第2話 呪い

 女は怖い。

 愛が拗れて、自殺しようとしたり、挙句、他人を下敷きにする。

 生意気に口答えしたからって、妙な呪いをかけてくる。

 理不尽もいいところだ。


 目の前に広がる、何世紀前のヨーロッパのような街並み。

 日本人の自分にも妙に見覚えがあるのは、ゲーム様様だ。


「……」


 異世界に転生したというのに、服装はそのまま。

 年齢も変わっている様子はない。

 町の人と見比べれれば、明らかに浮いている。むしろ、この服を売れば高くつきそうだ。ブレザーとか貴族とかが着てる服の方が近い気がするし。


「マジでどうすりゃいいんだ……」


 やはり、冒険者ギルドとかいう場所に行くべきだろうか。

 だが、あの平和な日本に住んでいた人が、いきなりモンスターと戦えと言われて戦えるとは思えない。その辺にいる、町の人より弱い自信がある。


「……行くしかないか」


 ここで考えても埒が明かないのは事実。

 そもそも、冒険者ギルドの集会場の場所すらわからないのだから、何をするにしろ、ここで悩むより歩きながら探した方がいいだろう。


「あった……」


 見つけた集会所は、酒場も併設しているらしい。

 受付のような場所に行けば、見慣れない姿に冒険者登録と察してくれたらしく、慣れたように説明を始めた。


「まずは初級冒険者として、簡単なクエストを受けてから、装備を揃えてから難しいクエストへ移行していくのがオススメです。

 他には、上級冒険者のギルドへ入ることもいいと思いますよ。ここには、いろいろな人が集まりますから、声をかけてみるのも良いかと」


 それは、随分コミュニケーション能力が必要なことだ。


「登録料は金貨3枚となります」

「え……」


 金は、ない。

 すっかり忘れていたが、ここは異世界なのだ。言葉が通じるせいで忘れていたが、通貨は無論違うし、あの女神が持たせているとは思えない。


「……ないんですか?」

「す、すみません」

「はぁ……まぁ、いいですよ。そういった方もいますから」

「いるんですね……」


 冒険者というものは、無一文で駆け込んでくる人もいるため、ギルドも救済制度を設けているらしい。

 渡されたのは、小さなタグ。


「冒険者としての印です。もし、モンスターに殺された時でも、そのタグが残っていれば、身元だけは判別できます」


 腕ではなく、首からかけることをお勧めしているらしい。

 腕や足では捥がれる可能性もあり、無くすの危険があるが、首なら無くなったら、死んでいるだろうからだそうだ。

 やっぱり、町に引きこもっていたい。


「このタグは、登録料なしで登録した冒険者のためのものです。簡単なクエストをこなして、金貨3枚分をこちらで受け取ったら、改めて通常のタグをお渡しします」


 それまでは、契約料を払う必要もなければ、報酬も受け取れないのだという。

 タダでしばらく働けということらしい。


 厳しいことではあるが、クエストにも契約料があるのなら、金を貸してくれる優しい人がいない限り、ギルドで食いつなげるなら、今の俺には助かる制度ではある。


「どこかでバイト探すか……?」


 しかし、バイトなどどう探すものか。現代のように、携帯で探せるわけでもない。

 せっかく登録したのだし、クエストが張り出されているという掲示板の、報酬は安いが安全というクエストを眺めてみれば、意外にも危険そうなものはない。


『力の有り余っている冒険者募集! 町の古くなった壁を修繕するためのレンガを運ぶ仕事です』

『犬を探しています! 散歩中にいなくなった犬のポチブクローを探しています』

『きれい好き求む! 近頃、東地区のポイ捨てが増えています。ゴミ拾いをしながら、ポイ捨てする奴らに説教してください。多少の喧嘩は仕方なしとします』


 日雇いバイトみたいなものだろうか。無一文がくるというのだから、この世界では、冒険者は底辺な職なのかもしれない。

 ここから、安全そうでできそうなのを選べば、屋根のない場所で暮らさないといけないことはなさそうだ。


 出来そうなのといえば、犬探しかレンガ運び。


 レンガ運びのチラシに触れた時だ。同じ依頼を手に取ろうとした隣の人と手が触れた。


「!! すみませ――」

「な、なによ!? 私が女だからって、先に取ろうとしてたの横取りするつもり!?」

「は……?」


 何を言っているんだ?


