第12話 勇者一行

 町から少し離れた森の中。

 昨日、何度か大きな魔力を感じて調べてみれば、この辺りには魔王軍がいるらしい。


「久々に里帰りしたら、魔王軍がいるなんてね。リリはよかったの? ララといてもよかったんだよ?」

「みんなだけでいかせられないよ。ユウキ、いつもケガするし」


 戦士のユウキ、魔法剣士のメリル、魔法使いのミナ、神官のリリの四人パーティ。

 前衛であるユウキは、なにかと庇うことも多く、ケガも多くなる。

 そのため、リリが常に回復をしてもらっているのだが、魔王軍がいると知って、すぐに調べに行こうとしたのもユウキだった。


「ヒーラー抜きでダンジョンに挑むバカはそいつくらいだ」

「俺だって偵察だけにするつもりだったよ!」

「嘘だぁ」

「嘘じゃねぇよ!」


 せっかく里帰りして、妹のララに会えたのだからと、リリを連れて行かないと言ったのも、ユウキだった。


「でも、ララも昨日、女の子を追いかけて行っちゃったから」

「あぁ……そういえば、修道院飛び出したんだっけ……大丈夫なの?」

「まぁ、修行そのものは終わってるし、シスターには伝えていったみたいだから」


 前を歩くメリルが、また茂みに隠された罠を見つける。


「またか」

「あぁ」


 いくつか作動させてしまったものの、敵らしきものは来ない。

 

