29 準備

「ヘドロ、遅いぞ! 何やってんだよ! さぁ、”不思議なダンジョン”に行くぞ!」


「へぇ!? ちょ、ちょっと待ってくれよぅバアル! いきなりどうしたんだよぅ!」


 ヘドロが戻ってきたので、急いでダンジョンへ行こうとするが、ヘドロは情けない声でオロオロするだけだった

 ……確かに急だったかな。言葉足らずか。

 俺はヘドロに、さっき出会った少女のことを説明する。


「な、なんだよその女。完璧怪しいじゃないか……なんで未踏の地なのに、復活の神薬があることを知ってるんだよぅ」


「なんだよヘドロ、彼女を疑うのか? あの子はとてもいい子だ。嘘をつくとは思えない」


「い、いや、そうじゃなくて、普通に考えたらおかしいだろぅ?」


 ヘドロが納得しない意味が分からない。

 同志タバサだって神薬を見たと言っていたし、神薬は間違いなくあるのに、こいつは何を言ってるんだ?

 あぁ、そういえば──


「──同志タバサに聞けば神薬の在処も分かったのに。……まったく、ヘドロがタバサの声を聞けないのがいけないんだ」


「えぇ!? タバサを殺したのは誰だよぅ……」


 ヘドロはぶつぶつと何か言っている。

 もしかして同志タバサと話しているのか? うん、いい兆候だな。


『二人共、喧嘩は駄目よ? とにかく”不思議なダンジョン”に行ってみればいい話じゃない』


 確かにそうだ。

 やっぱりルミスは天使だ。


「よし、善は急げだ。ダンジョンに行こう」


「だ、だから、流石にそれは急過ぎるよぅ! バアルはダンジョンをなんだと思ってるんだ!」


 聞けば、ダンジョンに入るにはそれなりの準備がいるらしい。

 初級や中級レベルのダンジョンなら日帰りは可能だが、あの少女曰く”不思議なダンジョン”は最難関だ。

 ならば、最低でも一週間はダンジョンに籠ることを考え、食事や、休憩時に利用する罠など、様々な物の準備が必要らしい。


 準備するのは物だけではない。

 常に命の危険が付きまとうダンジョンでは、どのような魔物がでてくるか、どのような罠があるか、情報の重要性はかなり高い。

 そのため、大金を払ってでも他の冒険者から情報を集めるべきだと言うのだ。


 ヘドロ、物知りじゃん。

 流石俺のパーティーメンバーだ。


 謎の少女が言っていた”不思議なダンジョン”の情報を集めるため、俺達は冒険者組合に行くことにした。




「凄いな……オルゴンの組合でも人が多いと思ってたけど……その比じゃない」


「きひ、当然だよバアル。ここは王都だぜぇ? あんな田舎と比べること自体がおかしいよぅ」


 組合についた俺は衝撃を受けていた。

 人、人、人。

 世界中の人全てがここに集まってるんじゃないかと思うほど、組合の人口密度は高い。

 何かお祭りでもあるのかと思いきや、日頃からこんなに大勢の人がいるらしい。


 王都の冒険者達のほとんどは、やはり大柄で目立つのか俺に注目していた。

 だけど、しばらくすると目線を外し、それぞれの会話に戻る。


 ……コリン村の時とは違うな。

 みんな、ルミスが珍しくないのか?


 俺の疑問は、受付の順番が回ってきた時に晴れることになる。


「ようこそ冒険者組合へ。あら……間違いでしたら大変申し訳ありませんが、もしかしたら貴方はバルタザール様でしょうか?」


 王都の受付嬢は、全員が美しかった。

 オルゴンのクロエも綺麗だと思ったが、王都はレベルが違う。

 みんながみんな、クロエよりも更に美人かもしれない。

 成程、みんな美人を見慣れているから、ルミスにあまり注目しなかったのか。


「は、はい……えぇっと、確かに俺の名前はバルタザールですけど……あなたは?」


「あぁ、これは失礼いたしました。私はソフィアと申します。オルゴンからあなたをBランクに上げるよう申請が来ております。お時間がよろしければ、ランク昇進の手続きをさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」


 あの眼鏡をかけたオルゴン分会長の言うことは本当だったようだ。

 少し待つだけで、俺はBランクの証である銀色のプレートを手に入れた。

 いいぞ。王都に来てから全てが順調だ。

 この調子なら、ルミスの復活も直ぐだな。


『本当!? 嬉しいわバアル! やっとあなたの、そして私の夢が叶うのね』


「あぁ、もう少し、もう少しだよルミス。生き返ったら、何をしようか」


『私ね、バアルと王都でデートしたい! バアルと一緒に、王都の中を探検したい! さっきのお店にあったような、珍しい飲み物を飲んでみたい!』


「うん、いいねそれ。カエルの卵が入った飲み物も、ルミスと一緒に飲めば凄く美味しいだろうなぁ」


『それでね、それでね、皆みたいに可愛い服を着てみたい! ほら、ソフィアさんを見て! あんな綺麗に爪を飾ってみたい!』


「ふふ、それもいいね。俺も、オシャレなルミスを見てみたい。あぁ、凄く、凄く楽しみだ」


 俺が近い将来の幸せに胸を躍らせていると、後ろからヘドロが服の裾を引っ張ってくる。


「ば、バアルゥ……も、もう少しだけ静かにできないかなぁ……そ、それ、宿をとってからじゃ駄目かなぁ」


 ヘドロの声は、俺の意識を引き戻した。

 あれほど騒がしかった冒険者組合が少し静かになっており、俺達が注目を集めていたことに気付く。

 さっきまで普通に話していた受付嬢のソフィアさんも、大きく目を見開いてこちらを見ている。

 あぁ、いつものだ。まるでお化けを見るような顔。

 そうか、ルミスとの会話はそこまで変なことなのか。


「な、なるほど……こういうこと……ば、バルタザール様、それで、今回は組合へどのようなご用件で来られたのでしょうか」


 それでも、ソフィアさんはすぐに笑顔になり用件を聞いてくる。

 そうだ、Bランクに上がったのは嬉しい誤算で、用は別にあったんだ。

 俺達は、”不思議なダンジョン”の情報を集めたい旨をソフィアさんに告げる。


「お願いします、王都に来たばかりで聞ける人がいなくて……。お金は多少持ってるので、誰か紹介してくれるだけでもありがたいんですけど」


 ソフィアさんから帰ってきた言葉は、思いもよらないものだった。


「”不思議なダンジョン”ですか。それなら、情報を集める必要はありませんよ」


「はぁ?」


 俺とヘドロは、揃って素っ頓狂すっとんきょうな声を上げていた。

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