第10話 解離

「まったく……ひどい目に遭った……」


 キザナが疲れたようにため息をつく。

 気持ちはわかる。結局、あの後、5発は轟音が響いた。


「よくあるんすか?」

「よくあっても困るんだがな……」


 どうやらよくあることらしい。


「防げるとはいえ、あぁも怒らせてたらなぁ」


 キルケゴーンの攻撃で壊れた建物や罠を直すのは、キザナの役割だった。

 恨みごとのひとつでも言いたくなる。

 屋敷の防御策は、キザナの仕掛けている罠とコノハの術と探知結界だけ。

 それも、あくまで魔獣除け。


「他のところもこんな感じなんすか?」


 魔王軍幹部なのだし、もう少しダンジョンのような場所の奥にいるとか、そういったものを想像するが、ここは少なくともダンジョンではない。

 屋敷に辿り着けば、ほぼボス部屋だ。


「魔王城に住んでない八柱は、似てるかもな」


 他部族であれば、ダンジョンを持っている魔物も多い。

 しかし、八柱は持たないものがほとんどだ。ダンジョンという名の居住に興味が無いものが多いのだろう。

 ほとんどが、自分が住んでいる屋敷だ。特別に凝った防衛策があるわけではない。


「まぁ、あの人たち、人間を滅ぼすために魔王軍に所属してるって感じでもないしな」

「そうなんですか?」


 それは少し意外だ。

 少なからず、魔王の意見に賛成しているのかと思っていたが、どうやら違うらしい。


「俺が聞いた話じゃ、6人は違うな」

「ほとんどっすね……」

「だろ?」


 8人中6人が賛同しているわけではないとは、組織としてどうなのだろうか。

 むしろ、その中で賛同している2人は、他の6人を抑え込んでいるということなのか。


「ちなみに、ノゾミさんは」

「どっちだと思う?」

「……してないっすね」


 予想はついた。容易に。


「ノゾミは、オッサンにスカウトされて、戦闘になったあげく、魔王城に襲撃して、八柱になったらしいぜ」

「よっと理解できないんすけど」


 スカウトから戦闘はまだいい。

 そこから、魔王城襲撃し、八柱になるってどういうことだ。

 しかし、キザナも詳しく知っているわけではない。


「まぁ、魔族でもないのに、魔王軍に入る連中は、大抵まともな入り方してねぇよ」

「それ、俺も入ってます?」

「呪いの代償がクズキリだったことが普通っていうなら、普通だな」


 あの後も、何度かせがまれたが、あいにく葛は手に入りにくいらしく、寒天でもいいからと言い出して、それはそれで大変だった。

 結局、前にカリノが言った通り、ノゾミは、きなこと黒蜜が食べたがっていることが多く、今はパンケーキにきなこや黒蜜をかけて誤魔化している。

 大豆は手に入りやすいことだけは、本当に助かった。


「なら、キザナさんも、変な呪いでもかけられたんですか?」

「冗談。俺は魔王城で下働きしてただけだよ」

「下働き?」


 初耳だ。


「下働きっつーと、語弊があるけどな。俺は、魔王軍の配下のドワーフの村で育ったから、出稼ぎみたいなもんだ」


 魔王軍であっても、武器を仕入れる先は必要であり、それがドワーフだった。

 ドワーフの村で育ったキザナは、武器や防具の注文を運ぶことも多く、よく魔王城にも出入りしていた。


「お前こそ、とんだ箱入りだったんだな」


 箱入りどころか、箱の外からやってきたのだが、どちらも世間知らずに変わりはない。


「そのくせ、箱入りとは思えないところも多い。なんなんだ? お前」

「え、えっと……」

「戦闘能力が劣る俺としては、正直、お前が冒険者ギルドのスパイだと困るんだよ。

 よくある手口だろ? 別のとこに目をやらせて、本命は別のところにあるってやつ」


 冗談のような口ぶりなのに、その目は、笑っていなかった。


 いつからか、信用されていると思っていた。

 同じ屋敷で寝泊まりして、毎日のように顔を合わせて、会話して。

 いつの間にか、友達のようになっていたけど、相手は魔王軍の人間で、世間が敵なのだ。

 突然現れた人間を、簡単に信用するはずがない。


「……普通、スパイなら、適当に誤魔化すだろ」

「疑われたら、俺は何も言えないなって思って……すみません」


 なにも、信用してもらうものを持っていない。

 なにも、なかった。


「そんなにへこむなよ。とりあえず、修理手伝ってくれ」

「……はい」



*****



「ねぇ、フジに変なこと言った?」

「なんも言ってねぇっすよ」


 問いかけるノゾミの手には、クレープ。

 昼過ぎに大量のクロカンブッシュを食べたくせに、また食べている。


「……デブ活中?」

「それ、女の子の言ったらだいぶ怒られると思うよ?」


 黄色掛かったクリームに、まだらに黒色が混じっている。

 またきなこと黒蜜のお菓子らしい。


「相変わらず、それ好きですねぇ」

「これは、びっくりするくらいきなこと黒蜜の味薄いから、上からかけようとしたら、書庫でこぼすからダメだって怒られた」

「ホント、オカンだな」


 少しだけフジに同情する。

 俺なら、この気分屋の世話係など三日でやめる。


「それで、何言ったの?」


 どうやら、逃がしてはくれないらしい。


「本当に、何か言ったわけじゃないですよ。ただ、冒険者ギルド側のスパイじゃないか、カマかけただけだ」


 近頃、妙に魔物や魔王を倒そうとする冒険者が増えていると聞く。

 リヤスは平和な街ではあるが、前向きな冒険者は拠点という拠点を持たないことが多い。いつ来てもおかしくない。


「変なところは多いし、前の店で、女たちに料理とか習ってるみたいだから、もしそれが世話係としてじゃなかったらって、思っただけだ。

 俺は、アンタらと違って、正面切って戦うってことになったら、すぐに死ぬからな」


 だが、フジはスパイという感じはしない。

 スパイってのはどちらにしろ、目立つのは好まない。実力を示して、信用は得ても、特出すればそれだけ疑いの目は増える。


「オッサンがどうしてフジをここに招いたかも、わからず仕舞いだしな」

「あぁ、半分くらいは息子に似てたからだって」

「……聞いたのか? マジで?」


 口は堅い人だ。それこそ、ヘクターは政治的なものとか物理的な問題ではない面で、この屋敷を支えている存在だ。

 そんなヘクターが、理由をいうなんて珍しい。

 しかし、微笑むノゾミに、その手段を察してしまい、視線を逸らした。


「あぁ……でも、オジサンも何か考えてるみたいだから」

「でしょうね。俺としては、アンタの方が不思議だよ」

「?」

「いきなり世話係って言われて、何とも思わないわけ?」


 その言葉は、あまりにも意外だったのか、ノゾミは目を瞬かせると、困ったように笑った。


「あの子が理性的に見せかけたドブに捨てられた子犬みたいってところもあるけど、まぁ、ダメなら首を落とせばいいでしょう?」


 まったく表現に賛同できないところが、もう痛む頭を抑えることすら忘れそうだ。


「そうだ。キザナ。もしダメだと思った時は、逃げてきなさい。騙しは得意なんだから、一度くらいできるでしょ。

 その一度で、私が認知できる場所まで逃げなさい」


 それは、少しだけ意外な言葉。

 気分屋のくせに、その言葉に嘘がないことが、なんとなくわかってしまう。


「生き汚いのは得意でしょう?」

「……あぁ、いやって程にな」

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