「この先にいるの、ただのギルドのチームかもな」


 人為的に作られ、手入れの行き届いた罠。

 先にいるのは、モンスターではなく、人の可能性も出てきた。


「確かに、ある罠も獣除け程度だしな」

「でも、あの魔力はなに? 変な実験してるなら、止めないと」

「むしろ、大魔法の実験場なんじゃね?」


 その可能性はわりと高いかもしれない。ミナも口を噤めば、意外にもリリが反論した。


「でもそれなら、町の人が少しは聞いたことがあるんじゃないかな? 昨日の魔力も私たち以外気づいてないみたいだし、隠されてたにしても、ちょっと変な隠し方な気がする」

「まぁ、確かに、大魔法の研究をしてるギルドの冒険者なら、少しくらい話が上がるわよね。それこそ、魔法使いなら高威力の魔法は興味あるし」

「なら、この先にいるのは、賊か魔王軍ってことだな。どっちもロクなもんじゃない」

「言い方……」


 メリルの言葉に、ユウキも困り顔をするが、どちらにしろ穏便には済まなさそうな相手だ。

 四人が警戒しながら進めば、見えてきたのは屋敷。


「……どっちだと思う?」

「盗賊ってこんな立派な屋敷に住むの?」

「俺に聞くな」

「なぁ、マジで研究者とかじゃないか? あと隠居してる伝説の冒険者とか! ……って、リリ? どうした?」


 少し顔色の悪いリリに聞けば、首を横に振る。


「あ、う、うん。ちょっと変な感じ……よくない感じがする」

「よくない感じ……神官リリが言うってことは、魔王軍の可能性が高いか?」


 ユウキが先程までのふざけた空気から一転し、真剣なまなざしで屋敷を見つめ、ドアに手をかける。


「とにかく、中を覗いてみよう。メリル、頼む」


 音を立てないよう、静かにドアを開け、顔を覗かせる。

 中は、外見通りの屋敷のエントランス。

 気配はない。足を踏み入れても、罠はないようだ。


「誰もいない……?」


 たまたまいないだけだろうか。

 魔王軍なのであれば、なにかありそうだが。


 また一歩、足を進めた時だ。奥から現れた人影。


「!」


 剣を構えれば、現れたのはごく普通の男。

 腰に武器もなければ、モンスターというわけでもなく、防具も何もつけていない軽装。しかも、剣を構える自分たちに驚いたのか、身を引いておびえている様子も見える。


「君は……えーっと、ここの人?」


 できるだけ怖がらせない様に笑顔を向けるが、視線を逸らされる。


「ユウキ! 怖がらせてるよ!」

「ご、ごめん……」

「悪人面」

「うるせーよ!!」

「ごめんねぇ。魔物みたいな顔でさ」

「あ、あの、どちらさまですか……?」


 おずおずと答える男に、冒険者だと名乗る。一応、リリにも確認をするが、彼からは良くない気配はしないらしい。


「怖がらせて悪かった。久々に戻ってきたら、こいつがこの辺りで、大きな魔力が何度も発生してるって言っててな。この辺に魔王軍いるって話だったから」


 調べに来たのだといえば、何とも微妙な表情。


「そ、それだけでここに?」

「本当に魔王軍がいるならほっとけないだろ?」


 男は少し視線を下げる。


「なぁ、お前、ここに住んでるんだろ? この屋敷の主は?」

「い、今は、いないです」

「人間か?」

「人間ですよ」

「じゃあ、昨日の魔力のこと知ってるか?」

「ちょっと、喧嘩みたいなので……」


 メリルに質問されるたび、縮こまるように視線を逸らしていく。


「あの、もしかして、疑われてます? 魔王軍とか、思われてます?」


 しかし、顔を上げると、メリルに質問を返した。


「あぁ」


 メリルの肯定に、男は少し驚いていたが、困ったように肩を落とすと、メリルをゆっくりと見やる。


「賊でも魔王軍でも、お前は庇った。ということは、お前はただの奴隷でもないわけだ」


 剣を構えたメリルに、男は息を詰まらせた。


「嘘をつけば殺す。ここにいるのは、魔王軍か?」


 脅すメリルに、男は何かに耐えるように拳を震わせていた。


「言わないなら、やはりお前は敵だ」

「メリル! 少し話を――」

「そ、そうでよ」

「!!」

「ここにいる魔王軍は、呪いが得意で、俺にも呪いがかけられてて――」

「嘘、です」


 男の言葉を遮るように、リリが言った。


「ごめんなさい。今の、”呪いがかけられて”は嘘です」

「う、嘘って、どうして」


 動揺している男は、気づかなかったのだろう。

 リリが神官であることに。


「その子が神官だからでぇす」


 誰も答えない男の疑問に、眠そうな声が答えた。

 視線を上げれば、二階の手すりにダルそうに体を寄り掛からせた女がいた。


「神官は嘘偽りを見抜くスキルがあるのが最低条件でね。その子は、たぶん、結構上の方じゃないかな」


 明らかにリリが肩を竦ませた。リリが良くないと言っていたのは、彼女だ。


「お前が魔王軍か!?」

「違うと言ったら、帰る? そこの神官ちゃんは私が悪い人間に見える?」


 少なくとも、見る限り、普通の女だ。しかし、リリには別物に見えていた。


「人……なの?」

「……うん。随分と能力が高いんだね。びっくりした」


 女は手すりを跨ぐと、手すりの上へ座った。


「我は、ヒノモト創造の一神であり神々の母であるイザナミノミコトが写し鏡。現世に降り立つイザナミノミコトである。

 神が違うのなら祀れとは言わない。だが、もし自らの神以外を淘汰するのなら、イザナミの名の下に淘汰しましょう」


