08 ウィリアム爺

「あぁ……つまんねぇ」


 俺は地下室で楽しんでいたが、どうにも力を入れ過ぎたのか、結局全員死んでしまった。

 村長だけはもっと長く楽しみたかったが、尻に入れた棒が勢い余って口から出てきていたので、流石に助からないだろう。


『バアル、復讐は終わったけど、これからどうするの?』


 ふと、ルミスが声をかけてくる。

 やっぱりルミスの声は綺麗だ。

 人間の尻に棒を突っ込むよりも、俺はルミスの声を聞いてるほうが全然楽しいや。


「復讐はまだ終わってないよルミス」


『終わっていないの?』


「あぁ、俺をひどい目に合わせたのは、こいつらだけじゃないだろ?」


 それで通じたのか、ルミスは納得したようだ。


『うふふ、バアルが外に出るのは本当に久しぶりね。あの……バアル、その……私も……』


「あぁ、勿論だよルミス」


 置いて行かれると思ったのだろうか。

 ルミスの声色は少し寂しそうだった。


 辺りを見回すと、何か文字のようなものが大量に書かれた不気味な鞘を見つけた。

 俺は光鉄剣イザナミ雷鉄剣スサノオを鞘に納め、ルミスの首を左手で抱える。


『そう、そうよね! 私たちは一緒よね!? 嬉しいわバアル!』


 ルミスが嬉しいと俺も嬉しい。

 俺たちは地上へ上がっていく。

 この村の皆に、復讐するために。





「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」


 また一人、悲鳴を上げながら死んでいく。


『いい調子ねバアル。もっと殺して。もっと、もっと』


 ルミスが喜んでいるのが嬉しくて、俺は次の獲物を探す。

 俺がしているのは、村人の皆殺しだ。

 今の俺にとって、それは凄く、凄く簡単なことだった。


「きゃあああぁぁぁぁ!!」


 村人を殺しながら、俺は剣の性能を確かめる。


 雷鉄剣スサノオは、まさに暴力を形にしたような剣だった。

 俺はてっきり、剣が紫電を帯びているから、斬った時に雷みたいにビリビリといくものだと思っていた。

 だけど本気で出力を上げれば、斬ることはできない。


 斬る前に相手が溶けていくのだ。


 学の無い俺には全く理解できないが、とにかく凄いエネルギーを持っているんだろう。

 ただ、出力はある程度自由に操作できるから、普通の剣としても使えそうだ。


 そして雷鉄剣スサノオもまた、意思を持っているように感じた。

 光鉄剣イザナミのように喋ることはできないが、彼の怒りの感情は、ずっと俺に伝わってきていた。



「うわぁぁぁ!! 助け──」


 光鉄剣イザナミは、とにかくよく斬れる剣だ。

 多分これで斬れない物はないんだろうな。

 本当になんでも斬れるって確信がある。

 だけど、これを使うととても左腕が痛い。

 だから、あんまり使わないようにしよう。


 地下室ではあれだけ喋っていた光鉄剣イザナミだが、あれからは一言も話さない。

 人間に対しての強い恨みを感じはするが、最後に聞いた言葉通り、本当に寝ているんだろう。

 まぁ、こいつとは一生会話をするつもりはないが。



 殺して、殺して、殺して。

 村人を殺しつくした俺は、元々住んでいた家でくつろぐことにした。


『えへへ、バアル、楽しいね♪ ほら、見てみて』


 ルミスに急かされて、俺は家の柱を見る。


『これが昔のバアル。今は……すっごく大きくなったね』


 その柱には、俺の身長を図ったであろう目印が彫ってあった。

 何年も前だということに加え、悪神の影響を受けたためか、俺は元々あった目印の倍を超える身長になっていた。


「ルミスも……大きくなったよ」


『ええ、勿論。成長期だからね』


「それに、可愛くなったよ」


『えへへ……バアルも、格好良くなったよ?』


 嬉しい。可愛い。幸せ。

 だけどルミスに直接そんなことを言われると、どうしても照れてしまう。


「こ、この家も随分と狭くなったな」


『うふふ、バアルが大きくなったんだよ。この家の大きさは変わってないよ?』


 なんでもない掛け合い。

 だけどこれ以上ない幸せ。

 雷鉄剣スサノオのせいで村が燃えているというのに、この空間だけはゆったりと時が過ぎていく。


 これ以上ない幸せ。

