21 魔女1

「きひひ、兄さん、おいらをパートナーと認めてくれるのかい?」


 俺とヘドロは、暗い森の中を歩いている。

 ヘドロはルミスを生き返らせる方法を知っているらしい。

 まさに俺が求めていた情報だ。

 ついている。世界が俺を中心に回っているのかとさえ思う。

 もし、この世界がおとぎ話の中なら、主人公は俺かもしれない。

 そしたら、ヒロインはルミスなんだろう。

 そしてこれは、ハッピーエンドの物語だ。


「勘違いしないでくれよ。俺のパートナーは生涯ルミスただ一人だけだ。だけどまぁ、ヘドロとパーティーを組む分には構わないよ。俺の名前はバルタザール。まぁ、バアルって呼んでくれよ」


「きひ、それで十分さ。やっぱり、その子はバアルの想い人なのかい。きき、きひ、随分いい趣味をしてるじゃないかぁ」


 この言葉に、俺は少し驚いた。

 確かにルミスは超がつくほどの美人だ。

 それでも首だけのためか、他人がルミスに対して色目を使うことはなかった。


「なんだいバアル、何を驚いてるんだよぅ。きひ、女の趣味は、人それぞれじゃないか」


 こいつ……まさか……


『どうしたのバアル? 顔が怖いよ』


 ルミスが心配している。

 そうか、俺はそんなに怖い顔をしているのか。

 でもそれは仕方ないだろう。


「ヘドロ……お前、ルミスに惚れたか? 人の恋路を邪魔するやつは……」


『えぇ!? バアル、嫉妬!? 嫉妬してくれたの!? 嬉しい、嬉しいよ!』


「る、ルミス! 雰囲気をよんでくれよ! 俺は今から、ルミスをかけてヘドロと戦わなくちゃならないんだ!」


 この言葉には、ヘドロは度肝を抜かれたようだった。


「ち、ち、ちち、違う! 違うよバアル! おいらは、バアルと戦う気なんてさらさらないぜぇ!? お、おいらの女の趣味は違うんだよぅ!」


 なんだ、早とちりか。

 俺は殺気を鎮めるが、ヘドロはまだびくびくしている。

 先ほどまでとは、まるで別人のように俺から距離をとろうとしていた。


 ……友達、出来そびれたかな。


「それでヘドロ、そこまではまだかかるのか?」


「きひ、もうすぐ、もうすぐだな。相手は強敵だからな。バアルぅ、暴れておくれよぉ?」


 なんでも、この森の奥には、魔女と呼ばれる女が住んでいるらしい。

 その魔女は様々な魔法を習得しており、かなりの腕の魔法使いではあるが、自身の研究のために、世間には出てこず引きこもっている。

 その研究とは、死者の復活。

 まさに俺と同じ願いを叶えるために、その研究に没頭しているそうだ。

 そして、その研究は実を結び、死者を蘇生させる”復活の神薬”という物を発明したという。


 ふ、ふふ、いいね、まさかいきなりこんな情報が入ってくるとは。

 やっぱり、ランクを上げて良かった。

 Bランクにはまだ上がってないけど、俺が強いという噂は広く流れたんだろう。

 俺は情報をくれたヘドロの肩を叩き、笑いかける。


「任せてくれよヘドロ、俺の強さをその魔女に見せつけてやる」


 俺の言葉にヘドロも笑みを浮かべるけど、俺には汚い顔がくしゃっとなっただけに見えた。





「ここが……魔女の家?」


『家……ってより、廃墟?』


「違いない。本当にここに人が住んでいるのか?」


 俺達はヘドロが教えてくれた場所まで着いたが、思っていたよりもボロボロの建物を見て困惑していた。

 俺とルミスが目を向けると、ヘドロは頷いて先に歩き出す。


「きひ、大丈夫だよバアル。おいらの情報は確かなんだ。さぁ、ついておいでよぉ」


 俺はルミスに肩をすくめてみせると、ヘドロに追随する。

 そして、扉を開け中に入るも、人の気配はなかった。


『バアル、誰もいないね?』


