第9話 クロカンブッシュ

 屋敷に戻っている途中。

 それは、突然目の前に降ってきた。


「……」


 目の前に落ちてきた木箱は、あと数歩前に進んでいれば、直撃していた。そうなったら、前世と同じ死因で死んでいたところだ。


「おーい。無事かい?」


 音につられてきたレイルが、木箱の前で尻もちをつくフジを見て、察したように口端を上げた。


「呪われてなくても運は悪い方? 鳥の糞に当たるタイプだね?」

「今回は狙われてた感じがあったけどな」


 キザナが頭を掻きながら、木箱へ近づく。

 空から落ちてきたというのに、汚れてはいるが、壊れている様子はない。魔法で防護されている。

 となれば、あとは二択。

 敵の何かしらの攻撃手段。もしくは、味方からの贈り物。


「……」


 前者1割、後者9割っていうところだ。


「オッサンたちは?」

「知らない。僕も外にいたから」


 たまたま通りかかったネズミを捕まえると、その木箱へ放り投げる。

 ネズミが触れたその瞬間、ネズミの体が燃え上がった。


「えぇぇえ!?」


 普通の神経ならば、開けようとした人間に対して術をかける。

 だが、術者が許可した人間以外が触れれば発火するなんて、半無差別攻撃する相手に覚えがある。


「こりゃ、キルケの姉さんだな」


 送り主の予想はついたが、これでは、運ぶことすらできない。


「ノゾミ呼んでくるかぁ……ん?」


 レイルが屋敷へ戻ろうと思った時だ。

 ふと目に入った文字。


「”新しい従者くんへ”?」


 言葉の意味は、きっとそのままだ。

 自然と、視線はフジへ向く。


「ムリムリムリムリ! 燃える!! 死ぬ!」

「砂かけてやるから」

「なんとかなるわけないだろ!?」


 あの燃えるネズミを見て、はい。そうですか。で箱を開けようと思う人間いない。


「そういうなって! な! ほら!」


 しかし、レイルはフジの腕を掴み、箱へ触れさせようとする。

 抵抗しようにも、勝てる気配がない。


 脳裏に何度もループする先程のネズミ。

 指先が、木箱に触れた。

 目の前が赤く染まり、熱が皮膚を焼く。


「ひっ……!!」


 短い悲鳴と共に、箱が燃え上がる。


「…………ぇ?」


 箱は、一気に燃え上がると、すぐに燃え尽き、中から出てきた大量のシュークリーム。


「………………えーっと」


 どういうことかと、レイルに目を向ければ、キザナに目をやられ、キザナにも首を横に触れられた。


「俺が知るわけないだろ」

「「ですよねー」」


 とりあえず、屋敷へ大量のシュークリームを運べば、ヘクターにも困った表情で迎えてくれた。


「えーっと、これは」

「オジサンに聞かれてもなぁ……とりあえず、キルケゴーンからってことと毒は入ってないってことくらいしかわからないなぁ」


 先ほどの音は、屋敷にいたヘクターたちにも聞こえていた。

 すぐにノゾミが、その音の正体を探ると、早々にキッチンに向かってしまい、状況はわからなかったが、フジたちの抱えるそれを見て、察しはついた。


「コーヒー淹れた!」

「へいへい……」


 大方、キルケゴーンからのお祝いのようなものだろう。

 ノゾミも疑問に思った様子もなく、小さなシュークリームをひとつ手に取ると、口に放る。


「ほら、フジもあげる。つまみ食いの方がおいしいよ」

「あ、ありがとうございます」


 両手がふさがっているため、自然とノゾミに口へ放り込まれることになり、気恥ずかしさに視線を逸らす。

 口に入った甘さ。


「うま……」


 イチゴ入りのシュークリームだ。

 カリノが言うには、時々、キルケゴーンから食べ物が届くことはあるらしい。

 ノゾミはまたひとつつまむと自分の口へ運び、またひとつ、カリノの口へ放り投げる。


「はいはい。つまみ食いで食べきるつもりか? とっとと運ぶ」


 キザナに背中を押され、いつものダイニングに大量のシュークリームが並ぶ。

 いくつか食べて気が付いたが、なぜか切込みがないのに、中に入るサイズとは思えない果物たちが詰め込まれている。


「そりゃ、アレだ。魔法で転移させて作ってるからだ」

「料理に魔法使ってるんすか……」


 しかも、転移魔法といえば、相当上位魔法。

