11 冒険者組合2
受付嬢はクロエという名前だった。
人によって好みというものはある。
それでも、10人に聞けば9人以上はクロエを美人と判断するだろう。
後で聞いた話ではあるが、実際にクロエはオルゴンの冒険者組合で、一番の美人と評判だった。
受付が複数ある中、クロエを引き当てた俺は幸運なのかもしれない。
『バアル、鼻の下伸びてない?』
……いかんいかん、俺にはルミスがいるんだ。
だけど、今のルミスは首だけだから、どうしてもクロエの胸元に目が……ご、ごめんルミス! う、嘘! 冗談だってば!
「──次にランクの説明をさせていただきます当組合では冒険者の皆様にランクを定めて受けることが可能な依頼に制限をつけさせて頂いておりますバルタザール様は冒険者になったばかりのFランクですので──」
淡々とクロエが説明してくれている。
冒険者になった人に最初に伝えるべき内容なんだろうが、クロエが異常に早口なのと、少し開いた胸元に意識を持っていかれて、中身はあまり頭に入ってこなかった。
胸元もだが、それよりも気になることがある。
クロエの表情だ。
説明の間も、クロエの顔はずっと青ざめており、表情も歪んでいる。
なんでだろう……これはもしかして、ルミスから聞いたことのある、あれだろうか。
心配したのが半分。美人からの好感度を上げたいのが半分。
思わず、俺はクロエの体調を気遣い声をかけていた。
「あの……生理、ですか?」
「──以上で! 説明は終わります! あちらに依頼票が貼り出してありますのでご覧下さい。次のかた、どうぞ!」
忙しいのか、半ば追い出されるように言われてしまった。
後ろをチラリと見ても、誰も並んでいる人はいないが……まぁ疲れてるんだろうな。気にしないでおこう。
さて、早速依頼を受けようと思ったけど困った。
「…………なんて書いてるんだ?」
俺は文字が読めない。
ならばと周りを見回すが、なぜか他の冒険者には距離をとられていて、内容を聞くことができない。
『バアル、どの依頼にするの? 冒険者になった人は、最初は草を引きちぎるものだと、相場が決まっているらしいけど』
あ、そうか。
俺にはルミスがいるんだった。
『え? え? バアル? ちょっと、恥ずかしいよ?』
俺はルミスを両手に持ち替え、頭上にかざした。
周りからヒソヒソと声が聞こえてくるが、それらを無視してルミスにお願いする。
「ルミスは文字が読めるだろ? 俺の変わりに、依頼を選んでくれよ」
『えぇ? わ、私が!?』
恥ずかしがっているルミスには悪いが、俺はルミスが依頼票をよく見えるよう、ルミスを掲げながらゆっくりと移動する。
『こ、これ! これにしよう! だからもう下ろしてよぉ!』
ルミスが選んでくれた依頼票を引きちぎり、俺は受付に進む。
空いていたのは、先程やりとりをしたクロエとは別の受付だった。
依頼票を提出しようとすると、それなりに美人な受付嬢から待ったがかかる。
「ひっ!? え、えぇと……あ、あの……あなたは先程冒険者登録をされたばかりですよね? 先程説明をされたクロエさんのところに提出したほうが、色々と良いような気がします……も、勿論そういった決まりがあるわけではないので、私が勝手に思っただけなのですが……その方がいいです、絶対にいいと思います」
成る程。具体的に何がいいのかは分からないけど、絶対にそっちのほうがいいのなら、従ったほうが良さそうだ。
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
俺はお礼を言ってから、クロエの窓口に並ぶことにした。
しかし、今の受付嬢も顔色が悪かったな……あの子も生理か?
そんなことを考えていると、直ぐに俺の順番がきたようだ。
見れば、つい先程までは長く並んでいた行列が解散していた。
……なんでだろう。
『良かったねバアル。早く依頼を受けにいこう』
レディーファーストというやつだろうか。
オルゴンの町は、コリン村と比べると随分と紳士が多いようだ。
「すみません、この依頼を受けたいんですけど」
「……え?」
クロエは依頼票を見ると、困ったように──元から困ったような顔ではあったが──歯切れ悪く答えた。
「あの……この依頼はBランクが推奨されていまして……最低でもCランクじゃないと……その……バルタザール様は今Fランクなので……つまりですね……」
この依頼は俺では駄目だということだった。
……あれ? ルミスは文字が読めるんじゃなかったっけ?
ルミスに視線を向ければ、動いていないのに凄く慌てているのが分かった。
『ご、ごめん! バアルと読んでた本は、お爺ちゃんと凄く練習したやつだから……』
あぁ、成る程。
ぶっちゃけ、ルミスは文字を完璧に読めるわけじゃなかったってことか。
「ふふ、気にしないでいいよ、ルミス」
正直、嬉しかったんだ。
俺のために、ルミスが一生懸命になってくれてたことが、本当に嬉しかったんだ。
『ご、こめんねバアル。恥かかせちゃったね?』
「ありがとうルミス。ルミスの愛をまた一つ知れたから、そんなことどうでもいいよ」
俺がまた幸せを感じていると、正面から視線を感じた。
あ……忘れてた。今はクロエと話してたんだ。
クロエは、まるでお化けでも見るような目で俺達を見ていた。
俺は咳払いをして、クロエに提案する。
「あ、あの、危険なのは承知の上で、この依頼を受けたいです。腕にはかなり自信があります。お願いします!」
内容が分からないとはいえ、折角ルミスが選んでくれた依頼だ。
俺は、運命とも言えるその依頼を受けたいんだ。
「し、しかし規則ですから……」
それでも断ろうとするクロエに、俺は近付き少し圧をかける。
「お願いします。もし達成できなかったら、俺の生首を差し上げますので……」
い、いや、これは違うか。
俺の生首を貰っても嬉しくないだろ……じゃ、じゃあ……
「クロエさんの生首を貰いましょうか……?」
これも違うか?
あぁ、クロエさんが引いてる……やっぱり違ったか?
完全に警戒しているクロエさんを見ると、少し切なくなってきた。
とりあえずクロエさんの首を貰ってから考えようと、手を伸ばすが──
「──待ちなよ──」
──えらくイケメンな男によって、遮られたのであった。
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