36 店長

 店長は強かった。

 地下室から出て過ごした時間は短いけど、そんな短い俺の人生の中では、間違いなく一番の強者だ。


「どろぼおぉぉ!」


 店長は必死の形相で俺に襲い掛かる。

 そのスピードは速く、俺の剣はことごとく空振りに終わる。

 打ち合いになれば力で勝てる自信があるけど、なにせこっちの剣が掠ることもないから意味がない。


「このっ! 雷鉄剣スサノオぉ!」


 ならばと、店長の動きよりも速い雷を撃つ。

 だけど、それもまた当たることは無かった。

 黒い翼を使って縦横無尽に飛び回る店長に、狙って雷を当てる技術が俺には無かったんだ。


「どろぼぉぉぉ!!」


 逆に店長の剣は、俺を簡単に斬り刻む。

 悪神である俺が絶命することはないけど、傷を治す度に左手が強く痛んだ。


 結果、俺達の戦いは長期戦となる。

 当たらないけど、当たったら殺せる俺の攻撃。

 当たるけど、当たっても殺せない店長の攻撃。

 まぐれ当たりがあれば勝てるから、どちらかと言えば有利なのは俺だろう。

 だけど、先に諦めたのは俺だった。


「ごめんヘドロ!」


 俺は、ヘドロの亡骸に別れを告げて、ダンジョンの奥に向かって走り出した。

 当然、店長は無防備な俺を後ろから何度も斬り付けてくる。

 だけど死なない。だから、もう攻撃を躱すことはしない。


「どろぼぉぉぉぉぉ!!」


 逃げる俺を見て店長は焦ったのか、さらに痛烈な攻撃が俺を襲う。

 先ほどのようなヒットアンドウェイではなく、嵐のような斬撃となっていた。

 その嵐は長く続き、痛みに耐性がある俺でも久々に痛みを感じるものだった。


「どろぼぉぉぉぉぉぉ!!」


 それでも確実に次の階層に近づく俺を見て、店長は必死になる。

 その斬撃の嵐は、より一層暴力を増した。

 俺達がいる場所が、広い空間から狭い通路になったにも関わらず。


 ──ドシュッ


 俺は振り返り、店長の剣を体で受け止める。


「散々好き放題やりやがって……確かに強いけど、頭は弱いようだな! それとも何か? 絶対に逃がすなって命令でも受けてたのか!?」


 俺は確かに剣での勝負は諦めた。

 だけど、命のやり取りまでは諦めるつもりなんてない。

 ましてやこいつはヘドロの仇だ。

 こいつは絶対に殺さないといけない。


「力を貸せぇぇぇ!! 雷鉄剣スサノオぉぉぉ!!」


 俺はルミスにだけは細心の注意を払いながら、雷鉄剣スサノオの出力を可能な限り上げる。

 俺を中心に青い雷がほとばしる。

 狭い通路では、いくら速い店長でも逃げることは不可能だった。


「どろぼぉぉおおぉおお!!?」


 断末魔まで決められた言葉を発し、店長は溶けて消え失せた。

 俺は、勝ったんだ。



「はぁ、はぁ、はぁ……勝った……」


 俺は勝った。だけど、どこか心には虚しいものがあった。

 ダンジョンを引き返し、元の空間にでる。

 そこにいたヘドロは、やっぱり首だけのままだった。


『ねぇバアル。ヘドロさん、死んじゃったの? ヘドロさんの魂の声、聞こえない?』


 ルミスに言われて、なんとかヘドロの心をの声を聞こうとするが、それは無理だった。

 俺が聞きたいのはルミスの声だけだし……正直ヘドロの声が聞こえてもなんか嫌だし……。


『なんか可哀そうだね。せっかく幸せを掴めたと思ったのに』


 ルミスが悲しむと、俺まで悲しくなってくる。


 仕方ない。これはルミスのためでもあるんだ。

 俺は、ヘドロの髪の毛を自身のベルトに巻き付け、生首をぶら下げる。

 同じように、ヘドロの鞄に入っていた同志タバサの首も、ヘドロの隣に巻き付けてやる。


『バアル?』


 不思議そうにしているルミスに、俺は笑いかける。


「ふふ、このダンジョンの奥に復活の神薬があるだろ? それでルミスを復活させるつもりだけど、もし薬が複数あったら、この二人も生き返らせてやろうかなって」


『それいいね。私、ヘドロさんとも、タバサさんとも話してみたいよ!』


「だろ? うまくいったら、今度こそみんなで”永遠の愛”のパーティーを結成しよう。気ままに冒険をして、たまに休んで王都をデートをして。そうだ、ヘドロたちと一緒にダブルデートってのも面白いかもしれない」


『えへへ、それ、すっごく素敵だね。すっごくオシャレな服を着て、オシャレなお店に行こうよ』


「あぁ、ヘドロたちは汚いから、王都の理容店に行ってもらおうか」


「えへへ、それだとタバサさん、すっごく可愛くなるかもね。わ、私、大丈夫かなぁ……バアル、タバサさんのことを好きになったりしない?」


「ふふ、大丈夫だよルミス。ルミス以外を好きになるもんか。なんなら、ルミスも理容店に行く? この指輪を売れば、いくらでも綺麗になれそうだし」


 俺はヘドロとタバサの首の他に、ヘドロが付けていた指輪も懐にしまっていた。


『えへへ、楽しみだなぁ。すごく楽しみだよ』


 生きているのは俺だけになったけど、ダンジョンの奥を目指して進む。

 ヘドロは死んだけど、俺は大きな幸福感に包まれていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る