第11話 町の噂

 大量に届きすぎたクロカンブッシュを持って、店に来れば、すぐに山になっていたクロカンブッシュは消えた。


「はぁ……おいしい。さすが貴族。これを、食べきれないほどもらうなんて」

「うらやましい……」

「フジ君、このレベルの料理作れないよね? 大丈夫?」

「い、今のところは」

「私たちも、さすがにこのレベルは無理だよ?」


 味に関しては、わりとノゾミは味が薄いとかまずいとか文句は言うが、食べてくれないことはない。

 しかし、料理しているのがキザナかフジが主なところを考えても、舌がすごく肥えているわけではないのだろう。


「フジ君ってさ、本当に世話係なの?」


 不安気に聞く理由は、よくわかる。

 読み書きができないことは、使用人や下働きでは多いが、料理、洗濯などなど、普段あまり触れていなかったものに関しても得意ではない。

 それこそ、昔はお湯を入れればとか、合わせ調味料とこれひとつみたいな料理ばかりだった。それで、生活が成り立った。


「庭師とかの方ができそうじゃない?」

「それも含めてですよ」


 正確には、庭の罠の整備だが。

 あとは、馬の世話だ。だいぶ乗れるようになってきて、買い物くらいなら一人でいける。


「むしろ、そのくらいしかできなくて……」


 もっと何でもできれば、キザナにスパイと疑われることもなかったのだろうか。


「なにかあった?」


 プリミーナが心配そうに聞けば、フジは首を横に振るが、数人にじっと見られ、身を引いてしまう。


「……あ、いや、その……もっと信用されないといけないなって。信頼とか、してほしいなって。

 そりゃ、すぐに無理ってのはわかるんすけど」

「そうね。信用も信頼もすぐにできるものではないもの。時間をかけて、ようやく得るものよ。それなのに、簡単に失ってしまうから、難しいわよね」


 女にトラウマがあったはずなのに、今はこうして女だらけの店に通って、物を教わっている。

 フジにとって、ここの店の女は大丈夫だと、信用しているからに他ならない。


「でも、もし――」


 プリミーナが身を乗り出し、フジの腕を自分の胸へと引き寄せれば、いやな記憶がフラッシュバックする。


「――ッ!!!」


 手を引けば、プリミーナの腕は容易く解けた。


「ね?」

「じょ、冗談がひどいですよ」

「そうね。ごめんなさい」


 椅子に座れば、フジも静かに椅子に座りなおす。

 まだ、心臓が早鐘を打っている。


「でも、生きてるでしょう? 腕も、足も、指も、髪もある。

 大丈夫。貴方は、貴方らしく生きることしかできないのだから、生きて、認めてくれる人たちといるしかないのよ」


 人間として扱われず、玩具として扱われ続けていた人だったものの行く末を、いくつも見てきた。それでも、人でありたかった。

 あの時、あの場所で、叫んだ言葉は、人としての言葉。

 認められない人間だったのなら、玩具として存在するしかなかった。


「きっと、あの人は認めてくれる人よ」



*****



 ここ最近、酒場は妙に浮足立っていた。


「なになに? 金になる話? 混ぜてよ」


 レイルが近くにいた冒険者の一人へ声を掛ければ、違うと笑われた。


「前に新人冒険者が登録しにきたんだが、そいつの能力が驚くほど高いって話でな。

 そこの占いのばあさんが、『まさしく戦乙女ヴァルキュリア! この暗黒時代を終わらせる光!』って騒いでたんだよ」

「暗黒時代? 平和そのものじゃない? 今」

「一応、魔王いるんだぜ? 万年金欠冒険者さんよォ!」

「君が言うなよ」

「毎日、他人に酒を奢らせるほどじゃねーよ」


 ひとしきり笑った後、辺りを見渡せば、確かに皆が皆、その新たな冒険者の話をしていた。

 話を聞く限りは、男女のふたり。

 占い師に光と言われたのは、女の方らしい。


「女の勇者か……是非お近づきになりたい」

「残念だったな。お前と同じ考えの奴が、さっき酒場の外まで吹っ飛ばされたよ」

「平気さ。吹っ飛ばされても、僕にはこれがある」


 銃を取り出して見せれば、それは見ものだと笑う。


「あ、あの……!!」

「ん?」


 小さな声に振り返れば、僧侶の恰好をした女が立っていた。


「その、今、話してた方、どこにいらっしゃるか、知りませんか?」

「今話してたって、時代錯誤なヴァルキュリア様?」


 何度も頷かれる。


「それは僕も知りたい。ぜひ、手合わせ願いたいね」

「残念だけど、もう会うのは難しいんじゃないか? 魔王を倒すって意気込んで出て行ったらしいからな」

「へぇ、本格的じゃない。ついでに、そこの森の主も倒してくれないかな?」

「あぁ、あの魔王軍の大蛇か。確かになぁ。魔王軍って聞いたら戻ってくるんじゃないか?」

「そりゃいい。誰か言って来いよ」


「わ、私、伝えます! 魔王軍の大蛇のこと。みんな、困ってるって」


 笑い声を遮る僧侶の言葉に、その場の全員の視線が僧侶へ向く。

 顔を真っ赤にさせた僧侶は、息を詰まらせたが、頭を下げると、駆け足で外に出て行ってしまった。


「こりゃ、うちの最高額の報酬が出ちまうか? マスター、ここの蛇料理はいくつあるんだ? ないなら増やしとけよ。

 大蛇だぜ? 素焼きじゃ飽きちまう」


 すっかり大蛇を倒したつもりになり、思い思いの蛇料理を注文し始めた冒険者たちに、レイルはそっと扉の方へ目を向けていた。

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