第3話 友人と呼ぶにはアウトロー

「アハハハッ! ハッハハハッ!!! アッハッハッ! だめ、だ! 笑い死ぬ……!!」


 憚ることなく笑い転げる少年と、声こそは出していないが肩を震わせている盗賊の男。

 言わされた。

 銃まで出して脅された。

 こんな酒の肴オモシロ話逃すものかと。


「そんな陰湿……!! くっだらない呪いって……!! ヒッヒッ」

「いや、まぁ、本人にとっちゃ死活問題だわなフフッ」

「自分でもわかってますけどね!? 笑いすぎじゃない!?」

「生温かい目を向けられるよりマシだろぉ? アッハハッ」


 そう言われるとそうだが。

 むしろ、大男が無反応ってのが、逆に辛い。

 いっそ笑ってほしい。笑ってくれた方がマシだ。おっしゃる通りです。


「はぁ~~……笑った笑った。

 いやーこれは言いたくない。わかるわかる。僕も男だ。こんなおいしい呪いは内輪ネタにしておくよ。

 なんなら、腹減ってない? 今晩ぐらい奢ってあげるよ」


 まだ笑いが収まっていないようで、口元が緩んでいる。


 結局、元の町の酒場に連れていかれた。

 いじられたが、約束通り奢ってくれた。久々のまともな食事を腹に収めていく。次はいつまともな食事を取れるかもわからないのが、この世界だ。食べられる時に食べておかなければ。


