03 悪意

「…………は? い、生きてる……まだ生きてるぞこいつぅぅ!?」


 その声に、俺は目を覚ます。

 顔を上げれば、村長と取り巻きの男達が地下室に来ていた。

 言葉を喋る気力は無く、俺はただ目線を送る。


 それだけで、男達の動揺が伝わってきた。


「あ、悪魔だ……悪魔めぇぇぇぇぇ!!」


 ごすっ、といきなり男が俺に殴りかかる。


 痛……くはない。痛みには大分慣れてきたから。

 今更軽く小突かれたぐらいでは、何も感じない。感じられない。


「悪魔め!! 死ね! 死ね!」


 何度も何度も殴られる。


 でも死なない。

 そんなんじゃ死ねない。


「死ねえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 ──グシャ


 右目を潰される。


 あぁ、それは止めてほしいな。

 が痛むから。


「な、なんだこいつは!? なんなんだ!?」


 俺の右目がすぐ完治したのを見て、男達は更に狼狽する。

 沸き上がる恐怖を塗りつぶすかのように、男達は俺を殴り続けた。

 だけど、結局俺を殺すことは諦めて帰っていった。


「悪魔……まさしく悪魔よ。安心しろバルタザール。私たちが、お前の息の根を止めてやる」


 帰り際にこぼした村長の言葉は、村の総意になったようだ。

 その日から、村のみんなが俺を殺しにやってきた。


「悪魔め! この村になんの恨みがある!」


 ──グシャ、グシャ──


「お願いだから死んでくれ!」


 ──ドシュ、ドシュ──


 痛い、痛い、痛い。

 あれ? なんで?

 俺は村のために犠牲になったのに。

 なんで俺が村のみんなに殺されてるの?


 ──グシャ、グシャ──


 分からない。

 分からないけど、毎日、毎日、村のみんなは俺を殺しにやってくる。

 だけど、俺は結局死ねなかった。

 そして死ねない分だけ、左腕がとても痛かった。




 月日が流れるにつれ、俺の在り方は変わっていった。


「へへ、次は俺の番だぜ」


 ごん、と音がする。

 自分の視界が勝手に変わったことにより、自分が殴られたのだと、やっと理解した。


「おら! おら! おら! おら!」


 視界が変わる、変わる、変わる。

 だけど、何も感じない。

 このまま眠ってしまいそうにもなる。


「ははっ、駄目じゃねぇか! じゃぁ次はおいらの番だな! よぉし、見てろよお前ら」


 次の男は、鍋を持ってきていた。

 髪を掴まれた俺の視界は、頭上を映す。


「ほらよ、よぉく熱した油だ。しっかり味わえよ!」


 ──ジュウゥゥゥゥゥ


「あぁぁぁぁあぁああぁ!?」


 熱い液体が目にも、鼻にも、口にも入ってくる。

 それが痛くて、熱くて、俺は思わず大きな悲鳴を上げる。

 すると、鍋を持った男はガッツポーズをとる。


「よっしゃぁぁ!! 今日の晩飯は奢ってもらうぜ!」

「ちっ、仕方ねぇな……まったく、この悪魔め、あんなんで悲鳴をあげんじゃねえよ!」


 最初に俺を殴っていた男は、また俺を殴りだす。

 気が済んだのか、男達は地下室から出ていった。



 昔は、みんなは俺を殺すことに必死になっていた。

 良くも悪くも、その目的は俺の死だった。


 だけど、最近は違う。

 愉しみだしたのだ。


 なんで? なんで? なんで?


 ──くすくす、くすくす──


 あぁ、まただ。

 また聞こえてくる。


 ──よく頑張ってるわね坊や──


 俺しかいない部屋に響く女の声。

 これは幻聴だ。寂しい俺が生み出した妄想だ。

 俺は昔から、夜寝る前の妄想が好きだった。

 妄想癖とまでは言わないが、いつもルミスと幸せを築くことを夢見ていた。

 だからこれも、俺の妄想が生み出した幻だ。


 ──くすくす、そろそろ人間が嫌いになってきたかしら──


 人間が……嫌い?

 俺が人間を……嫌い?


 ──くすくす、だって、人間は坊やにとても酷いことをしているもの──


 そうだ……こんなことをしている奴は、嫌いになって当然だ。

 でも……でも……


 ──くすくす、何か嫌いになれない理由があるのかしら──


 だって……だって、俺だって人間だ。

 俺が俺自身を嫌いになるなんて……


 ──くすくす、坊やが、人間?──


 え?


 ──くすくす、坊やはもう、人間とは言い難いかもね──


 食事を必要としない体。

 どんなに傷つけられても治る体。

 滅多に痛みを感じない体。


 あぁ、なるほど。

 確かに俺は人間とは言えないかもな。


 ──くすくす、じゃぁ坊や、取引よ──


 取引……?


 ──坊やを解放してあげる。完全に人間を辞めてもらうことになるけど──


 人間を辞める?

 何をいまさら。

 お前が言った通り、俺はすでに人間とは言い難い。

 そんな条件、ないようなもんだ。


 ──くすくす、じゃぁ、わらわの願いを聞いてくれるかしら──


 いいだろう、願いを言え。

 ここから解放してくれるのなら、人間を辞めることぐらい……


 その時、地下室に降りてくる足音が聞こえてきた。

 その音は、いつも聞こえてくるものと違い、どこか自信なさげに感じる。

 その人物の姿を見て、俺は息をのむ。


「バア……ル……?」


 その青い髪の少女は、俺の頭の中にいつもいた人物だ。


「ルミス……?」


 久しぶりにルミスを見た。

 胸に暖かいものを感じる。

 さっきまでの笑い声は、全く聞こえなくなっていた。

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