16 後始末

「おい、なんでだよ! ふざけんなよ!」


 嘘つきの人間達はいなくなったのに、俺は必死に拳を振り続けていた。


「おい! なんとか言えよ! 力を貸せよ雷鉄剣スサノオ!」


 それもこれも、役立たずな神様なまくらのせいだ。


 俺は、俺が殺したという事実を見て知った人間を皆殺しにした。

 つまり、今の俺は無罪というわけだ。

 だけど、晴れやかな気持ちでいざ帰ろうとした時に、ルミスから『後で見た人に、バアルがやったってバレちゃわないかな?』と指摘された。


 死体のそこら中に残っている、大柄な人物の拳跡。

 首の無い死体に共通している、鋭利な刃物による切断面。

 明らかに、魔物の仕業とは思えないだろう。


 魔物ではなく、人間──正確に言えば俺は人間ではないのだが──の仕業だと分かれば、まず疑われるのは一緒に依頼を受けていた俺だろう。

 つまり、無罪であるはずの俺が、有罪となってしまう可能性があるんだ。

 ふざけた話だ。


 無罪と未来を勝ち取るために、俺はコリン村でしたように、雷鉄剣スサノオの雷を落とし、証拠となりそうな物を跡形もなく消失させようとした。

 だけど、雷鉄剣スサノオは力を貸してくれなかった。

 人間を殺すためではなく、ただの証拠隠滅で使われることを嫌がったのだ。


「なんでだよ! コリン村の時と何が違うんだよ!」


 そのため、俺は自身の力のみでの証拠隠滅を図っていた。


 ──ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ──


 素手での解体作業だ。


「くそ! なんで俺がこんなことを! 俺はなんにも悪くないのに!」


『頑張ってバアル! ここで頑張らないと、悪いことになっちゃうから! 頑張って!』


 最初は魔物がやったと思わせるため、捏造しようとした。

 しかし、俺にはサラマンダーがどういう魔物か分からないため、捏造のしようがないことに気づく。

 だから、とにかく死体をぐちゃぐちゃにすれば、俺が殺したという証拠はでないと考えたんだ。


 ──ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ──


「おぇぇっ、くっさ!」


 太っちょの時は興奮して感じなかったが、腹を潰す際、強い異臭が鼻についた。

 胃の中にある昨日の飯や、糞尿になろうとしている部分まで表に出てきたんだろう。

 いっそ糞尿のほうがまだマシに思えた。


 ──ぐちゃ、ぐちゃ、ぐちゃ──


 人間離れの力を持っている俺でも、この作業にはかなりの時間を費やした。

 細かい作業が元々嫌いだったのもある。

 異臭のためか、元同族をミンチにしている罪悪感のためか、なんでか分からないけど、何度も俺が嘔吐して作業が中断されたことも大きい。


 作業が終わるころには、すっかり日が昇っていた。


「シュルルルルル」


 血の匂いに釣られたのか、いつの間にか俺の近くに魔物が近寄ってきていた。

 俺が気付いた時にはもう、その魔物の口から炎が吐き出され、俺に直撃する。


「あぁぁぁぁ!? こいつ、燃えちまうだろうがぁぁぁ!!」


 懸命にルミスを庇いながら、俺はその魔物の首を斬り落とす。


「大丈夫かルミス!? 痛くなかったか!? 熱くなかったか!?」


『あはは、私は死んでるから、何も痛くないよ。それよりもバアル、もしかして──』


 ルミスは、俺が斬り落とした魔物の首を見ながら告げた。


『口から炎を吐く魔物ってメイケンさんが言ってたよ。その魔物、討伐対象のサラマンダーじゃないの?』


 その言葉に、魔物の首をよく見れば、確かに外見上の特徴はサラマンダーと酷似している。

 いや、酷似というより、こいつがサラマンダーなのだろう。


 そうか、そういうことか。

 俺があまりにも頑張ったから、これは神様からのご褒美なんだろう。


『良かったねバアル、これで依頼達成だね』


「あぁ、本当に良かった! 特に問題なく依頼を達成できたよ!」


 俺は左手でルミスを抱え、右手でサラマンダーの首を抱えて、オルゴンの町に帰ることにする。

 そこにメイケンの首もあれば、文句なしでBランクに上がれたかもしれない。

 いや、でもメイケンの首を持っていれば、悪いことをしたことになっちゃうか?

 それなら、組合の人間もまとめて殺せば、別に俺は悪いことをしたことにはならないか?

 いやいや、でもそれなら、俺をBランクに上げてくれる人がいなくなっちゃうか?


 俺が悩んでいると、ルミスから声がかかる。


『あのねぇバアル。二兎追う者は一兎も得られないって、お爺ちゃんが言ってたよ』


 確かに、とりあえずは依頼達成だけの報告にしておくべきか。


『それにね、バアル。もうその選択肢は選べないよ? もう、何も残ってないじゃない』


 俺は後ろを振り返る。

 そこで改めて、メイケンの生首はおろか、メイケンだと思われるような物は、ぐちゃぐちゃになって認識できないことを確認したんだ。

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