第二章 復活の神薬

10 冒険者組合1

『バアル凄いね、よく疲れないね』


 ルミスは心配、というより感嘆しているようだ。


『流石男の子だね、頑張れぇー! ファイトー!』


 俺は左手にルミスを抱えたまま、ひたすら歩き続けていた。

 太陽は浮き沈みを4回も繰り返しているが、俺は一度も休憩をとっていない。

 それでも俺が感じた疲労感は、多少と言っていい程度のものだった。


『ファイト、ファイト、バ・ア・ル!』


 俺が疲れ知らずとなっている理由の一つは、人間を止めたことだろう。

 だけど、一番はそれじゃない。


『頑張れ、頑張れ、バ・ア・ル!』


 一番はルミスの声援だ。

 ルミスが応援してくれるなら、俺は何年でも歩き続けることができそうだ。


 ずっと草木だけしか見えなかったが、ついに町を視界に捉えた。


「お? 到着だな。あれは多分、ルミスが昔話してくれた……なんだっけ?」


『うふふ、オルゴンよ。私、オルゴンの町に行くのは初めてなの、嬉しいわ。でも、やっぱり遠いのね。休みなしで歩いても、コリン村から4日もかかるなんて』


 俺は苦笑いする。

 正直、今の俺がもっと力を出せば、半日もかからない距離だろう。

 だけど、俺は敢えてゆっくりと歩いたんだ。

 道端に咲く花にいちいち感動し、可能な限り寄り道をしたんだ。


 それもこれも──


『──ありがとうバアル。私、とっても楽しいわ。折角のバアルとのデートだもの。もっと時間がかかっても良かったぐらい』


 ……ばれているようだ。


 俺は顔を背けるが、左手に収まっているルミスには、赤くなった頬を隠すことはできないだろう。

 せめて、ルミスの顔も同じように赤くしてやろうと言葉をかける。


「ルミスのためなら何でもできるよ。ルミス、愛してる」


『……え、えへへ、ありがとうバアル』


 ルミスが喜んでる。嬉しい。

 流石に死んでるから、ルミスの顔を赤くすることはできなかった。

 だけど、ルミスの首には変化が生じていた。

 コリン村を出た時は、ルミスの顔は悲痛に歪んでいたが、それは徐々に変わってきており、今では微笑んでいるようにさえ見える。


『えへへ、私、幸せだよう。もう死んでもいいや』


「何馬鹿なこと言ってんだよ、死んでんじゃないか。それに、もっと幸せになっていいんだよ。生き返って幸せになろうよ」


 俺は今の幸せを噛み締めながら歩いていく。

 俺達の姿を見た町人は、皆慌てて逃げていくが、幸福に包まれた今の俺には些細なことだった。


『オルゴンに到着! ……それで、どうするのバアル。そろそろ寝る? 宿屋さん探す?』


「確かに寝たいけど、お金持ってないんだよ。先に冒険者登録をして、依頼をうけないとだな」


 俺はまだまだ寝なくても平気そうだ。

 とりあえずお金を稼ごうと、俺は冒険者組合に行くことにした。

 俺だけなら野宿でも平気だけど、流石にルミスはいいベッドで寝させてあげたいもんな。


『ありがとう、バアル。嬉しいけど、私のためにあまり無理しないでね?』


 ……これもばれているようだった。




 冒険者組合につけば、俺達はなぜか視線を集めていた。

 それまでは騒がしかった室内だが、全員が会話を止めて俺を見ている。

 いや、俺というよりは──


『え? 何? 私?』


 ──ルミスに注目しているようだ。

 それも当然といえば当然か。


「ふふ、ふふふふ、ルミスは可愛いからな。仕方ないさ。美人税だと思って割りきろう」


 俺はお姫様をエスコートする騎士のように、努めて優雅に歩く。

 なぜか人垣が割れ、自ずと出来たヴァージンロードを進んでいく。

 かなり混んでいたはずだが、一切の待ち時間無く受付まで来ることができた。

 そして、俺は宣言する。


「幸せにすることを、誓います」


「…………は、はい?」


 ……間違えた。俺は冒険者登録をしにきたんだ。

 見れば、受付嬢は困惑しているようだ。

 ルミス程ではないにしても、中々の美人を困らせてしまったことに、俺は少し慌てる。


「あ、違う、違うんです! 今のはつい、結婚式と思っちゃって……わ、忘れてください!」


『バアル、誓ってくれないの?』


「誓うさ! いや、そうじゃなくて! こんなとこで誓うのも違うだろ!?」


 いや、待て待て。

 ルミスの声はみんなには聞こえてないはずだ。

 だったら今の俺は、大分危ないやつに見えてしまっていたりするんじゃないのか?


 恐る恐る前をみれば、受付嬢の顔は大きく歪み、折角の美人が台無しになっていた。

 そして、ルミスを指差し質問してくる。


「あ、あの……その生首は……?」


 俺は幸せを噛み締めながら答える。

 受付嬢には、俺はさぞかし新郎のように見えただろう。


「生首? いいえ、婚約者フィアンセです」


 どういうわけか、受付嬢の顔は更に歪んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る