第6話 買い出し

 ベッドの中。妙な感覚に、視線を下げれば、そこにあったのは頭。


「!!」


 ノゾミだ。

 なぜ、同じベッドで寝ているのか。

 そもそも、この状況はいろいろマズいだろう。


 起こさない様に抜け出そうと、体をずらすとうめき声。


「さむい」


 ご要望通り、すぐに掛布団の隙間を埋めれば、抱きかかえるように包まった。

 その隙に、ベッドから降りれば、ノゾミの後ろでもう一人大男が寝ていた。


「……」


 いまいち状況が理解できないが、ふと明るくなっている部屋に、窓へ目をやれば、光が漏れている。

 朝だ。

 酒場で、剣士にぼこぼこにされて目を覚まして、それからノゾミに解呪をしてもらって、また意識が戻り、光が指しているということは、夜は何も起きなかったということだろうか。


 何も起きない夜。

 普通のことなのに。


 うれしかった。


「起きたのか。ならちょうどいい。そこの寝てる嬢ちゃん起こすの手伝ってくれ」

「あ、はい」


 部屋に入ってきためんどくさそうな顔をしたキザナに頷く。解呪替わりに、ノゾミの世話係を任されたのだし、朝起こすのも仕事のひとつだろう。

 揺さぶるが、頑として起きない。


「あと五時間」

「せめて五分にしろよ」

「三十分」

「五」

「じ」

「分!」


 布団を剥ぎ取るが、隣ですでに起きて座っているカリノへ擦り寄り、暖を取り寝ようとしている。なるほど。キザナがめんどくさそうな顔をするわけだ。


「姐さん、今日葛粉買いに行くって言ってなかったか?」


 カリノの言葉に呻くノゾミは、もぞもぞと動き、カリノの膝へ頭を乗せる。


「う゛ーー……」


 呻き声が無くなると、聞こえてきた寝息。

 すると、当たり前のようにカリノが、ノゾミを小脇に抱えていった。


「……えぇぇ」

「ま、慣れてくれ。俺たちは用意してようぜ」


 キザナのいう行商は少し遠い町にいるため、馬に乗っていった方が早いという。


「俺、乗ったことない……」


 小さい時に、旅行でポニーの乗馬体験はしたことがあるが、自分で手綱を持つことはしたことがない。


「マジか……なら俺と――」

「カリノと乗れば?」


 ノゾミの一言で、カリノの前に座ることとなったが、背中の微動だにしない壁に気まずい空気が流れる。

 何か会話の種がないかと、ないコミュニケーション能力で記憶を探るが、このカリノという男は、戦っているところ以外見たことがない。

 キザナたちにも、バーサーカーと言われるくらいだ。基本的に、戦い好きなのだろう。

 そんな人間に、どうやって接すればいいか。どう会話を切り出せばいいか。


「……」


 無論、戦いの会話なんて無理だ。できれば、平和的な会話がいい。

 この男が、獰猛な笑みをしていない時。


「あ、あの」

「あ゛?」

「ノゾミさんって、葛切り好きなんすか……?」


 ノゾミと話していた時だ。


「まぁ、そうだな」


 意外にも、穏やかに返された。


「ヒノモトは鎖国してたせいで、ロクに外に文化が流れてねぇからな」


 好物が生まれた国と共に無くなるというのは、確かに悲しいことなのかもしれない。

 海外に行った人が、みそ汁が飲みたくなるのと同じなのだろう。今は、別に何も思わないが、いつか飲みたくなるのだろうか。


「お前、作れるんだな」

「た、たぶん……作り方は、なんとなくわかるので」


 原料と作り方をどこかで聞いたことがある程度ではある。日本のように、原料がスーパーのお菓子作りコーナーで売っているわけでも、ネットで作り方を調べられるわけではないため、味の保証は正直ない。


「きなこ作れるか?」

「きなこ? 大豆炒って擦るってくらいなら」

「そうか。姐さん、きなことか豆腐とか好きだから、その内言われるぞ」


 もしかしたら、この人は戦闘がバーサーカーなだけで、話のわかるいい人なのかもと、一瞬だけ脳裏によぎったが、すぐにその考えは消える。ノゾミが物理的に持ち運ばれている姿を、この2日で何度も見た。


