第4話 討伐クエスト
翌朝。
これからのことをどうしようかと考えながら、朝食の食器を洗う。
考えてみれば、この世界に来てから、家事なんてしたことがなかったし、ベッドでちゃんと寝たのも久しぶりだ。
「……」
服装とか屋敷の大きさからしても、招き入れてくれたヘクターは貴族なのだろうか。
だが、使用人のような人は見かけなかった。見かけたのは、レイルに、盗賊のキザナに、あの大男のカリノだけ。
使用人という感じはない。
「……」
「……うわぁぁあ!?」
いつの間にか、鍋の中を覗いている女がいた。
こちらを見れば、中を指さしていた。
「え、た、食べたいんすか?」
頷かれた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 皿にいれるんで!」
皿を用意している間に、じっとお玉に掬ったスープを見つめる女は、ゆっくりとお玉を持ち上げ始める。
「そのまま飲まないでくださいよ!? ほら! 貸して!」
お玉を奪い取り、改めてスープを注ぐ。
いつの間にか温め直しまでされてた。
「……味見とかお玉からしてる人いる」
「俺としてはなしです」
不貞腐れたように、立ったままスープに口をつける。
初めて見た人だ。この女も使用人には見えないが、ヘクターの娘だろうか。
しかし、初対面の人間が屋敷にいるというのに、これほどまでに反応がない物か。
それとも、自分が気づかなかっただけで、遠目に見られていたのだろうか。
「姐さん。ここか?」
台所に顔を出したのは、カリノ。
「ご飯食べてる」
「モンスター狩り行こうぜ」
「……食べたらね」
「おう!」
大型犬のような笑みで頷くカリノを尻目に、スープを飲むスピードは変わらない。
「……あ」
「?」
「カリノ、この人のこと知ってる?」
「知らねぇ」
「そっか」
それ以上話が進むわけでもなく、ふたりの中で会話は終了したらしい。
「……え、えーっと、自己紹介とかした方が、いいですかね?」
「え……別に、どっちでも」
「そ、そっか……」
気まずい空気が流れる。
コミュ力が高ければ、ここで自己紹介でも、小話のひとつでもできるのだろう。
俺にそんなものはなく、心の中で助けを呼ぶことしかできない。
「やっぱりここだった。カリノ、モンスター狩りにいくんでしょ? だったら、カエンアリの巣の駆除してきてよ」
心の叫びが届いたかはわからないが、現れたレイル。
モンスター狩りにいくと言ってたから、ちょうどよかったかもしれない。
「高額クエストになってたんだよ」
「遠いのヤダ」
「近いよ。ほら」
女に拒否されるが、レイルが地図を見せる。
空になったスープカップを置いて、地図をのぞき込めば、思っていたより遠いが、近いとも言えなくはない距離の場所に、女も口を噤んだ。
カリノにとっては、それで十分だ。
「んじゃ、ここいくか!」
「え゛」
そういうと、カリノは女の返事も聞かず、俵のように抱えると、出て行ってしまった。
「フジはどうする? 見に行く? どうせヒマだろ?」
「夕方まで捕まえるつもりだろ」
「バレたか。じゃあ、正直に言うよ。ぜひとも、君の絡まれっぷりを見たい!」
「サイテーだな!!」
しかし、生活費を稼ぐためのクエストを行う以外にやることがないのは事実。
むしろ、クエストを受けなければ、生きていくこともできない。だが、正直17時の呪いを考えるだけで、今日を生きようとも思えなくなる。
「んで、ついてきたわけ?」
キザナに呆れられるが、別に邪魔と気にしているわけではないらしい。
木に寄り掛かりながら、砂地にある土の山を眺める。その周辺では、羽の付いた巨大なアリが、侵入者を追い出そうと目の前のカリノに襲い掛かっていた。
「あれ? さっきの女の人は――」
近くにいないと、キザナに聞こうとすれば、横に座っていた。
「うわぁぁあ!?」
「ん?
