32 氷の指輪
『わぁぁ! ふかふかだぁ』
結局、俺達は金貨2枚を支払うことにした。
ヘドロに加えて、ルミスまで休みたいと言い出したからだ。
『ほら、バアルも早くぅ! 一緒に寝よ? ね?』
こんなに喜んでいるルミスを見ることができるんだ。
金貨2枚くらい安いもんか。
ベッドは二つだけだったので、自ずと俺とルミスが一緒に寝ることになる。ダンジョンマスターありがとう。
もう一つのベッドでは、既にヘドロが眠りについていた。
あれだけ警戒をしていたのに、いざ布団に入ると泥のように眠りだしたんだ。現金なやつめ。
このダンジョンを信用しきれない俺は、起きているつもりだった。
だけど、部屋の中に広がっている、少しだけ甘い、心地よい匂いが俺を睡眠に誘う。
あぁ、ここは天国か。
俺は沸き上がってきた欲求に逆らえず、意識を手放した。
◇
あぁ、よく寝た。
うっすらと目を開ければ
「おはよう、ルミス」
『おはよう、バアル』
…………ふふ、世界一幸せな男が俺です。
「今日も綺麗だよ、ルミス」
『えへへ、ありがとうバアル』
「愛してるよルミス」
『えぇ、私も愛してるわバアル』
あぁ凄い! 幸せだなぁもう!
我慢出来ずに、俺はルミスと唇を交わす。
更なる幸福感を求めて、ひたすら愛し合う。
ふと、視線を感じる。
アフラシアデビルと……ヘドロだ。
あ、そっか。二人きりで泊まったわけじゃないんだっけ。
これほどいいベッドで寝たというのに、ヘドロの顔は冴えない。
明らかに血の気が引いた顔で、こちらを見ていた。
それもそうか。
……悪いなヘドロ。
恋愛経験ゼロのお前には、流石に刺激が強かったよな。
俺は身支度を整えると、顔を少し赤くしながら告げる。
「大丈夫だヘドロ。今お前は凍えているだろう。でも、必ず春は来るから。どんなに醜くて自己中なやつにも、暖かい春は来るんだよ」
「きひ、きひひ、あ、あぁ、分かってるよぅバアル。おいらもそれには納得だ。よく見てるからねぇ。自分が幸せかどうかなんて、それぞれの価値観によって決まるもんだからなぁ」
ヘドロが何を見て言っているのかよく分からない。
どうでもいいか。ヘドロだし。
俺はそれを聞き流し、ダンジョンの探索を再開した。
「ふっ!」
──ぐしゃ
「っらぁ!」
──ぐしゃ
俺達の探索は、驚くほど順調だった。
入口の行列では、周りの冒険者は大体4階層ぐらいで帰還していると聞いていた。
だけど、俺達はすでに6階層。それも、一度寝てからは日を跨がずに探索している。
「きひひ、やっぱりバアルは強いねぇ。ほんと、バケモンみたいだ。みたいってより……いや、いいや。これはAランクも……いや、Sランクも夢じゃないかもねぇ。そしたら、同じパーティーのおいらも有名になって……きひひ、きひひひひ」
魔物をひたすら斬り殺している俺の後ろで、バアルがぶつぶつと呟いている。
Sランクか……俺は正直、どうでもいいな。
『いいね! Sランク! 旦那さんがSランクって、本当に憧れるよ! バアル、頑張って、頑張ってぇ!』
……よし、頑張ろう。
ルミスが応援してくれるなら、俺はいくらでも戦える。
「お! 出た出た! 次は何が入ってるかな!」
俺達は、何個目かの宝箱を発見した。
これまでにもいくつか発見したけど、食料以外は正直微妙な物ばかりだった。
全て換金しても、入場料の半分にもならないと思う。
「きひ、きひひひひ! こ、これはぁ!? これは絶対に貴重なやつだぁぁ!」
ヘドロの叫びで、当たりを引いたんだと悟った。
後ろから宝箱を覗き込むと、指輪が入っていた。
指輪には白い宝石がついている。
『わぁ、綺麗……』
「そうだねルミス、綺麗だ」
『いいなぁ……綺麗な指輪』
「ルミス……欲しいの?」
ルミスと話していると、ヘドロが慌てて振り返る。
「ば、バアルぅ! 神薬以外はおいらのだって、言ったじゃないかよぅ! つ、次に宝石が出たら、その子にプレゼントしていいから、これはおいらにくれよぅ! 頼むよう!」
必死な形相のヘドロに少し引きながら、俺はどうするか考えていた。
宝石をヘドロに譲るか。
ヘドロを殺してルミスにプレゼントするか。
だけどその選択肢は、次のヘドロの言葉で決定した。
「きひひ、ルミスさんに似合う宝石は、こんな小さな宝石じゃないだろう? もっと大きくて、豪華な、ルミスさんの髪の毛みたいに綺麗な青い宝石がいいんじゃないかよぅ?」
ヘドロ、お前、分かってるじゃないか。
「ルミス、今回は我慢してくれ。ルミスに相応しい、すっごく綺麗な宝石をプレゼントするから」
『嬉しい……バアル、ありがとう。でも私、バアルがくれるなら、その辺の石ころでもすっごく嬉しいよ』
俺が納得したのを見ると、ヘドロは嬉しそうに指輪を自身の右手に着けていた。
「あれ? 売るんじゃないの?」
俺の質問に、ヘドロは笑いながら答える。
「きひひ、これはねぇ、多分だけど、魔石を使ったマジックアイテムなんだぁ。えぇっと……お? 丁度いいのが来たねぇ」
ヘドロの視線の先には、こちらに走ってくる3匹の魔物がいた。
ブラッドウルフと呼ばれるその魔物は、1匹だけでもBランクと強めの魔物らしい。
さっきまでなら、ヘドロは直ぐに俺の後ろに隠れていたが、今は俺の前で仁王立ちしている。
そして魔物が近づいた時、ヘドロが叫ぶ。
「きひひ、喰らえ!」
──キィィィィィン
俺は驚愕する。
3匹のブラッドウルフは、巨大な氷の柱に閉じ込められ、一切身動きが取れなくなっていた。
「ヘドロが……魔法を使った?」
魔法。それもかなり強力なやつだ。
以前見た、同志タバサの魔法よりも何倍も威力がある。
驚いている俺に、ヘドロは振り返る。
ヘドロは鼻水を垂らし、顔を震わせていた。
「お、思ってたよりも全然凄いよぅ……こ、これ、売ったら一生遊んで暮らせるかも……」
金が目的ではない俺は、どうやってヘドロを最深部まで連れて行こうかを考えていた。
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