08 ウィリアム爺
「あぁ……つまんねぇ」
俺は地下室で楽しんでいたが、どうにも力を入れ過ぎたのか、結局全員死んでしまった。
村長だけはもっと長く楽しみたかったが、尻に入れた棒が勢い余って口から出てきていたので、流石に助からないだろう。
『バアル、復讐は終わったけど、これからどうするの?』
ふと、ルミスが声をかけてくる。
やっぱりルミスの声は綺麗だ。
人間の尻に棒を突っ込むよりも、俺はルミスの声を聞いてるほうが全然楽しいや。
「復讐はまだ終わってないよルミス」
『終わっていないの?』
「あぁ、俺をひどい目に合わせたのは、こいつらだけじゃないだろ?」
それで通じたのか、ルミスは納得したようだ。
『うふふ、バアルが外に出るのは本当に久しぶりね。あの……バアル、その……私も……』
「あぁ、勿論だよルミス」
置いて行かれると思ったのだろうか。
ルミスの声色は少し寂しそうだった。
辺りを見回すと、何か文字のようなものが大量に書かれた不気味な鞘を見つけた。
俺は
『そう、そうよね! 私たちは一緒よね!? 嬉しいわバアル!』
ルミスが嬉しいと俺も嬉しい。
俺たちは地上へ上がっていく。
この村の皆に、復讐するために。
◇
「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」
また一人、悲鳴を上げながら死んでいく。
『いい調子ねバアル。もっと殺して。もっと、もっと』
ルミスが喜んでいるのが嬉しくて、俺は次の獲物を探す。
俺がしているのは、村人の皆殺しだ。
今の俺にとって、それは凄く、凄く簡単なことだった。
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
村人を殺しながら、俺は剣の性能を確かめる。
俺はてっきり、剣が紫電を帯びているから、斬った時に雷みたいにビリビリといくものだと思っていた。
だけど本気で出力を上げれば、斬ることはできない。
斬る前に相手が溶けていくのだ。
学の無い俺には全く理解できないが、とにかく凄いエネルギーを持っているんだろう。
ただ、出力はある程度自由に操作できるから、普通の剣としても使えそうだ。
そして
「うわぁぁぁ!! 助け──」
多分これで斬れない物はないんだろうな。
本当になんでも斬れるって確信がある。
だけど、これを使うととても左腕が痛い。
だから、あんまり使わないようにしよう。
地下室ではあれだけ喋っていた
人間に対しての強い恨みを感じはするが、最後に聞いた言葉通り、本当に寝ているんだろう。
まぁ、こいつとは一生会話をするつもりはないが。
殺して、殺して、殺して。
村人を殺しつくした俺は、元々住んでいた家でくつろぐことにした。
『えへへ、バアル、楽しいね♪ ほら、見てみて』
ルミスに急かされて、俺は家の柱を見る。
『これが昔のバアル。今は……すっごく大きくなったね』
その柱には、俺の身長を図ったであろう目印が彫ってあった。
何年も前だということに加え、悪神の影響を受けたためか、俺は元々あった目印の倍を超える身長になっていた。
「ルミスも……大きくなったよ」
『ええ、勿論。成長期だからね』
「それに、可愛くなったよ」
『えへへ……バアルも、格好良くなったよ?』
嬉しい。可愛い。幸せ。
だけどルミスに直接そんなことを言われると、どうしても照れてしまう。
「こ、この家も随分と狭くなったな」
『うふふ、バアルが大きくなったんだよ。この家の大きさは変わってないよ?』
なんでもない掛け合い。
だけどこれ以上ない幸せ。
これ以上ない幸せ。
俺とルミスだけの幸せな時間。
「バアル……なのか?」
いや、この家にはもう一人住んでいた。
「爺ちゃん……」
俺とルミスの育ての親にあたる、ウィリアム爺ちゃんだ。