 ヒノモトの生き残り。それだけでも驚きだというのに、加えて神と言われては、すぐに言葉が出てこなかった。

 そんな神と名乗った女へ言葉を返したのは、リリだった。


「イザナミノミコト様。貴方は、どうして魔王軍に? 神々の母であるなら、人々の母でもあるはずです。なぜ、人を滅ぼそうとする魔王の元へ身を置くのですか」


 裾で口元を隠すが、隠れていない目は楽し気に歪んでいた。


「イザナミがイザナミであるが故、人の味方にはならない」


 人の味方にはならない。それに、魔王軍であることを否定しなかった。

 戦うしかない。剣を握った手に力を籠める。


「マリア様は――」

「人なる者の母である。だが、決して聖母ではない」


 リリの体を貫く無数の黒い影。


「かは――っ」


「リリ!!!!」


 影は消え、血まみれのリリが床に転がる。

 まだ息はある。


「ミナ! 回復!」

「わかってる!!」


 あの影がどこから飛んできたかもわからない。だが、盾を構え、女を睨む。

 いつの間にか、先程までいたはずの男はいなくなっていた。


「上の女は俺がやる! お前はリリたちを守れ!」


 メリルが階段を駆け上がり、女に向かう。

 一足に駆け上がり、女の首へ斬りかかるが、突然現れた鏡に弾かれる。


「――っ」


 鼻歌交じりの表情。しかし、意識を少しでもこちらに削ればいい。

 鏡はひとつ。数は防げない。

 速い斬撃が、一点でもすり抜ければいい。例え届かなくても、女の意識を向けさせれば、下の三人へ向かない。

 足をつくと同時に踏み込む。

 鏡の位置は、女の向こう側。


「おしい」


 女が口にした言葉。ほぼ同時に目の前の床を突き抜け、現れた槍。


「ぐっ……」


 あと少し踏み込みが甘かったら確実に腹を刺されていた。足だけで済んだのは運が良かった。


「外れてるよー? びみょーに、足速かった」

「おう! 聞こえてた!」


 楽し気な男の声がする。床から生えていた槍が抜ければ、下にいる男が楽し気に笑っていた。


 それは、それは、心底楽しそうに。


 槍を握りなおすと、もう一度天井に向かって振りぬいた。

 もはや息すら漏れなかった。

 崩れた床に巻き込まれ、メリルは一階へ落ちる。落ちた先にいるのは、獰猛な獣の笑みの大男。


「よぉ」


 楽し気に笑う大男の頭上、崩れていない廊下で、初めて先程まで床のあった場所に目をやったノゾミは、微妙な表情をしていた。


「これ、キザナ直せるのかな……? 何とかなる……?」

「今修理の心配かよ!」

「す、すみません……俺……」


 後ろから現れたキザナとフジ。


「もっと助けて! とか、脅されるんです!! とか叫べばよかったのに。嘘じゃないから、バレなかったのに」

「はい……」


 反省したように肩を落とすフジの肩へ手をやるキザナ。


「……素直じゃない」

「はい?」

「ないなーいなんでもなーい」


 疑うような視線を向けるキザナから逃れるように、足元へ目をやる。

 ちょうど剣士をカリノが文字通り真っ二つにしたところだった。


「ミナ! リリを連れて逃げろ!!」

「そんな……! ユウキは!?」

「俺が足止めしてる間に逃げるんだよ!!」


 足止めできる気でいるのか。カリノを。


「カリノ」

「あ?」


 声を掛けられたのが意外なのか、不思議そうに耳だけやる。


「盾の上から切れる?」

「あー……なんとか?」

「じゃあ、やって。見たい」


 そういえば、めんどくさそうに一度振り返るが、槍を持ち直す。


「しかたねーな」

「っ……」


 狙いはわかっている状態だが、勝ち目は見えない。

 ただでさえ格上の強さを持つ槍使いに、階上に座り手を出してこない底の見えない巫女。


「だ、め……」

「リリ!!」


 ミナも戦おうと、杖へ手をやる皆を止めたのは、リリだった。


「にげ、て……おね、が……ぃ」


 リリの願いは、鈍い音にかき消される。

 音に目をやれば、赤く染まり始めるユウキの背中。


「ユウキ!!」


 倒れるユウキの背中を抱きしめるように受け止め、その名前を叫ぶ。


「ま、だ……やれ――」

「やだ……!! ユウキ!! ユウキ!!!」


 叫ぶがその声は届かない。

 後ろで鳴った銃声に振り替えれば、倒れた仲間へ銃口を向けた男。


「ぁ……ぁぁぁあああ!!! 許さない……!! 許さない!! せめて、せめて……道連れだ!!!」


 ミナの呪いの叫びと共に現れた大量の魔方陣。

 遅すぎると、ミナへ銃口を向けた男は、その引き金を引くのを止めた。


「……」


 ふとノゾミへ目をやれば、笑っていた。

 光を放つ魔法陣。


「爆ぜろ!!」


 叫んだその瞬間だ。光を放っていた魔法陣へ重なるように、新たな魔法陣が現れ、消えた。


「ぇ――」


 かき消された。魔法を。

 自分が使える、もっとも強い魔法を、放つことすらできなかった。

 もう、立つ気力も、声を出す気力も残っていなかった。


「運がないね。爆発系じゃなければ、相殺魔法はなかったのに」


 もう女は答えなかった。


「弾の無駄だな。カリノが首刎ねた方がローコストだね」


 近づく槍を持った大男に掛かる声。


「女の子って、好きな人とペアルックしたいんだって」

「ペア、は?」

「お揃い」


 心臓を指さすノゾミに、カリノは眉を潜めながら、槍を構え、突き刺した。


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