第14話 キルケゴーン

 一触即発の空気の中、それは突然降ってきた。


「ファッハァー!! 本当に来たんだね! えらいえらい!」


 突然抱きしめられたかと思えば、激しく頭を撫でられていた。


「よーしっいい子にはご褒美を上げないとな! キャンディは好きかい? それとも食いでのあるビスケット? 遠慮なく言うといい! 僕が出してあげる」

「え、っと……」


 もう状況は全く理解できないし、する気もなくなってきたが、この人が誰かは想像がついた。


「キルケゴーン、さん?」

「ん? あぁ、そうか。つい毎日会っているつもりになってしまっていたが、こうして直接会うのは初めてだったね。僕は”生命の魔女”キルケゴーン。そして、これが僕のダーリン」


 キルケゴーンが持ち上げたのは、かわいらしい人形だった。


「よっ」

「しゃべった!?」

「魂入りだからね」

「あー……一応、先々代の魔王様な」

「はい!?」


 ヘクターの言葉に、人形とヘクターをつい見比べてしまうが、静かに頷かれるだけ。


「……帰りたい」


 つい、口からこぼれてしまった。


「なら、部屋で休むといい。ほら、キャンディにビスケット、スコーンにジャムも」


 現れたバケットの中に、どんどん積み上げられていくお菓子の数々。昔、絵本で呼んだ魔女のようだ。


「好きなものは何だい? 僕がなんだって作ってあげよう」

「いや、そんな、悪いです」

「子供が遠慮なんてするもんじゃない。息子の好きなものは知りたいじゃないか」

「息子?」

「息子みたいなものだろう」


 どうしてか、その笑顔に圧があり、それ以上何も言えず、黙るしかなかった。


「なぁ、キルケ。お前、呼ばれてるの忘れてないか?」

「あ、そうだった。魔王が呼んでたんだ。ヘクターも」

「ハイハイ。じゃあ、フジ。後は任せる」


 嵐のような人だった。

 正直なところを言えば、ヘクターには行かないで欲しかったが、言えるはずもなく、ノゾミが雑にバケットの中を漁る感覚を感じながら、残ったメンバーを見て泣きたくなる。


「ノゾミ様。部屋は整っております。そちらで頂かれては?」


 執事の悪魔の言う通り、八柱に用意されたノゾミ専用の部屋に向かった。

 ドアを開ければ、日本旅館ような場所。先程までの西洋の屋敷とは全く別の構造をしている。


「あれ? さっきの人は」


 気が付けば、執事の悪魔がいなかった。


「アレは中に入る許可を受けていない。ここに入るには、セレーネの許可が必要だからな。無理に入れば、呪いで命を落とすぞ」


 できれば入る前に言って欲しかった。


「改めて、余はマルス。悪魔族の公爵である。努々この名を忘れるでないぞ」


 白と黒のピエロのような仮面とは、真逆の礼装に恭しく頭と垂れる仕草に、委縮したのはフジの方だった。見上げられているのに、見下ろされている気分がする。


「悪い子はい゛ね゛ぇ゛か゛ぁ゛!!」


 息をのむフジを驚かせるように、下から腕を広げたノゾミが叫び、フジも悲鳴を上げながら一歩下がった。


「たべ――けほっ」

「姐さん、そういうの苦手なんだから、やめとけって」


 ダミ声を出し過ぎたのか咳き込むノゾミの背中をさするカリノ。


「だ、大丈夫ですか?」

「お茶……」

「あ、はい」


 お茶をすする仮面の悪魔マルス。

 魔王軍幹部であり、八柱の一柱である大悪魔。

 悪魔の部下たちをサリューの近くにある初見殺し満載のダンジョンに配置しており、八柱の中では、真面目に魔王軍をしている八柱らしい。

 しかし、今までダンジョンの最深部、つまり、この悪魔が居座る玉座へ辿り着けた冒険者はおらず、そんな暇な玉座に籠るなど、退屈で仕方ないと、この悪魔は冒険者が集う街で一定の地位を築き、貴族をしているらしい。


「ある意味、俺たちより堂々としてますね」


 同じ人だが、町の外の屋敷で暮らしているというのに、悪魔の方が町の中で人らしい生活をしている。


「ちょっとしたゲームのようなものだ。余が悪魔だと気づくものがいるか。もし、余の正体を見破り、この屋敷へ火を放つならば、実に愉快ではないか」


 いくら退屈だったとはいえ、その感覚は理解できない。あの襲撃を思い出しただけで、まだ手が震える。


「だから、町でバラシてくるって」

「文面通りに受け取るな。阿呆め。貴様が利己的あることは余は知っているぞ」


 仮面に手をやるマルスに、この悪魔もノゾミに苦労しているのかと、少し同情しそうになるフジだった。


***


 魔王の前には、三騎士が揃っていた。


「それで話っていうのは?」

「最近現れた勇者についてだ」


 その噂は全員の耳に入っていた。突然現れた勇者は、魔王討伐を掲げており、実力も伴っているという。今も着々と魔王城に近づいてきている。


「ゴブリンたちが言うには、その勇者はシヴァといい、武神の娘だと自称しているらしい」

「ほぅ……武神の娘か。大きく出たな」

「あながち嘘じゃないかもしれないよ。事実として、他の冒険者とは比べ物にならない速度で攻略しているし」


 ゴブリンとオークの族長はすでに倒されたらしい。

 今は、次の族長の座を掛けて、争いが始まっているという。


「ってわけで、気を付けておくんだよ。ヘクター」

「あぁヤダヤダ」


 そういった争いごとになれば、必ず実力を示すために、有名で弱そうな相手を狙う奴らが出てくる。人間の幹部なんて、ゴブリンたち魔族からみれば格好の標的だ。何度襲われたことがあるか。

 そのたびに、種族ごと呪おうとするノゾミや物理的に根絶やしにしかねないカリノを抑えるのは大変だった。


「何はともあれ、新たな情報が入り次第報告しろ。魔族の混乱をこれ以上招かれては敵わん」

「まぁ、話を聞く限り、魔族と聞いては、殺して回ってそうな勇者ですがね」


 当代の魔王は、どちらかといえば穏健派だ。

 ヘクターを通して、ギルドなどとも協力を仰いで、魔族と人間の衝突を減らしている。


「話し合いの席についてくれればいいが」

「さてな。だが、一度は話せばならぬだろうよ」

「承知」


 交渉となれば、人であるヘクターが矢面に立つことになる。頷くヘクターに、三騎士のひとりであるデュラハンは鎧を鳴らす。


「殺されてくれて一向に構わんぞ。そうすれば、この私がその武神の娘とやらの首を取ってやろう」

「そいつはうれしいね。敵討ちってかい?」


 笑みを絶やさずに皮肉を込めれば、デュラハンは黙った。



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