05 結婚式

「おらぁ! 悪魔がぁ!」


 相も変わらず、俺は村人からリンチを受けていた。


「死ねぇ! 死ね死ね死ねぇ!!」


 もう慣れたもので、痛みは全く感じない。

 いつもなら、少し鬱陶しいと思うぐらいだろうか。

 だけど、今日は違う。


「なんだこいつ……にやにやしやがって……」


 今日は結婚式なのだ。

 ルミスと結婚できるのだ。

 今から幸せを感じてしまうのも、仕方がないだろう。


「この……気持ち悪いんだよ!! くそがぁ!!」


 俺の悲鳴を聞くことに快感を見出していた男たちは、悲鳴を上げなくなった俺に興味を失ったのか、いつもより短い時間で地下室から出ていった。


 よし、よし、よし!

 さぁ、早く来てくれルミス!

 好きだ! 好きだ! 結婚しよう!


 俺の頭の中では、もうファンファーレが鳴り響いている。

 階段への血に濡れた道のりも、今はレッドカーペットのように見えた。


 ──コツコツ──


 足音が聞こえてきた。

 俺の思いが通じたのか、いつもより大分早い時間にルミスが下りてくる。


「待ってたぜ! ルミ……ス……?」


 それは初めてのことだった。

 やってきたのはルミスだけではない。

 複数の男達とやってきたのだ。

 その中には村長もいれば、昼間に見た顔もあった。


 両腕を後ろに縛られ、涙を流しているルミスを見れば、何か良くないことが起こるのだろうかと想像してしまう。


「よぉ悪魔。お前、ルミスと仲がいいんだってな?」


 ニヤニヤと笑いながら、男が話しかけてくる。


「…………ルミスを放せ」


 俺の言葉は、男達に全く聞き入れられない。

 逆に、俺の顔を見た男達は、満足しているかのようにも思えた。


「くっくっく、お前が命令できる立場と思っているのか? 孤児で悪魔のお前が、俺たち人間様に?」


 男は笑いながら、ルミスの服を強引に剥ぐ。


「きゃあぁぁぁぁ!?」


 ルミスの悲鳴もまた、男たちを満足させていた。


 なんだ?

 なにが起こっている?

 今日は結婚式なのに。

 俺とルミスの結婚式なのに。

 なんだなんだなんだ?


 混乱している俺に、村長が口を開く。


「教えてやろうバルタザール。ルミスの、いや、孤児の仕事を。ルミスは今日で成人になったからな」


 一切の躊躇なく。

 覚悟をする時間も、許しを請う時間もなく──


「きゃあぁあああぁぁぁああぁ!??」


 ──男は自身の肉棒を、ルミスの中に突っ込んだ。



 え?

 ルミス……?

 俺の……奥さんになるルミスが……なんで?


「きゃぁぁああああ!!? 痛いぃぃぃ!! 止めてぇぇぇぇ!! バアルゥ! 見ないでぇぇぇぇ!!」


 ルミスが泣きながら悲鳴を上げる。


 なんだ?

 何が起こっている?

 分からない。理解できない。



 俺が呆然としているうちに、男はルミスの中で果てたようだ。

 入れ違いに、別の男がルミスの中に入っていく。

 そして、必死に腰を振る。

 腰を振るたびに、ルミスから声がこぼれる。


「はうぅっ!? 止めて!! 痛っ! 痛い! あぁ!?」


 分からない。

 分からない分からない分からない。


「んぎっっ……んぅっっ!! ふぅぅっ……ううっ!!」


 目を見開いている俺に、村長が話しかけてくる。


「くっくっく、これが孤児の仕事だ。成人になるとこうやってな、次の生贄を生んでもらうんだ。お前の母も、お前も、こうやって生まれた。なぁに、親が死んじまったルミスをここまで育ててやったんだ。そう悪くはない話だろ?」


 悪くない話?

 これが?

 泣いている。ルミスが泣いているのに?

 ルミスが、あんなに、あれで、悪くない?


「おっぐぅぅぅ!? んぁっ、んぐぅぅぅ、あひぃぃぃっっ!」


 二人目の男が果てた時、俺の理解はやっと追いついてきた。

 そして、絶叫する。


「止めろぉぉぉぉぉおおおおお!!! 止めてくれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 叫ぶ。

 生まれてから一番の大声で叫ぶ。

 生まれてから一番の願いを込めて叫ぶ。


 だがその願いは果たされない。

 逆に、男たちは俺を見て喜んでいた。


「ぎゃはははは!! 久々にお前の悲鳴を聞いたぜ!! 飯を奢るハメになっちまったが、悪くねぇな! ぎゃはははは!!」



 嘘だ。夢だ。幻だ。

 こんなのおかしい。ひどい。ひどすぎる。


「くひぃぃ! いあぁぁぁっ! やめっ、てっっ……んああぁぁぁあ!!」


 止めろ、止めろ止めろ止めろ。

 止めて止めてお願いします。どうかお願いします。

 ルミスが。俺のルミスが。俺だけのルミスが。

 誰か助けて。ルミスを助けて。駄目だ駄目だ駄目だ。

 こんなのはあんまりだ。


「あっおぉぉっっ! んぁあっ、ふぐっっ、ひぁぁああ!!」


 神様ひどいよ。俺が生贄になったじゃないか。

 ルミスを守るために生贄になったじゃないか。

 俺はルミスを守りたいんだ。守りたかったんだ。誰かお願い。助けて。誰か、誰か誰か誰か。

 あいつらを、あいつらを殺してくれぇぇぇぇぇええええ!!




 ──くすくす──




 何年ぶりになるだろう。

 久々だ。この女の笑い声を聞くのは。


 ──くすくす、可哀そうな坊や。やっと人間が嫌いになったかしら──


 嫌いだ。大嫌いだ。

 人間なんて大嫌いだ。

 俺のルミスを泣かせる人間なんて、大っ嫌いだ。


 ──くすくす、じゃぁ、やっと取引してくれるかしら──


 する。なんでもする。

 あの男達を殺せるのなら、なんだってする。


 ──くすくす、人間を辞めてもらうことになるけれど──


 いい。そんなのどうだっていい。

 いや、むしろ俺は人間を辞めたい。

 あいつらと同種というだけで吐き気がする。


 ──くすくす、わらわの願いを叶えてくれるのかしら──


 叶える。なんだって叶えてやる。

 お前の願いを早く言え。


 ──わらわの願いは、人間の首を切り落とすこと。一度だけでいいの、首を刎ねさせて。一度だけでいいの、坊やの体を貸して──


 いいだろう。

 自由に俺の体を使って構わない。


 ──くすくす、坊やの願いは?──


 俺はあいつらを殺したい。

 俺を解放してくれ。


 ──くすくす、じゃあ、契約を交わすわね? 本当にいいのね?──


 くどい。

 早くしろ。

 早くあいつらを殺させろ。

 お前の望みを叶えてやるから、早く、早く早く早く!


 ──契約成立ね。わらわと彼の力を貸してあげる。わらわ達の名前は──






 くく、くくくくく。

 殺してやる、殺してやる、殺してやる。

 ルミスを泣かせる奴は全員、殺してやる!!


「んぎぃぃ!! あひっ、あはぁっ、やめっ、んっはぁぁああ!!」


 ルミスの悲鳴が響き渡る地下室で、俺は叫ぶ。


光鉄剣イザナミ雷鉄剣スサノオ、俺に力を貸せぇぇぇええ!!」


 こうして、俺は人間を辞めた。

 悪神バルタザールになったんだ。

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