02 封神の儀

「あががががが!? ぎゃあああぁぁっああぁぉ!!」


 痛い、痛い痛い痛い。


 右腕が紫電を纏った剣に刺され、激痛が俺を襲う。

 脳みそに直接刺されたのかと思うぐらい、痛みが俺を支配する。


「ああぁぁぁ!? ああああぁぁぁぁあ!!」


 怖い、怖い怖い怖い。


 漆黒の剣を刺された左腕からは、痛みはなかった。

 逆に、痛み以外の全ての感覚が無くなった。

 左半身が自分の物では無くなった感覚。


 右半身と左半身で、感覚がまるで違う。


 痛い。

 怖い。

 助けて。


 それは俺の心を、これ以上ないくらい不安定にさせた。

 体も心も悲鳴をあげる。


 痛い!

 怖い!

 痛い!

 怖い!


 痛くて泣いているのか分からない。

 怖くて泣いているのか分からない。

 そもそも、俺が今泣いているのかも分からない。


 まだ!?

 まだ続く!?

 まだ痛い!?

 まだ死ねない!?


 いっそ舌を噛みきろうかと思った時、村人達が慌てていることに気付いた。


 どうした?

 まさか、儀式の失敗?

 こんなに痛いのに!?

 俺は無駄死に?


 じゃぁ……じゃぁ……

 次はルミスが……?


 それだけは駄目だ。

 俺にできることならなんでもする。

 俺の命なんかくれてやる。

 だから神様、ルミスだけは。

 ルミスだけは殺さないでくれよ!


「馬鹿な……」

「あり得ない……」

「なんだ……なんだこいつは……」


 心が壊れそうになっている中、それでもなんとか周囲に耳を傾ける。


「ありえん……雷鉄剣を刺されたのにまだ生きている……」

「なんてガキだ……即死しないやつは初めてだな」


 痛みに歯を食い縛りながら、悲鳴を我慢して聞き耳をたてる。


「いや、それよりも左手を見ろ。光鉄剣を刺されたのに、死ぬどころか左腕がまだあるぜ」

「なんでだ? このガキがおかしいのか? なんか不吉なことの前触れか?」


 どうやら、俺がまだ生きていることがおかしいらしい。

 大人たちがみんな慌てている中、村長が大声をあげる。


「静まれ! 封神の儀は成功だ!」


 その言葉に、俺を含めてこの場は静かになる。


「二柱とも、力が不安定になっていることはない。バルタザールが生きているのは不可解ではあるが、何も問題はない。安心せい」


 俺はホッとする。

 安心すると同時に、痛みが再度込み上げてきた。


「あがぁぁぁ!! いでぇぇぇぇ!!」


 俺の悲鳴には何も思うところはないのだろう。

 大人たちは、みんな地下室から出ていく。


 そして、おれは孤独になった。

 今の俺が感じるのは、痛みと恐怖だけ。

 だけど、どれだけ叫んでも、誰にも何にも届かない。


 それでも叫ぶ。痛いから。

 それでも泣く。怖いから。


 俺の慟哭を聞いているのは、俺に刺さった二本の剣だけだった。




 ◇




 どれだけ泣いても、どれだけ叫んでも、どれだけ喚いても、何もこの地下室には変化がなかった。


 痛みにより意識を失い、意識を失ったと思えば、痛みにより再度地獄に引き戻される。


 痛い、痛い、でもこの剣では死ねない。

 剣で死ねないのなら……


 ふと、そこで違和感に気付く。


「腹……減っ……てない……?」


 空腹を感じない。

 なんで?


 確かにまともな神経ではいられず、時間の把握なんてできない。

 それでも、あれから何日も経っているのは分かる。

 体が大きく、普段から大食いだった俺なら、今頃空腹で倒れているはずだ。


 なのに、全くといっていいほど空腹を感じない。

 その理由は……


「呪い……?」


 両腕に刺さっている剣から、笑い声が聞こえた気がした。

 それは、俺の心をまた不安定にさせる。


 ふざけやがって。

 痛い、痛いんだ、痛いんだよ!

 そっちが殺さないのなら、俺から死んでやる!


 死ぬのは怖いはずなのに、俺は俺を笑う存在にとても苛つき──


 ──ぐちゃ──


 ──自分の舌を噛みきった。


 どうしようもなく嫌な感触。

 それを際立たせる嫌な音。

 剣が刺さった両腕とは違う種類の痛み。


 そして──


「ごほっ!? ごほっ!!」


 ──苦しい。

 死ねない、まだ死ねない。

 痛い、右腕が痛い。

 口の中が痛い、熱い、とても熱い。


「ごぼっ! ごぼっ!!」


 息が出来ない!

 血が喉につまって!

 苦しい! 空気! 空気が欲しい!

 生きたい! やっぱり怖い! 生きたい!

 死ぬのは怖い!!!


 涙が出て、鼻水が出て、おしっこを漏らして。

 とんでもなく苦しいのに、意識を失う直前に感じたのは──


 ──良かった、こんな姿をルミスに見られなくて──


 ──少女への恋心だった。





 ……


 …………


 ………………え?



 意識を取り戻す。

 舌を噛み切って死んだはずなのに、また意識を取り戻す。


「なんで……?」


 問題なく言葉が喋れる。

 それは舌が存在するってことだ。


「なんで……俺の……あれ?」


 さっきのが夢だったとは思えない。

 現に、俺の口元から胸元にかけて血が流れた跡が見える。

 それに、俺の目の前の地面に、嚙みちぎった舌が存在している。


「わっけわかんねぇ……痛ぅ!?」


 痛みが襲う。

 右腕は勿論痛むが、違う痛みだ。

 それは、感覚が無くなっていた左腕からの痛みだった。


「ひぃ!? いぃぃぃぃぃ!!!?」


 ずっと痛みを抱えていたけど、その痛みは群を抜いていた。

 そして理解した。

 この痛みは、俺の舌を癒した代償なのだ。

 理解した。

 空腹を感じない体。傷を癒す体。


 俺は人間を止めたのだろう。



 ──くすくす──くすくす──



 また笑い声が聞こえる。

 これは幻聴だろう。


 とても暗く、狭い部屋。

 そんな所で、ひたすら苦痛に耐えるだけ。

 だったら、そんな幻聴が聞こえてきても仕方ないだろう。



 ──くすくす──可哀そうな坊や──



 どうやら俺の体は無事でも、心は確実に疲弊しているようだった。

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