「見つけたぞ! 貴様! 逃げ出しやがって!!」


 思っていた以上に早く、酒場にやってきた遊郭の使用人の男。

 監視していた男が死体となり、生きて戻ってきたが自分ひとりという、この状況。監視の男を殺したのが自分、もしくは自分たちと勘違いされる可能性が高い。

 すぐに逃げようと立ち上がろうとした時、足が踏まれた。


「――ッ」


 面白いからといって、やっていいことにも限度がある。

 なにより、こちらからすれば死活問題だ。

 ふざけんなと、叫ぶより早く、銃声がひとつなった。


「先客だぜ? 僕は。横取りするってんなら、今度は当てるよ?」


 男の肩に赤い染みが広がっていく。

 どう見ても、すでに当たっている。


「イヤだなぁ。脳天に当てるって意味に決まってるじゃないか」


 曇りない笑顔が逆に怖い。

 しかし、この冒険者の集まる酒場は、静まり返ってこちらの様子を伺いはするが、悲鳴を上げる人はひとりもいない。あくまで日常の光景なのだろう。


「やめときな。そいつはチビでも、狙撃の腕だけは一流だからな」

「よぉーしっ! 今晩は気分がいい! リンゴ替わりが2個も名乗り出たんだ! 腕が鳴るね!」


 刀を抜こうとした使用人を冒険者のひとりが止めれば、少年レイルは銃を構えて立ち上がった。

 その様子に盗賊の男は、静かに頭に手をやる。

 しかし、レイルの期待とは裏腹に、使用人は早々に逃げ帰ってくれた。分が悪いと思ってくれたのだろう。本当に良かった。


 朝日が昇るころ、ようやく解放され、徹夜明けの吐き気に襲われながら、急ぎ町を出る支度を進める。


 昨夜は、レイルが助けてくれたが、今日はそうはいかない。

 早いところ、この町から離れなければ。

 17時になる前に、隣の町へ着かないと、またモンスターの番争いに巻き込まれかねない。

 今度は死ぬ。


 この過激な嫌がらせという呪い。

 本当に迷惑でしかない。


 町の外は、最近ではすっかり見かけなくなった自然ばかり。

 モンスターがいなければ、のどかなもので、気が楽なピクニック気分だ。


「ずっとこうならいいのに」


 毎日タイムリミットがあるなんて、今だけは忘れていたい。


 日は暮れかけているが、辿り着けた隣町。

 モンスターよりは、人間の方が命の危険は少ないだろう。精神的には辛いが。


「!!」


 どこか雨風をしのげる場所を探していれば、不自然に体を震わせた女がいた。


 ”この時間帯”に”俺を見て””不自然に体を震わせた”。

 十分だ。


 覚悟を決めれば、女が構えたのは小さなナイフ。


「ふ、復讐に来たの!?」


 これは勘違いパターン? 浮気のトラブルって本当に多いんだなぁ。


 すでに、心は遠くにいた。人間の方が精神的に辛いだけだと思った数秒前の自分を殴りたい。

 自分はそれで、命を一度落としているじゃないか。


「そ、そりゃ、あなたを売ったのは、少しは悪いと思ってるけど……」

「……あ! 俺を身代わりにした女!!」

「な……! いまさら!?」


 勘違いじゃない。

 本当に、俺を身請けしたと嘘をついて逃げた女だ。


「と、とにかく! 今はもう、私は、彼と幸せになるって決めたの!」

「ふざけんな! お前のせいで、俺は死にかけたんだぞ!?」

「男ならそのくらい受け入れなさいよ!」

「女も男もあるか!! 彼と幸せになるっていうなら、その彼とやらに金を頼めばよかったじゃねーか!」

「っできるわけないでしょ! バカじゃないの!?」

「はァ!? 他人を身代わりにはできるのに!?」


 すると、女は目を見開き、顔を真っ赤にすると、鋭い目つきに変わった。

 ものすごく、イヤな予感がする。


「キャァァァァァ!! 助けてェ!!」


 甲高い声で、女が叫ぶ。

 周りの目が、一斉に俺へと向けられた。


 あ、ひどい。


 屈強な正義心を持った人が来る前にするべきことは、ただひとつ。

 痴漢の冤罪と同じだ。


 逃げる。


***


 せっかく辿り着いた町だが、今日は野宿になるらしい。

 問題だったモンスターのいざこざに明日まで巻き込まれないことが、唯一の救いだ。

 明日もこうして、怪しい時間帯に町にいて、他の時間は外にいるって生活を繰り返そうか。


「いっそ、モンスターのいざこざに巻き込まれたほうが、いいかも、なぁ……」




「――。――」


 揺すられ、呼びかけられる言葉に、目を開ければ、整った身なりをした中年の男が心配そうな目で俺を見ていた。


「あぁ、起きたか。こんな時間に、野営も張らず野宿か? 町の近くとはいえ、危ないだろう。町に入らないのか?」

「あ、いや、その……もう、外にいた方が、ラクで」


 そうだ。人にだって殺されそうになって、モンスターにだって殺されそうになって。

 どちらがいいかと考えてみたら、モンスターの方がただ殺されるだけだ。身ぐるみも剥がされなければ、変な疲れもない。


「事情はわからんが、お前さんも大変だな」

「……お気遣いなく」


 頭に乗った暖かさに、高校にもなって泣きそうになった。


「そうだな。お前さん、料理はできるか?」

「へ……?」

「実はオジサン、料理ができないんだ。だっていうのに、今日は帰っても、料理ができる人がいなくてな。明日まで空腹を誤魔化して布団にもぐるかと思ってたんだが。

 もし、お前さんが料理ができれば、代わりに今晩一部屋を貸してもいい。どうだ?」


 きっと気遣いだ。

 だけど、その優しさが今の俺にはひどく沁みた。


***


 その人の屋敷は、町の外にあった。


「あれ? フジじゃん」


 そこにいたのは、レイルだった。


「知り合いか?」

「まぁね。いい酒の肴になったよ。泊めるの?」

「あぁ。台所に案内するよ。温かいスープでも作ってくれると嬉しいねぇ」

「は、はい!」


 台所に案内されながら、レイルはおもちゃを見つけたような笑みでついてきた。


「いいねぇ。どうせなら、今日はどんな男女トラブルに巻き込まれたのか教えてよ」

「どういうことだ?」


 全て、レイルに言われた。

 絶対、笑われると、視線を上げれば、呆れたようにため息をついていた。


「お前さんも、難儀な呪いかけられたな」

「そう、っすよね、ホント」


 笑うしかない。


「まぁ、明日の夕方までは、大丈夫なんだろ?」

「はい。なので、今晩は、迷惑かけないかと」


 明日の夕方までは、何も起きない、はずだ。

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