30 不思議なダンジョン

「おいおい、バアルぅ。本当に、このままダンジョンに行くのかよぅ」


 俺達はその日のうちに”不思議なダンジョン”を探索しようとしていた。

 というのも、ソフィアさんから”情報を集める必要はない”と聞いたからだ。


 正確には、”情報を集めても意味がない”らしい。


 ”不思議なダンジョン”は文字通り不思議なダンジョンで、これまでの常識──そもそも俺はダンジョン初心者だが──が全く通じないという。


 普通、ダンジョンに入る前には、どのような魔物がでるかまで記載された詳細な地図を揃えるもんだ。

 だけど今回のダンジョンは、入るたびに出てくる魔物が違えば、その内部構造まで毎回違うので、地図が存在しないとのことだ。


 そして、情報以外も準備する必要はないらしい。

 寝袋や休憩時に身を守るための罠はおろか、食料まで不要とのことだ。

 どういうことかは分からなかったが、「行ってみれば分かります」とのことだった。

 早くダンジョンに潜りたい俺としては助かるけど、ダンジョンの常識を知っているヘドロからしてみれば、どうしても腰が引けてしまうんだろう。


「腹をくくれよヘドロ。もう少しで俺達の番だぜ」


 俺達は、”不思議なダンジョン”に入るために順番待ちをしている。

 かなり人気が高いダンジョンなんだろう。入り口は複数あるけど、それでも行列が出来ている。


 並んでいると、ふと大きな掲示板が張り出されているのが見えた。

 紙ではなく、何らかの魔法によるものだ。


「おいヘドロ、あれ、読めるか?」


 俺は文字が全く読めず、正直ルミスも怪しいためヘドロを頼りにしてみる。


「あぁ、えぇっと……”ハイスコアランキング”って書いてる……は?」


 説明文を読み上げたヘドロの話をまとめるとこうだ。

 過去”不思議なダンジョン”に入った者は、何らかの方法によりその活躍ぶりを数値化されているらしい。

 探索階層の深さやモンスターへの与ダメージ、被ダメージ、パーティー貢献度等、様々な指標から総ポイントを算出し、その上位の冒険者を表示しているとのことだ。


「はぁ? なんだそりゃ? 誰が、どうやって、何のために?」


「お、おいらが知るかよぅ! 書いてあるんだから仕方ないだろぅ!」


 俺達には全く意味が分からなかったけど、その掲示板は他の冒険者から注目を集めていた。

 周囲からは「俺が掲示板に乗ってやる」という意気込みが頻繁に聞こえてくる。


「はぁ……まぁいいか。そういえば、”孤独”は載ってるのか? やっぱり一位か?」


 俺は悪神になったから、自分の力にかなりの自信を持っている。

 そんな俺でも、ヘドロの話を聞いていると、もしかしたら勝てないかもしれないという冒険者がいた。

 それはあまりにも強くなり過ぎたため、並ぶ者がおらず”孤独”という二つ名がつけられたアフラシア王国最強の男だ。

 ライバルと勝手に思っている男のことをヘドロに聞いてみるも、答えは拍子抜けするものだった。


「い、いや……”孤独”は一位じゃない……というか、どこにも名前がないよぅ」


 うん? 名前が無いってことは、実は大した奴じゃない?

 それとも、ダンジョンに潜ってないのかな?


「じゃぁ、他にヘドロが知ってる冒険者っている?」


「んー……そうだねぇ、やっぱり上位の方になると、有名な人が多くなってくるねぇ……って、えぇ!?」


 何か驚いた様子のヘドロに、理由を話せと目で訴える。


「い、いや……一位と二位の数字がおかしかったから……け、桁が違うよぅ。なんだぁあれ? なんか故障してんのかぁ?」


「故障って、そんなことあるのか? まぁいいや、それって有名な人?」


「い、いやぁ、おいらも田舎者だからなぁ……最近出てきた人は知らないよぅ。えぇっと、一位が”死ノ神”で二位が”狂姫”だってさぁ」


 随分狂った二つ名を付けられた奴らのようだな。

 実力は分からないけど、そんな名前を付けられるほどの悪行をしてきたんだろう。

 ”死ノ神”と”狂姫”。一応覚えておくか。



「金貨2枚だとぉ!? また値段が上がったのか!?」


 そろそろ俺達の番だというところで、目の前の冒険者パーティーが声を荒げている。

 特にすることもないので聞き耳を立てていると、どうやら彼らが文句を言っているのは、”帰還のペンダント”の値段に対してだった。


 ”帰還のペンダント”

 それは、”不思議なダンジョン”の入り口で販売しているマジックアイテムだ。

 なんでも、それを使えばダンジョンの中から地上へ、瞬時に脱出できるらしい。

 値段はそれなりに張るが、これを買わなかった冒険者は一人も無事が確認されていない。

 勿論、ペンダントを買っても帰って来なかった人はいる。

 それでも、”情報を集める必要はない”と言っていたソフィアさんですら、このマジックアイテムだけは絶対に買うように勧めてくるほど重要な物だ。


 元々は安価だったが、ここのところ金額が上がってきているらしい。

 それでも、ダンジョンから稀にとれる貴重品は規格外の物で、一獲千金を夢見た冒険者が後を絶たない。

 中には、多くの借金をしてでも”不思議なダンジョン”に挑んでいる人もいるらしい。


 ”帰還のペンダント”は、画面で提示されたお金を入れると自動で出てくる仕組みとなっており、一体誰が何のためにそんなものを売っているのかは、謎に包まれていた。

 噂では、”不思議なダンジョン”のダンジョンマスターと呼ばれるお伽話に出てくる存在の仕業だとか、神様が冒険者のレベルを上げるために作ったダンジョンだとか。とにかく色々な推測が飛び交っている。


「お? 今回のお勧めのアイテムは……斧? うぉ!? 俺の斧、ヒビが入ってたかぁ……危ねぇ危ねぇ。しかし高ぇな……まぁしゃあないか。背に腹はかえられねぇからな」


 そして、ペンダントを買う場所では、”お勧めの武器”も買えるらしい。

 それは、冒険者それぞれによって違う物が提示され、その冒険者の需要に合った物がよく提示されるようだ。

 仕組みは全く分からないけど、冒険者のことをよく考えてくれている。ダンジョンマスターという存在がもし本当にいるのなら、案外良い奴なのかもしれない。


「バアルぅ、次はおいら達の番だよぅ」


 ヘドロと一緒に、俺達も”帰還のペンダント”を買うことにする。

 金貨2枚を用意してたが、売り場で要求されたのは金貨10枚だった。


「ら、ランクによって、アイテムの金額は違うらしいよぅ……」


 訂正しよう。

 ここのダンジョンマスターは金の亡者だ。

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