33 天狗
「きひひ、おらぁ!」
俺はてっきり、ヘドロは指輪を換金するために、すぐに帰還を訴えると思っていた。
「きひひ、ほらほらぁ! 俺だって、俺だってぇ!」
だけど、それは杞憂だった。
ヘドロは、かつてないモチベーションでダンジョンを攻略している。
「きひひ、どうしたどうしたぁ! このヘドロ様の力を思い知ったかぁ!」
ヘドロは凄く楽しそうだ。
それほど、あの指輪──ヘドロは”氷の指輪”と呼んでいた──が嬉しかったんだろう。
ヘドロの話では、氷の指輪はとんでもなく貴重な物らしい。
指輪についている白い宝石は、高ランクの魔物の魔石なんだろう。
魔石に魔力を流すことで、その魔物が使う魔法を再現できるというのは、確かに俺も聞いたことがある。
だけど、これほど強力な氷魔法を使う魔物の存在を、俺もヘドロも知らなかった。
『凄いねバアル。ヘドロさん、タバサさんより凄い魔法使いになっちゃったね』
「あぁ、少し羨ましいな……」
『そう? バアルが出してる雷のほうがカッコいいよ』
「そ、そうだよね。あいつの氷も大したもんだけど、俺の雷の方が威力があるし」
ヘドロは、得意げな顔で振り返る。
「きひひ、バアル、この指輪の魔法は、威力が高いだけじゃないよぅ! すっごく少ない魔力で、あの魔法を発動できるんだよぅ!」
普通、魔石で魔法を再現しようとすると、込めた魔力の分だけ威力が上がるらしい。
ヘドロはお世辞にも魔力量が多いとはいえないので、普通の魔石を使ってもそこまで大した魔法は打てない。
それが氷の指輪だと、本当に少しの魔力を込めただけで、大型の魔物をも完全に覆えるくらいの氷が出来上がっていた。
成程、確かにそれを聞くと、その指輪の貴重さが分かる。
ヘドロが言っていた、売れば一生遊んで暮らせるというのは本当なのかもしれない。
「きひひひ!! つえぇぇ! おいら、とんでもなく強いよぅ!」
だけど、ヘドロは氷の指輪を売ることはないだろう。
『なんで? 売ったら一生困らないのに、なんでヘドロさんは売らないの?』
ルミスが不思議そうに聞いてくる。
あぁ、そうか。これは女の子には分からないのかもな。
「ヘドロはね、お金よりも、何よりも大事なものに気づいたんだよ。それは男だったら、誰もが憧れるものさ」
『お金より大事なもの? ……愛?』
「ふふ、確かに愛は大事だよ。でもねルミス、ヘドロを見てみろよ。あんな気持ち悪い男が、愛なんて尊いものに気づくはずがないだろ?」
『じゃぁ、ヘドロさんは何に気づいたの?』
「力さ」
俺は、剣の柄を握りながら答えた。
「力は、持っていないとどうしようもないんだ。好きな人を守れない。自分の信念を貫けない。力が無いってことは、それだけで罪なんだよ。俺も、ルミスも、そうだったじゃないか。力が無いから、ひどいことをされたじゃないか」
興奮しているヘドロを見ていると、あいつの過去も大体の想像がつく。
その醜い顔も相まって、ひどい仕打ちを受けてきたんだろう。
それでも、弱っちぃヘドロは、何をすることもできなかったんだろう。
あぁ、なんて可哀そうなやつなんだ。
「逆もそうだよ。力を持っていれば何でもできる。好きな人と一緒にいられる。罪を背負った人間を裁くことができる。自分の信念を貫くことができる。そう、力こそが全てなんだよ。どれだけ好きでも、力がないと愛すことさえ許されないんだ」
ヘドロ、頑張れ! 頑張って魔物を倒せ!
お前は強い! お前は強くなったんだ!
さぁ、早く同志タバサを生き返らせよう!
俺が心の中で応援していると、ヘドロはこっちに近づいてくる。
その足取りはふらふらとしており、顔色は冴えない。
「ば、バアルぅ……交代してぇ……き、気持ち悪い……おぇっぷ」
使う魔力量は少ないと言ってたけど、ヘドロは魔力枯渇の症状がでていた。
うん。いくら貴重な指輪を装備しても、やっぱりヘドロは弱い。
同志タバサを愛することさえできない醜いヘドロに、俺は心底同情していた。
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