19 Bランク

「…………え? なんで?」


 冒険者組合に戻った俺の顔を見たクロエさんは、泣きそうな顔で俺を見ていた。

 ……気持ちは分かる。また俺だけしか帰ってこなかったんだ。

 優しくて聡い彼女のことだ。メイケンの時と同じように、調査隊も死んでしまったとすぐに推測できてしまい、悲しんでいるのだろう。

 俺は辛いけど、その事実を改めて告げなくちゃならない。


「調査隊は……全滅しました」


 クロエさんは勿論、組合の職員、冒険者達は全員息を呑み、俺に注目する。

 俺は、準備していた説明を行う。


「サラマンダーがいるかの調査をしたけど、結局見つかりませんでした。そこで、もう帰ろうかという時、いきなり雷が落ちてきたんです」


 ある程度は事実も告げた方がバレないと思ったんだ。


「その雷は、本当に凄まじいものでした……調査隊の皆さんは……残念ながら……」


 クロエさんが震えている。

 親しくもない人間の死でこんなに悲しめるなんて、本当に優しい子だ。


「あり得ない大きさの雷により、彼らは跡形もなく消滅してしまったのですが……なんとかこれだけは持って帰ることができました。どうか、彼らの墓標に立ててやってください」


 そう言いながら、俺は5本の剣をクロエさんに渡す。

 俺の体に刺された剣だ。

 善人アピールのつもりだったけど、クロエさんは混乱しているのか、取り乱して小さく呟いていた。


「な……なんで? あんなに沢山いて……いえ、それにこの剣……この剣はなんで無くならなかったの……? おかしい……ありえない」


 クロエさんの独り言には、あえて聞き耳を立てないことにした。

 俺も良くルミスと会話をしているから、お互い様ということで目をつむろう。

 だけど、ハッキリさせないといけない事がある。


「それで、クロエさん。俺、Bランクに上がれますか?」


 俺は受付カウンターに手を置き、クロエさんの顔を覗き込む。


「そ、その……大変恐縮なのですが……バルタザール様が今回の依頼から帰ってくるとは思っていなかったといいますか……こちらも、その後の準備はしていなかったといいますか……つまり……」


「つまり?」


「Bランクには上がれません……そもそも、オルゴンの組合ではBランクに上げる権限が無いので……」


 …………え?


 あぁ、そういうことか。

 俺はまた、嘘をつかれたんだ。

 なんだ、こいつも嘘つきか。

 だったら、クロエも殺そうか。


 俺の呪いともいえる殺気は、クロエの首に手をかけた。

 それだけで、彼女は意識を失う。


 まだだ、まだ足りない。許せない。

 お前みたいな嘘つきは、首も、命も失うべきだ。


「ま、待て! 上がれる! あなたはBランクに上がれます!」


 俺が直接クロエの首を握り、あとは少しだけ力を入れるだけというところで待ったがかかった。

 その声の主は、受付の奥の部屋から飛び出してきた、眼鏡をかけた細身の男だ。

 クロエの首から手を離し、その男に向き直る。


「嘘つきの人間達め。どうせそれも嘘だろう?」


『そうよバアル、どうせ嘘よ。嘘つきの首は落とさなきゃだわ』


「そうだねルミス。嘘をつくのは悪いことだ。悪いやつは殺すべきだよね」


 細身の男は俺を見て少し後退する。

 その顔は、先程より更に強張っている。

 いつもそうだ。人間は俺とルミスの会話を見て気味悪がる。

 そんなに独り言が気持ち悪いか?

 俺からすれば、平然と嘘をつき、善良な俺達を蔑ろにするほうが、よっぽど気持ち悪い。


 俺が雷鉄剣スサノオを鞘から抜けば、組合は喧騒に包まれる。

 いまいち何を言っているかは分からないが、雷鉄剣スサノオが紫電を纏っていることに驚愕しているようだ。


 俺は雷鉄剣スサノオを頭上に掲げ──


「ま、まて! 嘘じゃない! 嘘じゃないんです! 確かにオルゴンでは権限がない! だけど、絶対にあなたのランクは上がります! 上げてみせます!」


 ──ゆっくりと鞘に戻した。


「……本当ですか?」


 鞘に戻したのは剣だけではない。

 "ランクが上がる"という言葉を聞き取り、殺気まで収まっていく。


『嘘よ、どうせ嘘。クロエが言ってたじゃない』


「そ、そうだ。そもそも、ここの組合には権限が無いって言ってた。じゃあ、クロエさんはどっちにしろ嘘つき?」


 とりあえず殺してから考えようと首を掴めば、眼鏡の男が喉も張り裂けんばかりの大声で叫ぶ。


「違う! 彼女の言うことは本当だ! この組合に権限はない! だから、本部に申請する! 僕はここの責任者だ! 信じてくれ! 絶対に君をBランクに上げてみせる!」


 どうやら、この眼鏡の男はそれなりに偉いらしい。

 冒険者組合オルゴン分会長と名乗っていた。よく分からないけど、長なので偉いんだろう。


 その偉い人が、俺のランクを上げるよう、特別に申請してくれる手筈になってたらしい。

 ……そうか、俺の早とちりなだけで、みんな嘘をついてなかったのか。


「勿論、信じていましたよ。本当にありがとうございます。それじゃあ、お疲れ様でした」


 恥ずかしくなった俺は、次の依頼を受けずにそそくさと帰ることにした。

 よし、明日はオルゴンに来て初めての休日にしよう。

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