13 自警団

「ここがその山脈ですか」


 直ぐに到着すると思っていたが、山脈に着いたのは日が落ちてからだった。

 メイケン達のペースがとても遅かったせいだ。

 いや、俺が早すぎるだけなのか?

 かといって、三人を背負っていくと言っても頑なに断られるし……まぁ、着いたんだしいいか。俺は過去を振り返らないんだ。


「でも、サラマンダーでしたっけ? そういう魔物は見当たりませんね」


「サラマンダーがいるのは大抵暗い洞窟の中だけど、昼行性だって言ってたっけな……真偽は分からないけど……っと、バルタザールにお客さんのようだな? ……ったく、時間かけやがって」


 メイケンに釣られて見れば、俺達は10人ぐらいの武装した集団に包囲されていたことに気付く。


「いや……違う?」


 俺達ではなく、俺を包囲しているようだった。

 集団を率いている立場なのだろう。集団の中から、背の低い太った男が俺に近づいてきた。


「お前か、人様の生首を持ち運んでいる馬鹿は」


 やっぱり。こんな山脈までわざわざ来たのは、俺に用があったんだろう。


「一体何のつもりだ? 名前は? どっから来た? そもそも人間なのか?」


 いきなり詰問されたことに少し苛ついたが、ルミスが傍にいるため大人の対応をとることにしよう。


「あの、あなた達は? 人の名前を聞く前に、自分から名乗るのが常識だと思いますが」


 俺の言葉を聞いた男は、苦虫を嚙み潰したような顔をして返答する。


「はっ! こんな非常識な野郎に常識を説かれるとは、俺もいよいよ終わりだな。まぁいい、言葉は通じるか……よく聞け! 俺達はオルゴンの自警団だ! つまり、お前みたいなやつを野放しにしていいのか判断し、場合によっちゃぁ実力行使をさせてもらうってわけよ」


 自警団というよりは、ごろつきのほうが似合いそうな顔だが……これを言ったら怒られそうだから止めておこう。


「さぁ、こっちの自己紹介はすんだぜ? お前のことを教えてもらおうか」


 折角辿り着いたオルゴンで面倒毎はごめんだし、ここは素直に従うとするか。


「えっと、俺はバルタザール。コリン村からこっちの町に来て、冒険者になりました。人間……ではありません」


「んぁ? やっぱ混じりもんか? 親はなんだ? 魔族か? 今どこにいる?」


 この人、質問ばっかだな……少し鬱陶しい。


「いえ、先に自己紹介を終わらせてください。こっちの子はルミス。俺の……、ふぃ、婚約者フィアンセです」


 は、恥ずかしい。

 けど嬉しい。ルミスを紹介するのは嬉しいぞ。そうだ、何度だって言ってやる。


「俺の婚約者フィアンセです。そう、婚約者フィアンセです。可愛いでしょう? 俺の婚約者フィアンセなんです」


 あれ? なんでだろう? 皆から少し距離を取られた気がする。


「そう、それだよ。それが一番問題なんだよ。お前さんが大事そうに抱えている……婚約者フィアンセだ。それは、お前が殺したのか?」


 ドクンと心臓が跳ねた気がした。

 いや、違う。刎ねたのはルミスの首だ……


 駄目だ、あの日のことを思い出すと……汗が止まらない。

 落ち着け、落ち着け、落ち着け。


「俺じゃ……ない、俺じゃない、俺じゃない俺じゃない俺じゃない!」


「な、なんだお前……? じゃぁ、誰がそこの婚約者フィアンセさんを殺したんだ?」


「い、光鉄剣イザナミだ! 光鉄剣イザナミがやったんだ! 俺じゃない!」


「イザナミ……?」


 太った男は、あごに手をあて何かを考え出した。

 その様子を不可解に思ったのか、部下と思われる男が近寄ってくる。


「団長、どうしました? 明らかにそいつが犯人っぽくないですか……?」


 団長? この太っちょが? エネルギー有り余ってるんじゃないか?