――げっ……いつからいたんだよ!? アンタ!!」
「さっき」
返事こそするが、目はじっとフジを見つめていた。
「もしかして、フジの呪い気にしてます?」
「気にしてない。けど、魔王がゴニョゴニョした人じゃないよね」
「あぁ……そういうこと。そこんとこは大丈夫だぜ。こいつは、ただのオモシロ呪いにかかった一般冒険者だからな。
それを酒の肴にしたい、そこの楽観主義者が連れてきただけ」
「イエーイ」
他人事だからと、楽し気にピースまでしているレイル。
「でも、昨日はヘクターが連れてきたんだからね。僕じゃない」
「オジサンが? あの人、いい人だけど、お人よしじゃないのに?」
尚更、不思議そうにフジを見つめる女。
「オモシロ呪いのせいじゃないです? カリノも前に反応してたし」
「……たし、かに、へんな呪いだけ、ど」
妙に途切れ途切れの言葉だが、その目はどこを見ているかわからない。
目が合っているのに、合っていない。
「……」
「夕方に男女トラブル(種族問わず)に巻き込まれる呪いらしいよ」
「なにそれ見たい」
「クエスト終わった後に、酒場で豪遊しようぜ」
「ホントにやめて」
絶対、酔っぱらった冒険者夫婦か恋人同士が喧嘩する。しかも、冒険者のおかげで規模が大きくなるのは必須だ。
カエンアリの死体の中心に立つカリノへ、近づいていく女。
カエンアリの死体は、炎耐性のある道具や防具になるそうだ。クエスト報酬に加えて、そちらも追加で金になるという。
「討伐クエストにはそういうの多いけどな」
「へぇ……じゃあ、討伐のほうが儲かるのか」
「強ければな」
重要すぎる条件だ。
討伐クエストになれば、報酬はいいし、臨時収入もあるが、武器防具はもちろん、ケガもするし、罠や道具も使う。
カリノのように、槍の一薙ぎで三匹とかを倒せるなら、出費より利益の方が高くなるだろうが、実力が拮抗するレベルなら出費の方が上回るそうだ。
足元に転がる大きなアリを軽く叩いてみれば、鉄のような音が鳴る。
「魔法とかは?」
戦いは肉弾戦だけではない。事実、ギルドに魔法使いのような恰好をした冒険者がいた。つまり、魔法も存在するはずだ。
だが、キザナの表情は優れない。
「オタク、魔力判定いくつ?」
「魔力判定?」
「ギルドに登録した時にプレートにかかれなかった?」
プレートを裏返せば、刻まれた文字。
「Cだねぇ」
「なら、魔法はやめとけ」
絶望的ではないが、効率的ではないらしい。何より、魔法を使えるようにするのも高額らしい。
安い物でも、ここにいるカエンアリ全て売るくらいに。
「フジカズト……」
「あ゛……」
レイルに名前を読み上げられて、少しだけ慌てる。
何度か名乗った機会があったが、不思議そうな顔をされるか、表情を強張らせるかのどちらかで、最近では”フジ”と名乗っていた。
読み上げたレイルも、いつものお調子者の笑顔ではなく、口端が下がっている。
「もしかして、ヒノモト出身?」
「いや、日本……あ、いや……日ノ本っていうんだっけ……?」
だいぶ古い呼び方というか、畏まった呼び方ではあるが。
「……ねぇ、確認するけど、あのふたり、本当に知らないよね?」
「え……ゆ、有名な人なんすか……?」
もしかしたら、あのふたりはその”ヒノモト”って場所では有名なのかもしれない。
しかし、知っている日ノ本とは別世界の話で、知るはずもない。
「……嘘では、なさそうだね。ビビらせるなよ」
「って、俺からしたら何の話かわからないんすけど」
「ただ頭のおかしい連中が多いってだけだよ。あと、一晩で滅んだ国だからね。生き残りなんてレアだし」
「一晩で滅んだ……? それって、魔王軍にやられて、とか……?」
「まぁ……間違ってはいないんじゃない? 世界七大事件のひとつだよ」
一晩で滅んだ国”ヒノモト”
その謎は、多くの学者が調べているが、いまだ解明に至ってはいない。
魔王軍に攻められたとして、一晩で滅びるような国力の国ではない。
むしろ、普段は内乱が多く、それを魔王軍へ向けてくれれば、魔王軍を倒しくれるのではないかと言われるほどの戦力が揃っていた。
なのにどうして、一晩で跡形もなく滅びてしまったのか。
「……んー」
「どうした?」
「んん? うん。あの呪い、なんだろ、変」
「殺すか?」
「どっちでもいいよ。マルスとかキルケのところに、持っていく? どうしよ」
悩む姿に、キザナは何とも言えない表情でふたりを見つめ、フジの肩に手をやった。
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