18 指名依頼

 以前は日が落ちるまでかかったが、今回は直ぐに目的の山脈に到着した。

 その間、俺は何度も調査隊に話しかけるも、その全てを無視されてしまう。

 調査隊は5人だったが、全員根暗もいいとこだ。


「……コミュニケーション能力低すぎだろ、あいつら」


『まぁまぁ、気にしない方がいいよバアル。余計なことは考えずに、Bランクに上がることを考えようよ。未来の旦那さんがBランクかぁ……いいね! かっこいいね!』


 調査隊とは一切話せなかったが、その分ルミスとの会話には花が咲いた。

 もしかして俺とルミスに気を遣ってくれたのか? だとしたらいい奴らじゃん。マブダチじゃん。


「えぇっと、ここでサラマンダーを討伐しました。ほら、少し残骸があるでしょ?」


 俺が首を落としたサラマンダーは、他の魔物に喰われたのか、ほとんど骨だけになっていたがその痕跡は残っていた。

 これで、本当に脅威は去ったのだと納得してもらえただろう。


 これで満足したかと調査隊を見れば、彼らの視線は別の場所に注がれていた。

 釣られて、俺もそちらを見る。

 そこには、何かの肉片……のような、よく分からない小さな塊がいくつも腐乱し、放置されていた。

 もう少し魔物が痕跡を消してくれてると思ってたけど、流石に量が多すぎたか?

 だけど、これじゃメイケン達とは分からないだろう。我ながら上手いことやったもんだ。


 俺が一人満足していると、後ろを陣取っていた調査隊から初めて声がかかる。


「やはり間違いない……確信した」


 突如、俺の体は剣で貫かれた。

 その数は5本。

 調査隊の全員が、俺を突き刺したのだ。


「え? え? 何?」


 いきなりのことで、本当に驚いた。

 特に痛みは感じないが、ルミスに傷がついてないか確認するため、調査隊から少し距離をとる。


『ど、どうしたのかなみんな。バアル、大丈夫?』


「あぁ、大丈夫。ルミスに何もなくて良かったよ」


 ルミスは全くの無傷──といっても既に死んではいるが──だし、俺の胸には剣が5本生えているが何も問題ない。

 俺とルミスが話している間、サラマンダーが寝床にしていたと思われる洞窟から、多くの人間が出てきていた。

 その集団と調査隊には、共通点が二つある。


 一つ目は、その恰好だ。

 服装や武器は全員がバラバラだけど、左腕に巻いた腕章は統一された物だった。

 なんだろう、あれ。どっかで見たことがあるような……なんだっけな、確か、太っちょも巻いてたっけ?


 二つ目は、その表情だ。

 全員が、泣いていた。

 俺を見て、武器を構え、泣いていた。


 そして、轟音が俺を襲う。

 それは、雷のような何かに伴って発生した音ではない。

 純粋な音。人の声。怒声。怨嗟だ。


「許さねぇぇぇ!! この悪魔がぁぁぁ!!」

「なんの、なんの恨みがあって! 団長達をぉぉ!!」

「お前だけは、絶対に殺してやるぅぅぅぅ!!」


 そしてその音は、その人間達からの攻撃としては、この上なく俺に効いた。

 剣で貫かれようが、槍を投げられようが、魔法で焼かれようが、俺にとっては涼しいもんだ。

 だけど、その音は耳障りで、とてつもない不快感が襲ってくる。

 あぁ、ストレスだ。うるさい、うるさい、うるさい。


「剣で刺されてるのに平然としてやがる! やっぱりこいつは、悪魔だ! 魔王だ!」

「団長の恨みぃぃぃぃ! お前らぁ、覚悟を決めろぉぉぉぉ!!」

「やってやる、やってやるぅぅぅ! 怖くなんかねぇぞぉぉ!」


 こ、こいつら何なんだ? 多分、太っちょが所属していた自警団の連中だとは思うけど……

 なんでだ? なんでこいつら、こんなに怒ってるんだ?

 俺は、何も悪いことなんて、していないのに。


『えぇ、本当よバアル。あなたは何も悪いことなんてしていない。ちゃんと証拠を消したもの』


「そうだ! 俺は悪いことなんてしていない! そうだよ、ルミスの言うとおりだ!」


『えぇ、私はちゃんと見ていたわ、バアルが証拠を消しているのを。証拠を消したから、バアルは悪いことなんてしてないわ』


「そうだ! みんな、ルミスの声が聞こえないのか!? 俺は悪いことなんてしていない! 本当だ! 信じてくれ!」


 とりあえず、声を止めたくて俺が叫ぶ。

 とりあえず、俺の無実を訴えてみる。

 だけどそれは、更なる怒声を生んだ。


「ふ、ふ、ふ、ふざけるなよこの人格破綻者がぁぁぁ!!」

「お前が殺したサラマンダーの死骸の隣にこの有様だぞ!? この何かが団長達で、それをやったのはお前だって、馬鹿でも分かるだろうがぁぁぁぁ!!」

「なんの、なんの恨みがあってこんなことできるんだぁ! 団長がお前に何をした!? 何をしたら、こんな真似できるんだよぉぉぉ!!」


 ……ば、バレてる?

 なんでかよく分からないけど、どうやら俺が太っちょを殺したことはバレてるようだ。


『まずいよバアル。だったら、バアルは──』


 ──犯罪者だ。

 駄目だ、それは駄目なんだ。

 なんでか分からないけど、俺が犯罪者だとルミスを生き返らせないんだ。

 なんでだっけ、誰かが言ってた気がする。なんでだっけ、分かんないけど、駄目なんだ。

 とにかく、ルミスを幸せにするためには、今のままじゃ駄目なんだ。


 俺は焦る。

 目撃者がこんなに多くいることに、とても焦る。


「死んで詫びろ外道がぁぁぁ!!」

「団長の仇ぃぃぃぃぃぃ!!」

「死ねぇぇぇ!! 滅びろぉぉぉぉ!!」


 ち、違う、俺じゃない。

 俺はやってない……っけ? よく分かんない。

 そ、そうだ、俺はやってないんだ。

 こいつらは嘘つきだ。

 こいつらは嘘をついて、俺を犯罪者にして、俺とルミスを引き裂こうとしてるんだ。

 なんてやつらだ。

 これだから人間は嫌いだ。

 嘘つきは嫌いだ。

 だから、殺さないと。

 嘘つきな人間は、みんな死んじまえ。

 俺とルミスを邪魔するやつは、みんな、みんな、死んじまえ。


 俺は右腕に握った剣を掲げ、叫ぶ。


「消えろ、消えろ、消えろぉぉぉぉ!! 人間なんて、みんな死んじまえぇぇ!! 雷鉄剣スサノオォォォォ!! こいつらを、皆殺しにしろぉぉぉぉぉぉ!!!」


 嘘つきたちの怒声より、さらに大きな轟音が響き渡る。

 コリン村を潰した時よりも、更に大きな雷を落としたんだ。


 立ち昇った煙が晴れると、嘘つきの人間たちはみんな消滅していた。

 小さな肉片すら残ってないから、前みたいに潰す作業は必要なさそうだ。


 そうして、俺の罪も完全に晴れたんだ。

 大勢の命を代償にして。

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