 その顔は、ヘドロに似た気持ち悪い笑い方をしており、嫌悪感を生じさせる。

 涙をずっと流しているのに笑っているその姿は、この世界の何が本当で何か嘘なのか、よく分からなくなるぐらい歪なものだった。


「こいよ化け物。俺のハッピーエンドに付き合ってもらうぜ」


 そして、俺が主役の物語の、ラストバトルが始まったんだ。

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