34 道具屋
ダンジョン探索は、その後も順調に続いていた。
そして、10階層に降りたとき、俺達はまたしてもこのダンジョンの"不思議"を体験することとなった。
「な、なんだぁこれ? ダンジョンにこれは……流石にあり得ないよぅ」
宿屋がある時点で、ダンジョンとしては十分あり得ないとは思うが、ヘドロが声を漏らしてしまうのも仕方ないかもしれない。
「いらっしゃいませ。不思議な道具屋へようこそ」
この階層で俺達が見たのはお店だった。
お店というよりは、路地で見かける物売りに近いかもしれない。
店員と思われる男が一人、商品の前に座り、にこにこと笑顔を浮かべている。
いや、一人だけだから店員じゃなく店長か?
「ヘドロ、気を付けろよ。その男──」
「──あぁ、分かってるよぅ。人間じゃぁなさそうだねぇ」
店長の男は、一見すると人間と同じに見える。
だけど、背中からアフラシアデビルのような黒い翼が生えていた。
これだけアフラシアデビルが出るダンジョンだ。この男も、ダンジョンの一部なのかもしれない。
「お、おい、あんた。魔族との混じりもんか? こ、こんなとこで何をしてるんだよぅ」
ヘドロは会話を試みるも──
「いらっしゃいませ。不思議な道具屋へようこそ」
「? い、いや、道具屋は分かるけど、なんでこんな所で店をやってるんだよぅ」
「いらっしゃいませ。不思議な道具屋へようこそ」
──会話はまるで通じなかった。
ヘドロが何を聞いても、店長は決められた言葉を笑顔で返すだけだ。
「な、なんだぁこいつ? 壊れた玩具みたいに……いや、というよりは……」
ヘドロは不気味に思い、少し後ずさりをする。
多分、俺と同じことを感じたのかもしれない。
店長の笑顔は崩れないが、少し無理をしているように見えたんだ。
まるで、いたって正常な人間が、”この言葉以外を話すことは許さない”と、何か──例えばダンジョンマスターのような──上位の存在に命令されているみたいだった。
「いらっしゃいませ。不思議な道具屋へようこそ」
店長の圧に押され、俺達は質問することを諦めて、商品を見ることにする。
どれもこれも見たことがない物ばかりで、俺には価値があるのかよく分からない。
隣のヘドロを見ても、俺と同じように首を傾げている。
「10階層だからなぁ……絶対に価値がある物があるはずだよぅ……あっ!!」
いきなり、ヘドロが大声を上げた。
何があったのかと見れば、氷の指輪によく似た物が二つあった。
宝石の色は赤と緑だ。
「こ、こ、これは!? 火の指輪と、風の指輪!?」
凄いなヘドロ。お前、初めて見る物によくそんなポンポンと名前をつけられるな。
氷の指輪の時から思ってたけど、お前の名付けは少し安直過ぎないか?
『バアルだったら、なんて名前にするの?』
「そうだな…………”煉獄火炎の環”とか……」
『うーん、私は火の指輪のほうが好きかなぁ』
おぉい、まじかよ。ヘドロの勝ちかよ。
そ、そうか、やっぱり男のロマンは女の子には分からないよな。
「きひひ、この指輪、いくらだい!?」
ヘドロが唾を吐きながら店長に尋ねる。
金貨が入った袋を取り出しているから、買うつもりなんだろう。
「そちらの指輪は一つにつき金貨300枚になります」
店長の答えに、俺とヘドロは驚愕する。
俺の驚きは、「いらっしゃいませ」としか喋らない店長が、別の言葉を発したことに。
ヘドロの驚きは違うことに対してだった。
「た、高すぎるだろぅ! そんなお金あったら、ダンジョンになんか潜るもんかぁ!」
そうか、高いのか。
でもヘドロ、さっき火の指輪を売ったら一生遊んで暮らせるって言ってたよな?
だったら、わりと妥当な金額じゃないのか? いや、金貨の価値なんてよく分かんないけどさ。
「あぁ、ない、足りない……足りないよぅ」
あぁ、そうか。
今重要なのは、買えるか買えないかなのか。
買えない金額だったら、そりゃ全部高いって言っちまうよな。
「ぐ、ぐぐ、ぐぅううううう」
ヘドロは肩を震わせている。
価格交渉をしないのは、この店長には何を言っても全くの無駄だと、先ほどのやり取りで分かってしまっているからだろう。
少し可哀そうだけど、仕方ないよな。
「ヘドロ、残念だけど先に進もう。俺達の目的は指輪じゃない。復活の神薬だ」
慰めのつもりで肩を叩くと、ヘドロは笑い出した。壊れた?
「きひ、きひひひ。いぃや、こんなお宝、流石に諦めきれないよぅ」
ヘドロは、二つの指輪を自分の指に着ける。
買えないのにどうしたんだろう。思い出作りかな?
「きひひ、まぁ、見てなよバアルぅ。力があれば、なんでもできる。許される。そうだろぅ?」
俺が不思議に思っていると、ヘドロは指輪をつけた右手を振り上げた。
「おいらは、ヘドロ様だ! 強いんだ! だったら何をしてもいいだろぅ!? この指輪、貰っていくよぅ!」
──キィィィィン
氷の指輪の力により、店長は氷漬けになる。
作られた笑顔を張り付けた男は、凍ることでますます不気味に見えた。
「きひひひ! 他の物は……かさばるし価値も無さそうだ。置いていこうかぁ」
ヘドロはお金を払わずにダンジョン探索に戻る。
つまり、泥棒だ。
ダンジョン探索を急ぎたい気持ちはあるが、俺は思わず声を荒げる。
「へ、ヘドロ! お前、なんてことを! 泥棒は、悪いことだぞ!」
「は、はぁ!? バアルがおいらを咎めるのかよぅ!?」
俺の言葉にヘドロは足を止め振り返った。
「泥棒はだめだよヘドロ! なんだっけな……確か、泥棒は嘘つきの始まりだって爺ちゃんが言ってた! か、返してやれよ!」
ヘドロはまるで理解できてないのか、俺を変人のように見つめていた。
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