「いらっしゃい」


 キザナのいう行商というのは、どうやら薬屋のことだったらしい。

 小さな屋台に近づけば、独特な香りが鼻につく。


「相変わらず寂れてるな」

「若いもんはみんなポーションが好きだからな」


 道具の中でも高価な部類のポーションは、手軽で安価。収入が安定しない冒険者からすれば、それが一番だ。

 その高価なポーションの上を行くのが、目の前に並ぶ生薬。効果は数日単位だが、ポーションのように即効性はなく、粗悪なものではほとんど効果が得られない。

 なにより、ポーションの三倍近くの値段がする。加工できる知識と技術がある人であれば、値段相応の効果になるらしいが、そういった特殊技術を持っている人は、多くない。


「とりあえず、葛の粉だな。それから……シラユリの根とオキハブの苦袋」

「はいよ」


 案外あっさりと手に入った葛粉。


「他に必要なものは?」

「黒蜜っすかね」

「黒、蜜? ただのはちみつじゃダメなのか?」

「それでも別に――ノゾミさんがすごい嫌そうな顔してるんで、今回はなしで」


 キザナも振り返って、心底嫌そうな顔をした後、肩をすくめた。


***


 沸騰したお湯の中に、慎重に葛粉を溶かした液体を敷いたアルミ製の皿を沈めていく。

 先程のカリノの言葉を考えると、ノゾミが好きなのは、和食の部類ということだろう。一応、頼まれた時のことを考えながら店を回っていたが、やはり第一の問題として、レシピだろう。鎖国していたとなると、資料を見つけるのも難しいかもしれない。このうろ覚えの知識でどこまで対応できるかは心配だが、そこは試しながら料理をしていくしかない。

 あとは、毎回買い物についてきてもらわなくてもいいよう、馬にも乗れるようにしないと。


「なんだよ。馬に乗れないなら言ってくれれば、僕が乗せて上げたのに」

「イヤな予感がするので、結構です」

「せっかく乗るんだ。風になりたいだろ? 君と僕の仲だ。ロデオだって決めてやるよ」

「そーゆーのだよ!!」


 帰ってくるなり、絡んできたレイル。

 

「だいたいさー葛切りなんて何かと思ったら、小麦を水に溶かしたのをお湯に入れてるだけじゃないか」


 確かに、見た目は似てる。


「とりあえず、僕にも作れよ?」

「はいはい」


 金はヘクターに出してもらったのだ。ここに住んでいる人分は最初から作るつもりだ。

 茹で上がった葛切りを取り出して、水の中に放り込み、また新しい生地を注いで、鍋へ沈める。


「……君さぁ、あの呪いのことはわかるけど、それでノゾミの世話係を引き受けるなんて無謀だぜ?」

「そんなに気分屋なんすか?」


 ヘクターもその辺にいるモンスターより大変だと言っていた。

 今のところ、別に気分屋で、子供っぽいが、それくらいだ。


「あのねぇ……ちょっとはみ出たくらいの人間が魔王軍の八柱なんて務まるわけないだろ」

「八柱?」


 初めて聞いた言葉だ。


「……マジか。いくら駆け出し冒険者でも知ってるだろ。どんな田舎から来たんだよ」


 別世界からです。

 なんて、言ったところで、信じてはもらえないだろうけど。


「じゃあ、魔王軍の三騎士も知らないな?」

「知らないっす」

「はぁ……仕方ないなぁ。まぁ、知らずに殺されても困るし、ちゃんと覚えろよ?」


 魔王軍は、文字通り魔王が率いる魔族を中心とした軍団であり、数百年前に人間と争い始めた。

 しかし、長すぎる戦いは、徐々に両者を疲弊させ、ついには均衡状態となり、現在は、各所で小競り合いが起きる程度となっている。

 確かに、いまだに魔王討伐はギルドが掲げる目標であり、王都の冒険者は魔王討伐に積極的なものも多い。だが、冒険者全体から見れば、少数に当たる。


 現在も、代替わりこそしているが、魔王軍のトップは魔王に変わりはない。

 そして、幹部である各種族の長たちと、魔王直属の部下であり三騎士と八柱と呼ばれる存在がいる。


「その三騎士のひとりが、あのオッサン」

「……ヘクターさん!?」

「そ」


 水から引き上げていた葛切りが手から滑り落ちる。


「まぁ、三騎士はいいよ。あの人たちは話ができる。問題は八柱の方」


 レイルが言うには、八柱は会話が成り立てば、運がいいという。


「正直な話、魔王ですら、手を焼いてる連中を八柱に押し込んでるって話だしね」


 魔王軍の大打撃になる内乱は、必ず八柱が関わっているという。

 それこそ、過去最悪の事件としては、魔王と戦い、倒してしまった前例があるらしい。


「…………」

「わかったろ? 八柱なんて、頭のネジどころか、素材すら僕らと違う連中だよ」


 細く切った葛切りを一本つまむと、口に入れるレイルは、眉をひそめた。


「味ない」

「こっちの黒蜜つけるんすよ」


 まだ冷めていないが、黒蜜を渡し、もう一度つけて口に入れれば、何とも言えない顔をした。


「ホットケーキの方がよくない?」


 素直すぎる感想だった。

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