 おいおい、大丈夫かよオルゴン自警団。平和かよ。うん、いいことだな。


 俺の思考をよそに、太っちょ団長は部下に答える。


「いや、こいつの言っていることは本当かもしれん……コリン村から来たと言っていたし……」


「コリン村って……閉鎖的というか、排他的というか……異常……というか……あの村でしたっけ?」


「あぁ、その村だ。確かあの村が信仰している神に、イザナミって名前があったような……」


「へぇ、団長、物知りですね。そんな知識、どこに詰まってるんですか?」


「そりゃ腹だよ。って言わせんなよ! おい、言わせたからには笑えよ」


 なんだかよく分からないけど、とりあえず俺の疑いは晴れたようだ。

 当然だ。あれは光鉄剣イザナミの呪いなんだから。


『えぇ、分かってるわバアル。あなたは何にも悪くない。気にしないで』


「あぁ、ありがとうルミス。愛してる」


『えへへ、嬉しい。私も愛してるよ、バアル』


「お、おう……俺も……嬉しい。本当に嬉しいよ!」


 俺の言葉が聞こえてたのか、自警団の二人はこっちを見て固まっている。

 やっぱり人前でルミスと話すのはまずいか? そりゃまずいよな。


「団長、こいつやっぱり、やばくないですか……?」


「あー……うん、そうだよなぁ」


 そういう会話は小声でしてほしいんだが……

 いや、俺もルミスとの会話を普通にしてしまっているから、他人にとやかく言えたもんではないけど。


「おいお前、なんで元婚約者フィアンセの首を持ち歩いているんだ? そいつは死んでるって、認識できてるか? 本当に元婚約者フィアンセなのか?」


 また質問が連続して飛んでくる。

 

「元じゃなく、今も婚約者フィアンセです。確かにルミスは今死んでいます。だから、生き返らせるために、俺は旅をしているんです」


 そう、これが俺の生きる意味だ。

 だけど、その言葉を聞いた太っちょ団長は、同情とも嘲笑ともとれる、複雑な表情をしている。

 罰が悪そうに頭を掻きながら話す。


「あー……何があったかは知らんが、大体は察するさ。その気持ちも分かる。だけどな、死んだ奴を生き返らせるなんて、できるわけねぇだろ。確かに人が生き返るっておとぎ話はあるさ」


 俺の肩に手を置こうとするが、背の低い太っちょは手が届かずに諦めていた。


「だけどな、そんなことは実際には有り得ない。太陽が西から昇るか? 海の底に鳥がいるか? 有り得ねぇだろ? 一緒だよ、死んだ奴は生き返らない」


 あぁ、こいつ、本当にムカつく野郎だ。

 俺は、ルミスを絶対に生き返らせるんだ。


「太陽が西から昇るかもしれないだろ! 鳥だっているかもしれない! 海の底に行ったことがあんのかよ! そんなこと、分かんないだろ!」


「分かるさ」


 こんなに大きな体の俺に、太っちょはまるで聞き分けの悪い子供を諭すかのように告げる。


「世界がそうだと、決まってるんだ。好きな人が死んで、可哀想だとは思うが……」


 嘘だ。嘘だ嘘だ。こいつは嘘つきだ。

 なんでこんな嘘をつく?

 俺とルミスが幸せになるのが許せないのか?


『バアル……私、幸せになりたい』


「あぁ、勿論だ。ルミスは絶対に幸せにする」


『でも、私は一生このまま? それが世界の決まり事?』


「いいや、違うよルミス。こいつは嘘を言っているんだ。俺達が幸せになるのが許せないんだ。人間はいつもそうだ」


 一人で話し出した俺の顔を、太っちょは心配そうに覗き込んでくる。

 無性に腹が立った俺は──


「お、おい!? 大丈夫かお前さん!? 現実を見ろ! 悪いようにはしねぇから──」


 ──太っちょの腹を引き千切った。


「がぁぁぁ!? お、お前、何を!?」


 腹から大量の血を流し膝をつく太っちょを他所に、俺は引き千切った腹を調べる。

 血のせいで何があるのかよく分からない。

 分かるのは、何かドロドロした臭いものがあることだけ。

 ほら、やっぱりだ。


 俺は太っちょを見下ろし、唾と一緒に言葉を吐き捨てた。


「ふん、それ見たことか、この嘘つきが。お前の腹には知識なんて詰まってないじゃないか」

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