一章 悪神誕生

01 人身御供

 俺の名前はバルタザール。仲のいい奴からはバアルと呼ばれている。

 俺が生まれ育っているコリン村は、お世辞にも栄えているとは言えない、ぼろい村だ。

 それでも親のいない俺が、特に困らずに暮らしているんだから、いい村なんだろう。


 都会に行けば、暮らしはもっと便利になるらしい。

 だけど、俺はコリン村から出る気はなかった。


 特に不自由せずに生きていく。

 それだけで俺は満足だからだ。

 それに──


「ねぇ! バアル! ちょっと待ってよぉ! ねぇってば!」


 森の中に入っていく俺に、青髪の女の子が大声を出す。


「ルミスが急げよ! 置いてくぜ!?」


 慌てて走ってくるルミスを見ると、この村から出ていくという選択肢は生まれすらしなかった。


 食べて、寝て、遊んで、寝て。

 それだけで、俺は、俺たちは、幸せだったんだ。

 そう、それだけで本当に幸せだったんだ。





 だけど、その幸せの終わりは唐突に告げられた。


「生け贄……?」


 俺とルミスが首を傾げていると、村長が更に説明をする。


 子供の俺たちではよく分からなかったが、ようは悪い神様からこの村を守るために、誰かが代表となって犠牲にならなきゃ駄目らしい。


「俺と……ルミスの……どっちかが?」


 そしてその誰かは、俺たち二人のどちらかということだ。


「そんな……私か……バアルが……死んじゃうの?」


 頷く村長を見て、ルミスは泣いていた。

 まぁ、これは仕方のないことだろう。

 ルミスは俺たちから選ばれる意味が分からないようだが、俺には理解できてしまった。


 この村で親がいないのは、俺とルミスだけだ。

 誰かを選ばなきゃいけないなら、悲しむ人の少ない俺たちから選ぶべきだろう。


 そして、俺は分かっている。

 この村のみんなが望んでいることを。

 だから、俺は手を上げる。


「俺が……生贄になります」


「え? バアル……?」


 ルミスは驚きながらも、止めることはしない。

 止めれば、自分が生贄になってしまうのだから、それも仕方ないのかもしれない。


「いいよ。だって、みんな俺に生贄になってほしいんだろ? ほら」


 そういって、俺は自分の髪を指さす。


 ”黒髪の子は悪魔の子”


