25 後日談

「きひひ、こいつが、その首だ。検めてくれよぉ」


 同志タバサから指摘を受けた俺達は、風呂に入ってから冒険者組合にきていた。

 ヘドロはタバサの首をカウンターに出すと、受付嬢クロエと交渉を始める。


「た、確かに、異端者タバサの人相と一致します。どうぞ、報奨金を受け取りください」


 何でも冒険者組合では、俺が普段受けている依頼の取りまとめ以外に、賞金首を討伐した際の報奨金支払いも行っているらしい。

 そして、同志タバサは結構な金額が掛かった犯罪者だったようだ。

 それを知っていたヘドロは、たまたま手に入ったタバサの首を、組合に持っていこうと提案したんだ。


「き、きひひ、やったぜ! これだけあれば、向こうしばらく遊んで暮らせるぜバアルぅ!」


 俺がサラマンダーの生首を持ってきた時は、クロエさんは注意していたけど、今回は何の注意もない。

 なんでだ? あの時は俺と話したいだけだったのか? 可愛いなおい。


 ヘドロは大量に金貨が入った袋を見て喜んでいるけど、俺には気になることがあった。

 タバサの首を奥の部屋に運ぼうとしていた受付嬢のクロエさんに声をかける。


「ちょ、ちょっと!? 同志タバサの首をどこへ持っていくんですか? それは、ヘドロの大事な物なんですよ?」


 この言葉に、クロエさんはギョッとしていた。


「ど、同志……? 異端者タバサと同志……?」


 ヘドロは俺の服を引っ張り、顔を青くしている。


「ば、バアル、おいらはいいよぅ、タバサの首は組合に預けよう。それがルールだ。な?」


 なるほど、そんなルールがあるのか。

 でも、俺は世界のルールを壊すつもりなんだ。

 この程度のルールが壊せないなら、ルミスを生き返らせるなんて夢物語になっちまう。

 それに──


「ヘドロ、言ったろ? 同志タバサの首は俺達の友情の証だ。それが無くなってもいいなんて、俺は心底お前を見損なったぞ? 俺達の友情は嘘だったのか? 嘘つきはどうなるのか、分かってるよな?」


 ──俺はヘドロが許せなかった。

 ヘドロは、俺に気遣ってタバサの首を諦めようとしたんだろう。

 でも、そんな気を遣う関係が、友と言えるのか?

 確かに、金は大事だ。

 でも、そんなのより大事なものを、俺は持っている。

 だから、ヘドロにも持っていてほしいんだ。


『確かに、私達とタバサさん達とで、お揃いになるね? それ、いいかも。私も、ヘドロさんにタバサさんの首を持っていてほしいな』


「なぁ、そうだよなルミス。俺も同じこと思ってたんだ。これこそ、真の友情。そして真の愛じゃないか!?」


『真の愛……えへへ、照れるよぅ』


 俺とルミスが話していると、ヘドロが大声でクロエに懇願する。

 先ほどまで興奮して赤くなっていた顔が、今は真っ青になっていた。


「じょ、嬢ちゃん、頼むよぅ! その首をおいらにくれよぅ!」


「で、ですが、この首は本部に届けないといけないので……」


「そこをなんとか、頼むよぅ! その首がないと、おいら死んじまう! 助けてくれよぅ!」


 ふふ、やっぱりか。

 ヘドロのやつ、同志タバサの首が、本当は死ぬほど欲しかったんだ。

 なかなか素直になれない奴だな。可愛いじゃないか。


 だけど、ヘドロの汚い唾がかかっているクロエは、非常に迷惑そうだ。

 よし、両者を助けてやるか。


 俺は争いを鎮める村長のように進言する。


「あの、クロエさん。ヘドロは本気なんです。この首をヘドロに譲ってください。でも、クロエさんも首を欲しがっていることは分かります。だから、代わりにクロエさんの好きな人の首を持ってきますよ。誰がいいですか?」


 これなら、お互いが納得するはずだ。みんなハッピーだ。


「さぁ、教えて下さいクロエさん。誰ですか? あなたの大事な人、教えて下さい。お父さんですか? お母さんですか? 恋人はいますか? 兄妹はいますか? それとも、あなた自身がいいですか?」


 俺の代替案に感動したのか、クロエさんは言葉が出ないようだった。

 ふふ、ヘドロまでそんな目で見るなよ。正直照れる。


 クロエさんは結局誰の名前も上げなかったため、近しい人全員の首を落とそうかと思った時、奥の部屋から人が飛び出してきた。


「だ、大丈夫です! 異端者タバサの首は持っていってください! だから、クロエは! 彼女は、彼女はどうか!」


 えっと、確か分会長とかって偉い人だ。

 眼鏡がずれてるけど、何か焦っているのか?


「で、ではどうぞ。ヘドロ様、こ、この首をお受け取りください」


 こうして、ヘドロは再度首を受け取った。

 分会長の許可が出たときはホッとしていたヘドロだが、いざ首を受け取るとなんとも嫌そうな表情だ。

 だから俺は、年下といえど先輩のつもりでアドバイスしてやる。


「大丈夫だよヘドロ。今はまだかもしれないけど、異端者タバサの魂の声はきっと聞こえてくる。それまで、自分の愛を信じるんだ。そう、俺達の愛は永遠だ」


 くしゃっとなったヘドロの顔からは、笑っているのか泣いているのか判断はできなかった。





「”永遠の愛”……ですか。申し訳ありませんが、この内容では受理しかねます……」


 あれから数日が経ち、俺達4人は正式にパーティーを組むことにした。

 申請様式を確認していたクロエさんは、不備の内容を俺達に告げる。


「パーティーメンバーですが、2名だと思うのですが……」


 これに俺達は納得できなかった。


「いやいや、クロエさん。俺達は4人パーティーじゃないですか。ほら」


 そう言いながら、ルミスを見せる。

 隣のヘドロも同志タバサの首を持っているが、恥ずかしいのかあまり人には見せたがらなかった。

 独占欲の強い奴だ。可愛いなおい。


「えっと……そう……ですね……あっ」


 歯切れの悪かったクロエさんは、何かを思い出したかのように質問してくる。


「あの、バルタザール様は、その……そちらの女性を生き返らせたいのですよね?」


 あれ? 俺、クロエさんにそんなこと言ったっけ?

 まぁどうでもいいか。


 俺はルミスの髪を撫でながら、首を縦に振り肯定を示す。


「でしたら、今はまだ、死者という扱いになります。勿論、そちらのヘドロ様が持っている首もです。ですから、そちらのお二人が生き返った時、その時、また冒険者組合に来ていただけませんか? そこで、改めて四人で登録いたしませんか?」


 こいつ、天才か。


『私、クロエさんのこと誤解してたかも。ただの泥棒猫だと思ってたけど、私達のこと、しっかりと考えてくれてる……』


「あぁ、そうだねルミス。ここはクロエさんの言う通りにしようか」


 少し安堵の色が見えるクロエさんは、更にとんでもなく素晴らしいことを俺達に教えてくれた。

 俺達はクロエさんの助言に従い、次の目的地を決めたんだ。

 

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