 俺とルミスだけの幸せな時間。


「バアル……なのか?」


 いや、この家にはもう一人住んでいた。


「爺ちゃん……」


 俺とルミスの育ての親にあたる、ウィリアム爺ちゃんだ。

 爺ちゃんは俺の顔を見ると、泣きながら近寄ってくる。


「バアル……すまん、すまんかったな。わしはお前に何もしてやれんかった」


「いいよ爺ちゃん。俺を育ててくれた。それだけで、本当にありがたいし……何より、爺ちゃんは俺の家族だし」


 俺も爺ちゃんも涙を流している。

 何年ぶりかの再会だ。


 だけど、爺ちゃんはピタッと動きを止めた。

 その視線にあるのは──


『えへへ、私たち三人、また集まれたね』


 ──生首ルミスだった。


「ルミス……ルミス……そうか、やつらはルミスを……くそ、くそくそくそ、くそぉぉぉ……」


 爺ちゃんは膝をつき、拳を床に打ち付けていた。


「じ、爺ちゃん……だ、大丈夫だよ! ルミスの魂はまだ無事なんだ! 俺は、俺はルミスを生き返らせるんだ!」


『そうよ、私は生き返るの。バアルと、ずっと一緒なんだから』


 だけど俺たちの望みは、爺ちゃんには理解されないようだった。


「生き返らせる……? な、なにを言っている……そんなこと、許されることではない……」


『え……? お、お爺ちゃん……なんで……?』


「な、なんでだよ爺ちゃん! 誰に許されないんだよ!」


 爺ちゃんが俺たちを否定してくるのは、本当に予想外だった。

 ルミスの悲痛が伝わってきて、俺は焦って大声を出す。


「神様にだ。バアル、人は人の命を奪うことは許されない。そしてその逆もだ。人は失った命を戻すことも許されない。つまり、人は人の命に触れることは許されないんだ……これは……神様の教えだ」


『い……いや、私は生き返りたい……バアルと一緒にいたい!』


「爺ちゃん、ルミスの魂の声を聞いても、そんなこと言えんのかよ! 神様とルミスと、どっちが大切なんだよ!」


 俺は爺ちゃんに詰め寄り、胸倉を掴む。

 少し力を入れ過ぎたのだろう。それだけで爺ちゃんは苦しそうに顔を歪めた。


「魂……の……声……? ばあ……る……お前は何を……」


 あぁ、そうか。

 どうやらルミスの声は、俺にしか聞こえていなかったようだ。


「ばあ……る……ルミスをそっとしておいてやれ……もう……楽に……」


 爺ちゃんは、俺の左手で抱えている生首ルミスを見ながら言葉を紡ぐ。


「ルミスは……そんなこと……のぞんじゃ……いない……」


 嘘だ。

 ルミスは俺と一緒にいたいと言っている。

 爺ちゃんは、嘘つきだ。


「バアル……正気に……もど──」


 ──ドスッ


 あぁ、やっちまった……


 つい頭に血が上って、爺ちゃんの腹を殴っちまった。

 今の俺の力は強くなりすぎてる。


 あぁ、やっぱり……


 目線を下にずらせば、俺の腕が爺ちゃんの腹を貫いているのが見えた。

 俺が力を抜くと、ドサッ、と音を出して爺ちゃんは倒れる。


「ぁ……じ、爺ちゃん……ごめん……」


 爺ちゃんの腹からは勿論、口からも多くの血が出ている。

 死ぬのは時間の問題だろう。

 俺がやったんだ。


「バアル……死者は蘇らない。それは、この世界の不変のルールだ」


 もうすぐ死ぬというのに、爺ちゃんはしっかりした口調で俺を見据えている。


「バアル、よく聞け。ルミスを生き返らせるなんてことは、人間がしていいことじゃないんだ。頼むバアル……過去に囚われるな、強く生きてくれ」


 駄目だよ爺ちゃん。

 ルミスがいないと、俺には生きている意味なんてないんだ。

 それに──


「大丈夫だよ爺ちゃん、俺は人間を辞めたんだ。俺がルミスを生き返らせたっていいじゃないか」


 前向きな言葉だったはずなのに、爺ちゃんの目は、ひどく悲しそうだった。


「死者は蘇らないのが世界のルールって? そんなルールがルミスを戻してくれないのなら……俺は……こんな世界に、こんな世界を作った神様に、俺は復讐してやる!」


 爺ちゃんはまだ何かを言いたそうだったが、もう喋ることは無い。

 その目からは、既に光は失われていた。

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