 この村には昔から、そんな言い伝えが流れていた。

 親がいない俺は、周りのガキ共から本当に悪魔の子ではないかと噂されているのも知っている。


「いなくなるなら俺だって。みんな、ルミスには生きててほしいと思う」


「ひっく……バアル……ひっく……」


 言葉がみつからず、泣き続けるルミスの頭に優しく手を置く。


「泣くなよルミス。俺が死ぬんだ。だから、代わりにお前は幸せにならないと承知しねぇぞ?」


「立派な心がけだ、バルタザール。封神の儀は明日行う。今日は、なんでも好きなものを食わせてやろう。食べたいものを早めにウィリアム爺に伝えておけ」


 村長の言葉により、この場はお開きとなった。

 その夜、同じ家に住んでいるというのに、ルミスと会うことは無かった。 



 ◇



 そして夜が明け、俺は村の外れにある地下室に来ていた。


「よく逃げずに来た。本当にお前はよくできた子供だよ、バルタザール」


 村長が俺に声をかけてくる。

 逃げるわけがない。

 逃げたら、生贄の人間が変わるだけだ。

 俺はルミスを守るためにここに来たんだから。


 でも、でも……


 ルミスのためとはいえ、やっぱり死ぬのは怖い。

 気付けば服が重たく感じるぐらい汗をかいていた。


「怖がるな、バルタザール。ほら、最期を迎えるお前に、最後の幸せをあげよう」


 そう言って、村長は奥の部屋に案内する。

 そこは、子供は入ってはいけないと、いつも口を酸っぱくして言われていた部屋だ。


「おぇ! く、くさっ……」


 その部屋は悪臭に満ちていた。

 臭いの元をたどれば、一つの死体が転がっている。

 その死体の両腕があったと思われる位置には、二本の剣が刺さっていた。

 死んでから何年も放置されたのか、一部が白骨化している。

 あぁ、なるほど。

 俺の前の生贄なんだろう。

 何が幸せだ。こんなところに幸せなんかあるもんか。


 そんなことを考えていると、村長は俺に事実を突きつける。

 それは、村長にしてみれば、本当に俺の幸せを願ってのことだったのかもしれない。

 もしかすると、どうしようもない悪意からくる、ただの嫌がらせだったのかもしれない。


「その死体はな、お前の母だ。ほら、感動のご対面だな」


 …………え?

 言葉が出ない俺に、村長が言葉を続ける。


「泣いて抱きつきに行ってもいいのだぞ? 最期ぐらい、こんな幸せがあってもいいものだ」


「俺の……母さん? え? 俺の両親は、魔物に襲われて死んだって……」


 俺の疑問に、村長は笑顔で答えてくれる。


「あぁ、説明するのが少し手間でな。魔物のほうが分かりやすいだろ」


「なんで……母さんが……? じゃぁ、父さんは……?」


「お前の母も黒髪だったんだ、分かるだろ? お前の父は……誰か分からん。村の中の誰かだとは思うんだが……いや、いくらお前が賢くても、流石に7歳の子供には分からんか……面倒だな……あぁ、思い出した。お前の父は魔物に殺されたんだ」


 分からない。

 よく分からないが、これは幸せではないだろう。

 だって、母さんは何も話してくれない。

 俺を抱きしめてくれない。

 死んでるんだから。


 呆然としている俺をよそに、村長が他の人達に合図を出す。


「痛っ!?」


 俺は死体母さんの隣の壁に打ち付けられた。

 両腕と両足を無理やり抑えられ、強制的に大の字にさせられる。


 ──グシャッ


「ああああぁぁぁぁぁ!?」


 そして、杭で両足は固定された。

 足ごと壁に打ち抜かれたのだ。


「痛いぃぃ! 痛いぃぃぃぃ!!」


 悲鳴を上げるが、みんなはなにも気にしていないようだ。

 痛がる俺の心配よりも、よっぽど大事なことがあるんだろう。


「さて、本番はこれからだ。あまり喚くな、みっともない。男の子だろ? 格好をつけろ」


 村のみんなが、死体母さんから剣を抜いている。

 黒い布を手に、厳重に慎重に作業をしているのを見れば、とても大事なものなのだと想像できる。


「この剣が気になるか? これはな、はるか昔、伝説の勇者たちが災いの神を封じ込めたものよ」


 二本の剣が、俺に向けられている。

 子供だけど、俺だって刃物の一つや二つは握ったことがある。

 だけどその剣は、俺がこれまで見てきた剣とは全く違うものだった。


 一言でいえば、それは禍々しい剣だ。


 一本は、何も魔法を使用していないのに、なぜか紫電が纏わりつき、バチバチと音が鳴っている。

 その剣に近づけば確実に死が待っていると、子供の俺でも簡単に理解できた。


 もう一本の漆黒の剣は、一瞥すると先ほどの剣ほどの異常性は見られない。

 だけど分かる。

 こっちのほうが、とんでもなく異常で、危ないものだ。

 不思議と、そんな確信を持てた。


 そんな二本を向けられた俺は、両親の存在なんか忘れてただ震える。

 おしっこを漏らすなんて、何年ぶりかな。

 ルミスがいなくて良かった。いや、やっぱり最期に会いたかったな。


 あの剣に悪神が憑いているんだろう。

 俺は生贄だ。なら、次の作業は何なのか想像はつく。


「じゃあな、悪魔の子よ。地獄で母と再会するのだな」


 そうして、俺は二本の魔剣を両腕に突き刺された。

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