第13話 魔王城

「顔色悪いけど、大丈夫か?」


 青い顔のフジに、キザナとレイルが困り顔で心配する。

 理由は簡単。これから、魔王城に向かうからだ。


 事の始まりは、つい先ほど。

 冒険者一行の襲撃を撃退した後のこと、帰ってきたヘクターはため息をついた。


「キルケの魔法に気づかれて、冒険者が来るってどれだけ運がないんだ?」

「す、すみません」

「フジに怒っているわけじゃない。どちらかといえば……ノゾミ」

「壊れるのがいけないと思う」

「オジサンは壊す方がいけないと思う」


 襲撃自体は仕方がない。だが、穏便に済む襲撃を、わざわざ屋敷を破壊しなくてもいいだろう。

 全く悪びれないノゾミに、頭を悩ませるヘクターであった。

 キザナも、さすがに今回の廊下の破壊はひとりで修理はできないという。そもそも、屋敷を襲撃された時点で、ここが安全な場所ではなくなってる可能性が高い。ダンジョンのような拠点ならまだしも、この屋敷は隠れ家に近く、ギルドから用意周到な襲撃を受けたら耐えきるのは難しい。


「キザナとレイルは、どの程度情報が漏れてるのか調べてくれ。俺は、新しい拠点の場所を」


 選ぶと開きかけたところで、屋敷の中に入ってきたフクロウは、フジの頭の上に止まった。その足には手紙。


「キルケゴーンからだな。魔王城への招待状だ」


 ご丁寧につけられた転移魔方陣に、ため息をつく。無視したり、燃やしたところで、強制転移をさせられるのが目に見える。拒否権のない招待状だ。

 しかし、調査は必須。


「二人共、調査の方は頼めるか?」

「オッケー」

「俺は?」


 フジがこちらを見るが、どう見ても、今回の招待でフジは連れて行かなければならないだろう。そうなれば、ノゾミも。そして、カリノもだ。


 そして、冒頭に戻る。


「ま、魔王にあったことって、あります?」

「さすがにないよ」

「別に顔見た途端殺されるわけではないって」

「そ、そうですよね」


 正真正銘、現魔王が根城とし、冒険者が目指す最終地点。

 そんな場所へ、突然行くと言われても、心の準備ができていない。


「キルケがお茶会したいだけだよ?」


 ノゾミの言葉に、ヘクターがなんとも微妙な表情をするから、おそらく間違ってはいないのだろう。


「キルケって人は、そういう人なんすか?」

「うん」

「それに、カリノも一緒だから、カリノに殺されない限りは殺されないし」


 常に殺されるようなことがあるということだろうか。

 心配事は募るが、拒否権がないのも事実。


「一応、魔王様が死んだとか、八柱が死んだとか、ドラゴンが暴れて城半壊してるとか、城下町ひとつ溶岩に落ちたとか、そういう話は来てないから、本当にキルケゴーンがお茶会したいだけだと思いたいな」


 ヘクターが、さらっと言った言葉を疑いたいが、きっと今まで本当にあったことなのだろうと思うと、止まっていた震えが戻ってくる。


「俺、本当にそんなやばい人たちのところいって死なないっすか?」

「保証はできないが、できればついてきてもらいたい。それで、ノゾミが他の八柱とトラブルになるのを止めてくれ」


 そうヘクターに頼まれては、断りにくい。

 だが、しかし。


「俺、普通の人なんすよ?」

「気休めだが、他の奴からの攻撃は、どんなものであれ、ノゾミとカリノが防ぐし、キルケもおそらく守る。から、大丈夫だ。たぶん。

 正直、オジサンの心配は、ノゾミとカリノが暴れる方なんだ」


 小声で伝えられる本音に、何とも言えない気持ちになる。そして、なんとなく納得してしまう自分にも。


「が、がんばりますけど、正直止めきれる自信ないです……!」

「その心意気で十分だ」


 支度を整え、魔方陣を囲むように立つ。


「じゃ、がんばれよ」

「骨は拾ってやれないけど、化けて出るなよー」


 ふたりの見送りを受けながら、光に包まれる。


 目を開ければ、想像していたおどろおどろしい魔王城とは違う、青々とした草が生える中庭。


「とうちゃーく」


 変わらない気楽さのノゾミに、フジは困ったように笑うしかできないが、ふとノゾミの背後に現れた影に声を上げるが、その前にその影はノゾミに覆いかぶさるように見下ろした。


「セレーネよ。迎えに参ったぞ」


 しかし、慌てたのはフジだけで、カリノもヘクターも慌てる様子はない。


「あれ? なんでいるの?」


 ノゾミも不思議そうに首を傾げるだけで、どうやら知り合いらしい。


「あぁ。セレーネが来ると聞いてな。

 ふむ、それが例の新しい従者か……貴様、わかって……いないだろうなぁ」


 こちらを見つめる燕尾服の仮面の男は、ニヒルに笑った。


「いや、なに、この種族問わず生殖本能の争いに巻き込まれそうな男が捕まったのが貴様とは、いや、実に愉快」

「なっ……!! その具体的な例えやめて!?」

「…………」

「ん?」

「マルス。それは覗き見たの?」


 見上げるノゾミに、マルスと呼ばれた男は、口元を歪める。


「どちらでもないとも。強いて上げるならば、貴様の世話係ができたなど、あの井戸端好きマダムよろしく大魔女が見逃すはずないであろう? 先日、屋敷のドアを叩き破ってきたわ」

「ふーん……あの人、どこまで騒ぎまわってるんだろ」

「恋や愛は女の大好物であるからな。魔王までは伝わっていると思った方がいい」


 どうしてだか、ふたりの話す人物が、誰の事か、なんとなく想像がついてしまった。


「お待ちしておりました。ノゾミ様」


 また新しくやってきた、燕尾服を着た男が深々と頭を下げる。

 知り合いだろうと、ノゾミたちを見ていれば、視線だけ向けたマルスの口元に、笑みがなかった。


「下がれ。余がいる故、貴様なんぞ低級は必要ない」

「お言葉ですがマルス様。私は、魔王様より、魔王城へいらしたノゾミ様のお世話を任されております。いくらマルス様のお言葉であろうとも、従えません」


 一触即発の雰囲気に息が詰まる。


「あ、あの、あのふたりって何か因縁でも?」


 小声でヘクターに聞くが、困ったように口端を上げ、代わりに答えたのは、渦中のノゾミだった。


「両方とも悪魔なんだよ。悪魔序列はマルスが上だけど、悪魔は契約が一番で、この執事悪魔は魔王と契約してるから、それを優先しているっていう喧嘩」

「ありがとうございます。だけどやっぱりちょっと空気を読んで欲しかったです」


 説明をするノゾミを何とも言えない表情をしているマルスを見ていると、微妙に違う気がするが、その理由を聞ける雰囲気ではない。死にたくはない。


「めんどくせーから、両方ぶった切るか?」

「さすがに雑すぎだよ!?」


 ヘクターに頼まれる理由もわかるが、さっそく心が折れそうだ。

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