第8話 スキル

 魔王城の最上階。

 族長たちですら、容易に立ち入ることのできない、魔王軍の長である魔王がいる部屋。

 そんな、来るものすべてが恐れを為す部屋を騒々しく開く女がいた。


「ビックニュースだ! 聞いてくれよ!」

「……」


 静かに額に手をやる魔王を気にした様子もなく、女は軽い足取りで玉座の前まで歩いていく。


「あのノゾミが召使を雇ったんだ! どうだ? 驚きだろ? これで、少しは箔が付くってものじゃないか! 娘の成長ってのは母としてはうれしいものだな」

「母というか、年齢的にひいひいば――なんでもございません! うぎゃぁぁああ!!」


 言葉を発した人形が水に包まれて、すごい勢いで回転する。


「なにより! 人間のオスなんだ! しかも、すっごいふつーの子!」

「……それで、その報告のためにきたのか?」

「そうだよ」


 ケロリと答える女に、魔王も当てた額に痛みが走る気がした。


「あぁ、あとは、お祝いにケーキを送ろうかと思っているんだが。

 やっぱりクロカンブッシュがいいと思うんだけど、ついでにここに招待するか迷っているんだ」

「却下だ」

「えーーなんでだよー」

「そもそも、ノゾミの召使が長く勤められる見込みがあるか?」

「あるから、あのヘクターがノゾミに紹介したんじゃないか」

「そんな人間が普通といったのか」

「まぁ、他に比べりゃ、多分なんでも普通になるぜ?」

「……」


 疲れたように、床で頬杖を突く人形に、魔王も何とも言えない顔で見下ろす。


「許可くれないなら、ここに来た意味がないじゃないか。寄越せよー」


 口をとがらせて文句を言うが、冗談などではない。本気で、寄越せと言っているのだ。この女は。

 それこそ、その手に持った杖で暴れて、実力行使に出る可能性もあるだろう。


「そもそも、ついこの間来たばかりの奴が来るとでも?」

「う゛……それを言われると、困るなぁ……絶対に来ないし、魂の契約書を結ばせるのも、警戒されるだろうし。どうしよう……」

「ちょっと待てば?」

「外堀埋めるか!」

「話聞いて!?」

「聞いてるよ。とはいえ、ノゾミたちの時間は有限だ。早いに越したことはない。いい感じのタイミングで、絶対に呼べるように外堀を埋めるだけさ」


 疲れたとばかりに、ため息をついた魔王。

 もはや、決定事項だ。疑問も否定も介在する余地はない。


「勝手にしろ」

「悪いな」


 気苦労がわかるように、人形は相変わらず床に頬杖を突きながらいった。


***


 肩で息をしながら、魔獣に刺さった剣を抜く。


「多少はマシになってきたんじゃないか?」


 フードを被ったキザナが、草陰から現れる。

 毎日のように、キザナやレイルからは罠の作り方やモンスターや魔獣の習性を習い、倒す方法を教わっていた。

 今では小さい物であれば、一人で倒せるようになった。


「だけど、アンタは別にモンスター狩れるようになる必要はないんじゃないか?

