35 代償

「ば、バアル、なんでだよぅ! なんで駄目なんだよぅ!」


 お互いの言い分に納得ができない俺達は、少し広い空間に出たところで話し合いをすることにした。

 ヘドロは自分が悪いのに、俺が注意をしたことに憤りを感じているようだ。


「い、いや、何言ってるんだよヘドロ。お前、指輪を盗んだんだぞ? 物を盗むなんて、普通に悪いことじゃないか。そんなことも知らないのか? 馬鹿なのか?」


 俺がもっともな指摘をすると、ヘドロが顔を真っ赤にする。


「バアルは!? バアルはどうなんだよぅ!? 人を殺すことは、悪いことじゃないのかよぅ!?」


 も、もしかしてヘドロ、俺が同志タバサを殺したこと、根に持ってる……?

 私情にとらわれたヘドロに、俺は優しく教えてやることにする。


「人を殺すことは悪いことじゃないだろ。俺、爺ちゃんにそんなこと言われなかったよ? 泥棒は駄目だって教わったから知ってるけど」


『確かに。お爺ちゃんはそんなこと、教えてくれなかったね』


「ルミスもそうだろ? だったら、全然問題ないってことじゃないか。さぁ、ヘドロは納得できたか? 指輪を返しにいくぞ」


 俺がヘドロの右手を掴み店に戻ろうとすると、ヘドロが大声で訴えてくる。


「た、頼むよぅバアルぅ! この指輪は、この力は、おいらにとって希望なんだよぅ! こんな肥溜めみたいな人生も、この力さえあれば、少しは楽しくなるんだよう! 頼むよぅ! 頼むよぅ!!」


 ヘドロの目からは、大量の涙が流れていた。

 こ、こいつ、泣くほど指輪が欲しいのか……少し引くな。


「ヘドロの気持ちは分かるけど……でも、盗みはなぁ……」


 俺が少し困っていると、ヘドロが何か思いついたように早口で話す。


「そ、そうだバアル! 聞いてくれよぅ! 盗みにも、色々と種類があるんだ! 良い盗みと、悪い盗みがあるんだよぅ! おいらのは、良い盗みなんだよぅ!」


 良い盗みと悪い盗み。

 バアルは一体、何を言っているんだろう。

 ルミスも俺と同じことを感じたようだ。


『バアル、ヘドロさんが何かよく分からないことを言ってるよ?』


「ほっとこうルミス。良い盗みなんて、あるわけないだろ」


 ヘドロは自由な左手で、ルミスを指さした。


「バアルだって、良い盗みをしただろぅ!? ルミスさんに愛されてるだろぅ!? ルミスさんの心を盗んだろう!?」


 俺の体を電流が走った。

 雷鉄剣スサノオの力じゃなく、ヘドロの言葉によるものだ。

 俺の様子を見て、ヘドロが口角を上げて続ける。


「きひひひ! 今だってほら、ルミスさんの魂を盗んでるじゃないかよぅ! どうだい!? 盗みが一概に悪いことって、言えないだろぅ!? 良い盗みだってあるんだよぅ! 幸せになることは、悪いことなのかよぅ!?」


『え、えへへ……なんだか、照れるねぇ。確かにヘドロさんの言う通り、私の心、バアルに盗まれちゃってるかも』


「そ、それを言うなら、俺の心だって……」


『で、でも、返さなくていいからね? 私、バアルに盗まれて幸せなんだから』


 ヘドロは勝ち誇った顔で俺達を見ていた。

 認めよう。確かに盗みには種類があるのかもしれない。

 俺はヘドロの手を放す。


「分かったよヘドロ。確かに、良い盗みってのはあるのかもな。今回のがどっちかはよく分からないけど、ヘドロがそんなに幸せになるのなら、もしかしたら良い盗みなのかもしれないな」


「おぉ!? 本当に!? ありがとう、ありがとうバアルぅ」


 ヘドロが泣いて喜んでいる。

 それを見てると、俺も少し嬉しくなった。


「さぁヘドロ、ダンジョン探索に戻ろう。指輪を3つも着けてるんだ。これからは戦力として期待してるよ」


 俺達は店ではなく、ダンジョンの奥に進むため踵を返す。

 その正面には──


「──きひひ、あぁ、任せろよバアルぅ。おいらもこの指輪があれば──」


 ──剣を振りかぶる店長の姿があった。


「ヘドロぉぉぉぉ!!?」


 俺は叫ぶ。だけどそれは、なんも意味のない行為だった。

 店長が振った剣は、恐ろしいほどの速さで奴の狙い通りの軌道を辿った。


 ──どさっ


 俺が気付いた時には、ヘドロの首は落ちていた。

 いきなりのことで、理解が追い付かない。


「へ、ヘドロぉぉ!!」


 ヘドロを殺した店長は、店の時とは様子が違う。

 先ほどまでの仮面のような笑顔ではなく、大きく顔を歪ませていた。

 そしてその顔には、見慣れない模様が青白く光り輝いている。

 いや、この模様はどこかで見たことがある……確か、異端者タバサが作っていた偽物の神薬か? あれに似ている。


「こ、こいつ、よくもヘドロを殺しやがったなっ!」


 店長は黒い翼により、宙を羽ばたきながら俺を睨んでいた。

 その顔は、怒りに染まったものというよりは、苦悶の表情に満ちている。


「……どろぼぅっ」


「ヘドロは幸せになったんだぞ! 何も悪くないだろうか!」


「どろぼぉぉぉぉ!」


 やっぱり同じ言葉しか話さなくなった店長と、俺は戦いを始めたんだ。

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