23 復活の神薬

「ちょっと!? あんた!?」


 いきなりの俺の行動に、魔女は焦る。

 俺は全力で走ったため、魔女が迎撃の準備に入る前に懐に入った。

 あまりにもあっけなく、羊皮紙の強奪に成功する。

 未練がましく手を伸ばしてくるから、うっとおしくて腹を軽く蹴り飛ばした。


「げほっ!? あ、あんた、返しなさい! それはウォフ様を生き返らせるために!」


 魔女が何か言っているが、そんなことはどうでもいい。


「か、返して! 私の! 私の!」


 手に入れた。手に入れた手に入れた。ついに手に入れたぞ。


『これ? これがバアルの求めてたもの? 私の求めてたもの?』


「あぁ、これだ、これだよルミス。遂に、遂に俺たちの願いが叶うんだ!」


『こんなただの紙切れが? 大丈夫なのバアル?』


「た、確かに……こんな紙切れ、どうしたらいいんだ……?」


 俺とルミスが少し悩んでいると、ヘドロが叫ぶ。


「バアル! そいつはスクロールってマジックアイテムだ! ほんの少しでいい、魔力を込めるんだ! そうすれば、お前さんの願いは叶う!」


「返して! 私の! 私のよ! ウォフ様を生き返らせるの! 返してよぉ!」


「きひ、きひひひ! いいざまだなぁタバサ! あぁ、お前の泣き顔、いいぜぇ! それが見たかったんだ! 最高だぜぇ!」


 再び始まる痴話喧嘩を無視して、俺は集中する。

 魔力。正直よく分からない。そもそも俺は魔力なんて持ってるんだろうか。


『大丈夫よバアル。心の中で、強く念じるだけでいいの』


 ルミスの言葉に従う。

 俺はルミスの蘇生を信じ、強く念じた。


「っ!? きた!」


 すると、羊皮紙に描かれた落書きのような模様が光り出す。

 目を開けていられないぐらいの、強い光。


「こい、ルミスゥゥゥゥゥ!!」

「きひ、きひひひひ!!」

「私の、私のぉぉぉぉぉぉ!!」


 眩しくて何も見えない地下室に、三人の声が響き渡る。


 そして、やがて光は弱まっていく。

 光が完全に収まった時、ルミスは──


『……?』


 ──生首のままだった。



 あれ? なんで?

 ヘドロを見れば、俺と同じく、何が起こっているか分からない顔をしていた。

 魔女を見れば、泣きながら頭を抱えている。


「うぅ……やっぱり、駄目だった……私のは失敗作だった……」


 ”失敗”


 その単語に反応して、俺は魔女に詰め寄る。


「おい、魔女! 失敗ってどういうことだ!? ルミスはなんで生き返らない! 俺は、何か失敗したのか!?」


『私、生き返らないの? ずっと、首だけのまま?』


「おい、魔女! さっさと答えろ! ルミスが可哀そうだろうが!」


 魔女の首を掴み、問いかける。


「ば、バアル、ちょっと落ち着きなって! タバサが死んじまう、死んじまうぜぇ!?」


 見れば、魔女の顔は黄土色になってる。

 少し力を込め過ぎたか……これだから人間は……。


「おい、お前、質問に答えろ。嘘を言ったら、即刻その首を刎ねるからな? さっきの紙はなんだ」


 首を離し、座り込んだ魔女の顔を覗き込む。

 魔女は首をおさえ、咳き込んでいた。


 俺の質問に答えない首はいらない。

 そう判断し、剣を抜く。


「ま、待てよバアルぅ! おい、タバサ! 早く答えろ! じゃないと、お前さん、死んじまうぜぇ!? バアルは本気だぜぇ!?」

 

 ヘドロも催促したためか、魔女はゆっくりと喋り出した。


「……災厄の大悪魔によって、私の愛するウォフ様は殺されてしまった……だから、私はウォフ様を生き返らせると誓い、ここでずっと研究をしていたの」


 曰く、さっきの紙は”復活の神薬”の模倣品なんだそうだ。

 本物の”復活の神薬”を見たことがあるタバサは、自身の知恵と記憶を頼りに、同じ物を作り出そうとしたらしい。


「だけど……駄目だった……悔しいけど、私の力じゃ限界だった……」


 研究の途中で、魔女は神薬を再現できないと気づいてしまった。

 だから、いざ試作品を作っても、使うことができなかった。

 使うと、自身の力量不足が、如実に分かってしまうから。

 使うと、愛する人が戻ってこないと、諦めてしまうから。


 そうか、つまりこの魔女は──


「──俺と同じ願いを持った……同志か!」


 俺の言葉を聞いた魔女は、ジト目で見上げてくる。


「あんたみたいな気狂いと一緒にしないでくれる?」


 失礼なやつだ。

 だけど、不思議だ。

 俺は、感じた疑問を魔女にぶつけてみる。


「お前、なんでその人の、ウォフだっけ? ウォフの首を持ってないんだ? 好きだったんだろ? そいつのこと」


 俺の質問に、ヘドロは「はぁ?」と呆れている。

 しかし、魔女は普通に答えてくれた。


「首は……悪魔に持っていかれたわ。あんたはまだ幸せかもね。好きな人の顔を……そんな状態でも見ることができるんだから」


 ……なんて可哀そうなやつなんだ。

 好きな人を殺され、その上首まで持っていかれるなんて。

 俺は魔女の、いや、同志タバサの身の上話を聞き、涙を流す。


『バアル、可哀そうだね、この人』


「あぁ、なんて可哀そうなんだ。悔しいよなぁ、辛いよなぁ」


『バアル、私たち、タバサさんのために何かしてあげられないかな』


 ルミス、なんて優しい子なんだ。

 自分は死んでいるのに、こんな汚い女のことを気遣うなんて。


「そうだな……俺がルミスを生き返らせる方法を見つけたら、そのウォフってやつも一緒に生き返らせてやろうか」


 先ほどまで何か諦めていた表情をしていた同志タバサにとって、その言葉は希望だったようだ。

 目に光が宿り、俺を見上げて懇願してくる。


「ほ、本当!? お、お願い! その方法、一緒に見つけましょう!?」


「ひ、ひひ、随分と調子がいいなぁタバサ、さっきまでバアルのこと、とんでもなく気持ち悪い目で見てたのに」


「う、うっさいわね! あんたが気持ち悪いからよ! ヘドロは黙ってろ!」


 同志タバサは元気になったようだ。

 良かった。


 良かったけど、彼女は嘘をついた。

 だから、残念だけど、本当に残念だけど。


 俺は同志タバサの足を踏み潰した。

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