 そんな上位魔法を料理に、しかも切って入れればいいようなことに使うなんて、さすがファンタジー世界なんて思っていたフジに、ヘクターが慌てて訂正する。


「そんなやつ、普通いないからな。八柱といると、常識が非常識になりかねん」

「ってことは、八柱の人なんですか?」

「あぁ。八柱のひとりで、三騎士のひとりでもある、魔王軍一の魔女キルケゴーン。それが、このクロカンブッシュの送り主」


 八柱でもあり三騎士でもある実力者。

 この魔法が使える世界ですら、魔女と畏怖される”生命の魔女”キルケゴーン。


「じゃあ、その人が八柱のリーダー的な人なんすか?」


 魔王が手に負えない八柱でもあり、直属の部下でもある三騎士ということは、八柱の中でも、キルケゴーンはまとめ役にあたるのだろうか。

 しかし、その疑問にヘクターは困ったように眉を下げた。


「リーダーってわけではないなぁ。まぁ、近いかもしれないが。年季は入って――」


 轟音と大きな振動がヘクターの言葉をかき消す。


「オジサン」

「お前さんが言っても怒らないのに……」

「女の子が言う年増と中年のオッサンに言われる年増はだいぶ意味が違――」


 また轟音と振動。

 ここまでくれば、フジでもわかる。このクロカンブッシュを送ってきたキルケゴーンが、この会話を聞いて文句代わりに攻撃してきているのだ。

 キザナとレイルは、こわばった表情で窓から外を眺めており、カリノは変わらずクロカンブッシュを食べ続けている。


「年増ダメだって、じゃあ」

「じゃあじゃなくて、そういう人になんでギリギリを攻めようとするんだよ!?」


 年齢を気にする女性相手の呼び方を良くない方向で模索するノゾミとヘクターに、ついフジが止めれば、目の前に花が咲いた。


「『その通りだとも! いい子にはご褒美だよ』」


 きっとキルケの言葉を代弁したのだろう。

 わかっているのに、どうして怒るようなことに飛び込んでしまうのか。


「つーか、また監視されてたんだな」

「油断しなくても来るからなぁ……」

「だからって、こんな一方的にボコスカ撃たれちゃ、俺たちの命がないんだけど」

「大丈夫だよ。そもそも、キルケとこの手の勝負はいたちごっこで疲れる……」


 なんとも素直すぎる理由だ。

 だが、少し意外でもあった。今まで聞いていたノゾミの話では、勝負というよりキルケゴーン本人を殺しに行きそうなものだが。

 それだけ実力が拮抗しているのか、魔法に関してはノゾミの方が下なのか。


「監視ってより、暇つぶしと子供の成長を見守りたい親って感じなんだよ。悪気がある感じじゃないから」

「そんな妙に具体的な……」

「魔法を見る感じ、いつもそうだよ」


 そんなことまで、魔法でわかるのか。


「わかるよ? 魔法使いもだけど、呪術師は特にその辺り、強いよ?」


 どういうことだろうかと、首を傾げれば、ノゾミも同じように首をかしげながら答える。


「呪いは特にひどいけど、魔法も、他言語、独自言語、そもそも言語ですらないもので作られたりするから、それを解読する呪術師は”読解”のスキルは高いよ」


 つまり、先程のフジの前に咲く花も、魔法から送り主の言葉を察して、言葉に訳したということだろう。


「さっきの話だと、あくまで潜在能力なんすよね? ”読解”ってことは、相手の心を察するとか空気を読むとか、その辺も得意ってことっすよね」


 目の前にまた花が咲いた。


『その通り!』


 そう言われた気がした。

 ノゾミの目も、少し拗ねたようにその花を見つめている。


「ってことは、いつも、わざとしてたんすね」

「察しても、その意を汲む理由にはならないよ。もう気にしてあげるのは、あんまりしないことにしたし」

「だからって、いつも出来上がる少し前に、明らかに味見の量じゃない量を要求してくるのはやめてください」

「フジだって入れてくれないじゃん!」

「誰も入れねぇよ!」


 スープの味見といって、持っていたマグカップのお茶を飲み干し、差し出す奴いるか? 普通。

 豆皿とかにしろと言ったところで、出てきたのは普通の平皿。空気を読まないというより、完全に嫌がらせだ。


「いたちごっこにしろ、一旦きれいにしておいてくれ」


 ヘクターの言葉に、ノゾミも頷いた。

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