「そうだねルミス。嘘つきは許せないね」


『そうよねバアル、首を落としちゃう?』


「そうだねルミス。とりあえず殺そうか」


 俺とルミスが相談していると、ヘドロはボロボロの床を探りながら声を出す。


「きひ、それはすこし早計じゃないかい? これを見てからでも、遅くはない、ぜっ!」


 ヘドロが力強く叩き、床が割れる。

 その床下には、階段があった。地下室へ続く階段だ。


『わぁ、凄いねぇ! 隠し扉? 隠し床?』


 ルミスは陽気に話しているが、俺は自分の顔が険しくなっているのが分かるほど緊張する。


「きひ、どうしたんだよぅバアル。調子が悪いのかい?」


 地下室は嫌いなんだ。

 嫌でも、あの時を思い出してしまうから。

 俺は、ルミスを決して離さないように強めに抱え、地下室を降りていく。


 地下室があったのには驚いたが、そこは地上とそこまで変わらない、ボロいものだった。

 唯一、身の丈程の十字架だけは綺麗な状態で維持されている。とても大切な物なんだろうか。

 そして、ここにきて初めて人を見つける。

 その髪の毛、服装、全てがボロボロだけど、こいつが噂の魔女なんだろう。

 その女は、俺たちが下りてきたことに気づかないまま、何かを書く作業に熱中していた。


 ヘドロに目を向ければ、こちらを向いてニヤリと頷いている。

 あぁ、やっぱりこのボロボロ女が魔女なんだ。

 どうしようか。とりあえず、交渉してみようか。


「あのー、ちょっとよろしいですか?」


「ひゃっ!?」


 近くにいき声をかければ、魔女は大層驚いたようだった。

 俺とルミスを見ると、すぐに部屋の端に逃げていく。


「な、な、なによあんた達!? あ、怪しいやつらめ!」


 ボロボロの怪しげな魔女に怪しいと言われる俺達。

 なんだか、少しムキになってしまい反論する。


「お前の方が怪しいだろ、ボロ魔女! どんだけ汚いんだよ! 女やめたのか!?」


 だが俺の言葉は、魔女にとって心外だったようだ。


「なっ!? あんたのような男にだけは言われたくないわよ! あんた、お風呂入ってんの!?」


 ……あれ? 俺、お風呂はいってるっけ?

 記憶を辿れば、俺が最後に風呂に入ったのは、生贄になる前夜だ。

 つまり、もう何年も風呂に入っていない。

 だ、大丈夫かな……


『えへへ、大丈夫だよ。私、バアルがお風呂に入ってなくても、何も気にならないよ』


「ほ、本当かルミス!? 俺、めちゃめちゃ臭いんじゃないか!?」


『ふふ、大丈夫。私、死んでるから。嗅覚なんて、ないから』


「は、はは……今日だけは、ルミスが死んでることに感謝だよ」


 おっと、今は魔女と話しているんだった。

 魔女に向き直ると、分かりやすく狼狽している。


「なななっ!? なによこの気狂いは!? ヘドロ! あんたの差し金!?」


 魔女はヘドロに声をかける。

 ん……? こいつら、知り合いかな?


「きひひ、バアルはおいらの仲間さ。タバサ、お前がいけないんだぜぇ。おいらの誘いを断るから」


「ふざけないでよ! 私にだって、男を選ぶ権利はあるわよ! 誰かを誘いたいんなら、森に引き返しなさい! あんたによく似たゴブリンがわんさかいるわよ!」


 痴話喧嘩……とも少し違うのか?

 まぁ、喧嘩は後でしてもらおう。今は大事な用事があるんだ。


「すみませんタバサさん。復活の神薬を譲ってくれませんか?」


 俺がここに来た目的を、魔女に告げる。

 すると、魔女は舌を出しながら返事をした。


「やーよ、なんであんたなんか気狂いに渡さなきゃならないのよ」


 ……よし、こいつは殺そうか。

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