「ダーくんのために、せっかく私が選んだのに……」

「おい。大きな声出してどうしたんだ?」


 現れたのは、レンガ運びがとても得意そうな筋肉ダルマの男。


「あの人が、私が選んだクエスト横取りしたの」

「横取りィ? おい。兄ちゃん。どういうつもりだ?」

「いや、違います!?」


 今が、17時だと気が付くのは、筋肉ダルマに殴られた後のことだった。


***


 初日は、かわいそうだと同情してくれた人もいた。

 二日目も、別れ話が拗れて投げた酒瓶が命中した俺に、運が悪い奴だと笑って、奢ってくれた。

 三日目は、寝取られた彼女を寝取った男に勘違いされ、ぼこぼこにされた。さすがに嫌な予感を感じたのか、人が離れていった。

 毎日、別の場所で、別人と、全く別のトラブルに巻き込まれれば、察しのいい人は巻き込まれたくないと離れていく。


 四日目、今日は貴族落ちがいやらしい勧誘をしたと勘違いされた。

 五日目、借金を背負っていたらしい娼婦が、俺が身請けしたのだと嘘を吐いて逃げた。


「もう嫌だ……」


 娼婦の代わりに働かされている場所で、食材を町の外で採取してこいと言われ、監視の男と共に町の外にいた。

 監視兼護衛だ。

 町の外には、モンスターもいる。考えようによっては、食材集めの奴隷に対して、護衛を付けるなんて好待遇とも思えるかもしれない。

 なにより、町の外で、一緒にいるのは同性だけ。

 これで、男女のいざこざにどう巻き込まれるというのか。

 ある意味、今が安全なはずだ。


 もうすぐ、悪魔の時間が来る。

 木の実を摘む手が震える。正確な時間がわからないだけに、おそろしい。


 心臓の鼓動がやけに大きく聞こえる。

 

 その訪れは、思った以上に小さな音だった。

 手羽先を食べやすく折った時のような、そんな音。


 振り返れば、そこには鎧を着た熊が二頭いた。


「……」


 奥には、手前にいる熊より一回り大きそうな熊。


「まさか……」


 番の取り合い。


 人間がいないなら、モンスターでもいいらしい。この呪いは。


 熊からすれば、完全に決闘の邪魔をする存在だ。

 言葉が通じるわけでもない。


「……」


 これは、死んだ。


 前に比べて、死ぬ前に死ぬと分かるだけ進歩だと思おう。

 次は、妙な女に絡まれない人生であることを願って、目を閉じた。


 しかし、いつまで経っても痛みはない。

 そっと目を開ければ、熊の両腕が消えていた。


「……」


 熊の脇に立っているのは、槍を持った大男。

 大男はその槍を振るい、あっさりと熊の首を落とした。


「ガァァァッッ!!」


 もう一匹の熊が叫べば、大男は嬉しそうに口元を歪ませ、またあっさりと熊の首を飛ばした。


「すげぇ……」

「あ? んだ? テメェ」


 思わずこぼれた言葉に、男は今更自分に気が付いたように、振り返る。


「助けてくれて、あ、ありがとうございます」

「……あー、そうか」


 どうやら助けたという認識はなかったらしい。


「…………」

「な、なんですか?」


 目つきが悪いからか、大きいからか、この男に見下ろされるのは少し怖い。


「テメェ……ん」


 なにか言いかけたところで、男は別の場所を見ると、先程の熊以上に獰猛な笑みを作った。


「血の匂いに誘われてきたか? ハッ! いいじゃねェかァ!」


 もはや、こちらを認識してないのか、男は集まってきたモンスターたちに向かって行ってしまう。


「本当に、俺を助けたつもりはなかったんだな」


 だが、ここにいれば、近づいてくるモンスターは大男が倒してくれるし、安全かもしれないと、立ち止まっていれば、肩を軽く叩かれ、つい震わせてしまう。


「よっ旦那」


 振り返れば、盗賊っぽい恰好をした男がいた。


「とりあえず、ここからズラかりません? あのバーサーカーに巻き込まちゃ、こっちの命が足りませんぜ」


 言われるがままについていけば、岩の上にいたもうひとりの少年が、こちらを見て手を振る。


「ん? あれ? 君って、確か”めちゃくちゃ不運”って最近話題の?」

「ちが……! ぁ、いや、たぶん、ちがくねぇけど……」

「そりゃまぁ、毎日何かしらトラブルに巻き込まれるなんて不運体質否定したいだろうねぇ。僕としては、酒の肴になるからいいけど」

「巻き込まれるこっちの身になってみろよ!」


 落ち着け。と肩を叩く盗賊の男は、同情してくれたのか、町まで送ってくれるという。


「前の町でいいよな」

「あ、いや、できれば別の町で」


 このまま戻ったところで、見つかったらあの遊郭の使用人に逆戻りだ。

 内臓を売られることはないが、遊郭の男女トラブルなど嫌な予感しかない。それこそ、下手なクエストより命がけな危険がある。


「あ、戻ってきた」


 血の匂いを纏って戻ってきた大男は、少年の言葉に返事をせず、目の前まで来ると、何も言わずじっと見降ろす。

 

「……」

「……」


 時間としては1秒でもないはずなのに、ひどく長く感じた。

 ようやく、口を開いた大男から出た言葉は、


「テメェ、なんか呪い受けてるか?」


 予想外の言葉だった。


「……へ?」

「あり?」

「そうなのか?」


 大男の質問に、驚いたのは他のふたりも同じようで、おずおずと頷けば、少年は納得したようなしていない声を上げる。


「はー……よくわかるねぇ。どんな呪いなの?」

「え゛」


 言いたくない。


 すごく、言いたくない……!!!

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