 実は、ノゾミを倒そうとしてるとか。アレでも幹部だからな。可能性があるとすりゃ、寝首かくとかか?」

「ち、違うから! そんなことするわけないじゃないだろ!?」


 単純な話、日本よりも圧倒的に物理的な力が必要な場面が多い。

 むしろ、法律が成立していた日本は、この世界に比べて平和的だった。権力が一番なのは変わらないが、そこに妙に関わってくるのが『殴って死んだらお前の負け』という感覚。

 冒険者だからという理由はあるだろう。だが、冒険者相手が多いこの世界では、少なからず共通認識として誰もがせめて自衛ができる程度の戦闘力が必要であった。


「おすすめはしないぜ」

「だからしないって!」


 フジにとって、ノゾミやヘクターは自分を守ってくれる存在なのだ。

 わざわざ裏切るような真似はしないし、そんな真似をした日には、ノゾミが解呪ついでだと、呪符にされたあの呪いが再度かけられることは容易に想像がつく。


「だいたい、魔王軍の幹部っていうなら、もっとこう大量に部下がいるとかはないんですか?」

「そりゃ、部族長たちの話だろ。三騎士はまだしも、八柱はちゃんと部下らしい部下を持ってる連中なんて一部だよ」

「ヘクターさんは三騎士なんですよね?」


 今のところ、部下らしい人とは会ったことがない。レイルやキザナがそうだといえば、そうかもしれないが、まさか幹部の部下が三人だけということはないだろう。


「オッサンは、もう他人の命なんて任されたくないってよ。まぁ、ノゾミのストッパーだからなぁ……下手に作れないってのが本音だろうが」


 呆れたようにキザナがため息をつく。


「ノゾミは変な奴から好かれまくって、我こそはって名乗りを上げてきた奴らも多かったな」


 問答の余地なくノゾミとカリノから虐殺が行われたそうだ。


「お、俺、殺されない?」

「さぁ」


 まさか、あの時、葛切りが作れなければ死んでいたとかはないだろうか。


「ありえるんじゃないか?」

「こっわ!!」


 しかし、あながち冗談ではないことがわかってしまうのが悲しい。


 ふと、キザナが森の奥へ目をやると、頭を低くする。

 森の奥にモンスターがいたのだろう。フジもキザナに習い、頭を低くし、息を潜める。


「……そういや、アンタ、暗視のスキルないのか」

「暗視?」

「そもそもスキルって知ってます?」


 素直に首を横に振れば、キザナは眉を下げた後、続ける。

 もはや、世間知らずな奴とは思われているが、わからないといえば説明してくれる辺り、本当に助かる。


「魔力を通して、引き出した潜在能力ってところだ。魔力の消費は少ない分、魔法よりも使い勝手がいい。

 魔法みたいに技巧術士に高い金を払う必要もないしな」


 魔法は高額な施術費を払って、技巧術士に体に魔術を刻み込ませなければいけないが、スキルは違うらしい。


「スキルランクが高いやつから教わればいいからな」


 スキルは潜在能力である分、個人差がある。そして、ある程度高ければ、他人へ魔力を通して他人へスキルを教えることができる。

 技工術士に頼む魔法に比べて、ずっと手に入れやすい存在である。


「ま、暗視なら俺でも教えられるし、持ってた方が何かと役に立つスキルだからな。手、出しな」


 差し出された手に、手を乗せれば、流れ込んでくる魔力。

 手を離された後、暗い森の奥を指さされ、のぞき込む。

 相変わらず暗い森だ。

 だが、先程よりもはっきりと陰影は見える。


「蛇?」


 森の奥、はっきりと見えるわけではないが、独特の光沢をもった寸胴ななにかが横切っていた。

 それは、想像する大蛇よりもずっと大きい大蛇。人間や牛では、ポテチ1枚程度にしかならなさそうだ。


「この辺、沼の主だ。リアスで、一番懸賞金の高いクエストになってるやつ。依頼書見たことあるだろ?」

「あぁ……そういえば」


 あまり関係ないかと思って、しっかり読んではいないが、家畜や人間を襲う魔物だ。

 魔王軍ではないが、冒険者には魔王軍と間違えられ、それに怒り、コノハとヘクターを喰らいに屋敷へ襲撃してきたことがあるらしい。


「結局、カリノが尻尾切り落として、それ以降不可侵になってるんだよ」


 今、キザナとフジは、それを軽く無視しているわけだが。

 むしろ、この辺りの森は、レイルもカリノもよく来ている気がする。


「負けて沼に引きこもって、『俺の領地へ踏み込むな』だぞ? ただの捨て台詞だろ」

「た、確かに……」


 そこだけ聞くと負け犬の遠吠えのようにも聞こえる。

 しかし、あの大きさに確かにこの辺りを主というだけあり、他のモンスターが逃げるほどの力は持っている。弱いわけではない。


「ご近所トラブルはめんどくさいしな。隠れるのが一番。っつーわけで、ノゾミには秘密な」

「え、なんで?」

「下手に殺されて、この辺の生態系が崩れると、それこそ面倒なんだよ」


 負けて引きこもっているにしろ、この辺りの主であることもあり、パワーバランスに大きく関わっている。

 それを、単純に目についたという理由で殺すなど、パワーバランスの破壊もいいところだし、破壊された後に起きるのは、縄張り争いだ。

 それも、ある程度強者を間引いた後での決闘ではなく、下克上、乱入ありの無法地帯になりかねない。


 思い返して盛れば、レイルもクエストついでに、モンスターの分布や勢力図を確認ついて調べていることが多い。

 魔王軍の管理の問題かとも思っていたが、モンスターにも魔王軍に属していないものは多く、そういったモンスターたちの勢力図というものも、魔王軍には重要な情報になる。

 それこそ、大蛇のようにモンスター側にも、魔王軍へ反抗してくるモンスターは少なからず存在する。

 進行してくる冒険者退治も重要だが、反抗するモンスター対応も同じくらい重要な問題だった。


「なんか、薄々思ってたけど、魔王軍って結構世知がない……」

「ホント……こんなんで、人間滅ぼすって言ってた初代魔王様は、いったい何考えてたのやら」

「それ、言っても大丈夫なんすか?」

「地獄から呪われたら、そん時はそん時だ。スキル教えてやった礼に、ひとつあの呪術師様に世話係の返礼を用意してくれるよう頼んでくれ」


 キザナの言葉に、フジも頷いておく。

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