爺ちゃんは俺の顔を見ると、泣きながら近寄ってくる。
「バアル……すまん、すまんかったな。わしはお前に何もしてやれんかった」
「いいよ爺ちゃん。俺を育ててくれた。それだけで、本当にありがたいし……何より、爺ちゃんは俺の家族だし」
俺も爺ちゃんも涙を流している。
何年ぶりかの再会だ。
だけど、爺ちゃんはピタッと動きを止めた。
その視線にあるのは──
『えへへ、私たち三人、また集まれたね』
──
「ルミス……ルミス……そうか、やつらはルミスを……くそ、くそくそくそ、くそぉぉぉ……」
爺ちゃんは膝をつき、拳を床に打ち付けていた。
「じ、爺ちゃん……だ、大丈夫だよ! ルミスの魂はまだ無事なんだ! 俺は、俺はルミスを生き返らせるんだ!」
『そうよ、私は生き返るの。バアルと、ずっと一緒なんだから』
だけど俺たちの望みは、爺ちゃんには理解されないようだった。
「生き返らせる……? な、なにを言っている……そんなこと、許されることではない……」
『え……? お、お爺ちゃん……なんで……?』
「な、なんでだよ爺ちゃん! 誰に許されないんだよ!」
爺ちゃんが俺たちを否定してくるのは、本当に予想外だった。
ルミスの悲痛が伝わってきて、俺は焦って大声を出す。
「神様にだ。バアル、人は人の命を奪うことは許されない。そしてその逆もだ。人は失った命を戻すことも許されない。つまり、人は人の命に触れることは許されないんだ……これは……神様の教えだ」
『い……いや、私は生き返りたい……バアルと一緒にいたい!』
「爺ちゃん、ルミスの魂の声を聞いても、そんなこと言えんのかよ! 神様とルミスと、どっちが大切なんだよ!」
俺は爺ちゃんに詰め寄り、胸倉を掴む。
少し力を入れ過ぎたのだろう。それだけで爺ちゃんは苦しそうに顔を歪めた。
「魂……の……声……? ばあ……る……お前は何を……」
あぁ、そうか。
どうやらルミスの声は、俺にしか聞こえていなかったようだ。
「ばあ……る……ルミスをそっとしておいてやれ……もう……楽に……」
爺ちゃんは、俺の左手で抱えている
「ルミスは……そんなこと……のぞんじゃ……いない……」
嘘だ。
ルミスは俺と一緒にいたいと言っている。
爺ちゃんは、嘘つきだ。
「バアル……正気に……もど──」
──ドスッ
あぁ、やっちまった……
つい頭に血が上って、爺ちゃんの腹を殴っちまった。
今の俺の力は強くなりすぎてる。
あぁ、やっぱり……
目線を下にずらせば、俺の腕が爺ちゃんの腹を貫いているのが見えた。
俺が力を抜くと、ドサッ、と音を出して爺ちゃんは倒れる。
「ぁ……じ、爺ちゃん……ごめん……」
爺ちゃんの腹からは勿論、口からも多くの血が出ている。
死ぬのは時間の問題だろう。
俺がやったんだ。
「バアル……死者は蘇らない。それは、この世界の不変のルールだ」
もうすぐ死ぬというのに、爺ちゃんはしっかりした口調で俺を見据えている。
「バアル、よく聞け。ルミスを生き返らせるなんてことは、人間がしていいことじゃないんだ。頼むバアル……過去に囚われるな、強く生きてくれ」
駄目だよ爺ちゃん。
ルミスがいないと、俺には生きている意味なんてないんだ。
それに──
「大丈夫だよ爺ちゃん、俺は人間を辞めたんだ。俺がルミスを生き返らせたっていいじゃないか」
前向きな言葉だったはずなのに、爺ちゃんの目は、ひどく悲しそうだった。
「死者は蘇らないのが世界のルールって? そんなルールがルミスを戻してくれないのなら……俺は……こんな世界に、こんな世界を作った神様に、俺は復讐してやる!」
爺ちゃんはまだ何かを言いたそうだったが、もう喋ることは無い。
その目からは、既に光は失われていた。
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