37 ダンジョンの悪意
ヘドロが死んでからのダンジョン探索のペースは速かった。
特に休む必要がなく、俺のペースで進めるからだ。
これだと、最初からヘドロの首を斬り落として運んだほうが良かったかもしれない。
ダンジョンの中には太陽の光なんて入るはずもなく、どのぐらいの日数が経っているかは分からない。
ただ奥へ奥へと俺は進む。
20階層を超えたあたりから数えることはしていないけど、大体30……いや、40階層ぐらいまできただろうか。
この辺りになると、出てくる魔物は皆とんでもなく強かった。
Bランク指定のサラマンダーなんかよりも、何倍も何十倍も強い魔物が群れをなして襲ってくる。
俺は魔物についての知識はないけど、恐らくAランク……もしかしてSランクの魔物だろうか。いや、まさかな。
そして、俺が一番辛かったのは魔物の強さじゃない。
ダンジョンの悪意だ。
「こ、この! おらぁ!」
今俺は、この階層では比較的弱い魔物と戦っている。
俺と同じぐらい大きな人間の体をしているが、その顔は角の生えた牛の魔物だ。
全身が雄々しい筋肉に纏われているが、力は全然俺の方が上だった。
「く、くそ! こいつ、舐めやがって!」
だけど、俺は苦戦していた。
『ば、バアル! 何してるの!? 早く、そんなの捨ててよ! か、可愛いけど、ふざけてる場合じゃないよ!?』
というのも、俺の今の武器はぬいぐるみなんだ。
ダンジョン探索をしている最中、可愛いクマのぬいぐるみを見つけた俺は、軽い気持ちで手に取ってしまった。
それが、今の苦境の原因だ。
”残念デシタ。コノ武器ハ呪ワレテイマス”
不気味な音楽と一緒に無機質な声でアナウンスがされた時、俺は呪いの正体に気付く。
クマのぬいぐるみを、手から離せないんだ。
「この、牛やろうがぁぁ!!」
俺は必死に牛頭の魔物を殴りつける。
──ボフッ、ボフッ
だけど、柔らかいぬいぐるみがクッションとなり、あまりダメージは与えていないようだ。
俺の攻撃力が大幅に下がっているのをいいことに、牛頭は優雅に大きな斧を振り回す。
こいつ、調子に乗りやがって。
あぁ、うざいうざいうざい。
流石に武器の差が大きすぎるせいで、俺は斧の攻撃を受け続ける。
牛頭はよほど楽しいのか、鼻息を荒くしていた。
回復するとはいえ、左腕が痛い。
そうか。どうせ腕が痛むのなら──
「ブモォォォォ!!」
──この右手を犠牲にしよう。
俺は斧を右手で受け止める。
いくら悪神となった俺でも、流石に斧の重い一撃を止めることは不可能だ。
切断され、遠くへ飛んでいく右手を見て、牛頭は咆哮する。
「ブモォォォォ……ォ?」
だけど、俺の右手がもう存在しているのを見て、首を傾げていた。
ぬいぐるみが離せないのなら、右手ごと離せばよかったんだ。
「ブモォォオオオォオオオ!!」
牛頭が断末魔を上げ倒れる。
その声に釣られたのか、周りを見れば牛頭の仲間達がぞろぞろとやってきていた。
「ははっ! 雑魚がいくら集まったところで、ぬいぐるみの呪いから解放された俺の敵じゃねぇよ!」
どうやって殺すか考える。
一体一体首を落としていくか。
──カチッ
そんな時、俺は何かのスイッチを押してしまった。
途端、俺の体は全く力が入らなくなり倒れてしまう。
「ぇ……あれ……?」
麻痺、だろうか。
意識はあるけど、全く動くことができない。
──ぐしゃ
それを好機と見た牛頭は、俺の足を踏み潰した。
「ぁ……ぁぁ……っ!?」
踏み潰された俺の足は癒えていく。
俺の左手の痛みと引き換えに。
──ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ
牛頭達は、寄ってたかって俺を踏み潰す。
同族を殺されたからだろうか。
いくら潰してもすぐに俺の体が癒えるからだろうか。
牛頭達は、ただ黙々と俺の体を踏み潰す。
──ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ
痛い、痛い、痛いぃぃぃぃ!!
雑魚の分際で、よくもよくもよくもぉぉ!!
殺してやる、絶対にお前ら一匹残らず殺してやるぅぅ!!
──ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ
地下室でもこんなに絶え間なく体を壊されることは無かった。
体は麻痺しているため、外的な痛みは感じない。
だけど、自身の傷を癒す度に左腕に鋭い痛みが走る。
そして、一体この地獄がいつまで続くのか分からないという恐怖が俺を襲う。
──ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ
今俺にできることは、体が動くようになった時に、どうやってこの雑魚共を痛みつけてやろうかと考えることだけだ。
残虐に、冷酷に、無慈悲に殺し尽くしてやる。
だからせいぜい、今は楽しんでおけよ糞共ぉぉ!!
──ぐしゃ、ぐしゃ、ぐしゃ
俺の体が自由を取り戻すまで、牛頭達のリンチはついに終わることは無かった。
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