最後の講義が終わって、俺は少し急ぎ気味で荷物をまとめる。そんな時、肩に手を置かれたので振り返る。

「…難波先輩」

 立っていたのはオカルトサークルの先輩、難波隆なんばたかしさんだ。

「どうしたんすか?」

「いや、今度みんなで噂になってる廃墟に行く予定なんだけど、夏紀は来るかなって」

 スマホの画面を見せながら言われて、俺はうーんと唸った。正直今はそれどころではないので遠慮したい。

「悪いんですけど、ちょっと今忙しくて…しばらくサークルにも顔出せそうにないっすね」

「あー、そうなんだ…残念。夏紀が来たら高確率で心霊現象に見舞われるから、来てくれたら嬉しかったんだけど」

 残念そうに眉根を下げる難波先輩に、俺は心の中でツッコミを入れた。いや、どういう意味だ。ていうか今までそんな風に思ってたのか。ひどいな。

「まぁ仕方ないよね。落ち着いたら顔出してね〜」

 そう言い残して、彼はひらひらと手を振って行ってしまった。ほんと、自由な人だなぁ。

 ちらりと時計を見ると、五時だった。さすがにそろそろ、綾斗も起きてるかな。

 そんなことを思いながら、俺は足早に教室を出て行った。



 相談所について、階段を駆け上がる。ドアの向こうから、話し声が聞こえた。それに、俺はほっとしながらドアを開ける。

 少し顔色が悪いように見えるけど、比較的元気そうな様子の綾斗がソファーで湯呑みを持って座っていた。

 卯木さんと何か話していたようで、二人の視線が俺に集まる。

「こ、こんばんは…?」

 なんだか少し緊張してしまって、俺は小首を傾げながらそう言った。

 それに、二人はおかしそうに笑った。ああくそ、恥ずかしいな。

「こんばんは。講義は終わったの?」

 きちんと挨拶を返してくれた卯木さんに少しの気恥ずかしさを感じながらも、俺はうなずく。

「そっか。学生は大変だね〜」

 呑気に言う卯木さんに、俺はあんた何歳だよなんて思いながら、綾斗を見る。

「もう大丈夫なのか?」

「ああうん。まだちょっとだるいけど。昨日、戒さんが俺のことここまで運んでくれたんでしょ?ありがとう」

 笑う綾斗はたしかに元気そうだ。よかった。

「どういたしまして。ていうかお前さぁ」

 少し足に力を入れてズカズカと綾斗に近づいていく。彼は不思議そうに顔をしかめる俺を見上げる。

 俺はそんなことはお構なしに、その隣にどかりと座った。そして、綾斗の額にデコピンを一つ、食らわせる。

 ペシっという軽い音がして、綾斗の目が丸くなる。

「力の代償のこととか、先に言っておけよな!めっちゃ心配するだろ。あんな急に倒れるなんて。助けてくれたのは感謝する。だけど、それでお前が辛くなるんじゃ意味ねぇよ」

「………」

 なにも返事がない。そっと自分の額に手をやって、無言で湯呑みを置く。ほんのりと生姜の香りがしたので、中身は生姜湯だろうか。寝起きにはいいよな、あれ。

 じゃなくて。え、なんでそんなに無言なの?怖いんだけど。

 ちらりと前に座る卯木さんを見てみると、彼はなぜか必死に笑いを堪えているようだった。いや、堪えられてないから。肩震えちゃってるから。蹴り飛ばしていいかな、この人。普通に腹立つ。

 じっとりと見ていると、卯木さんはわざとらしく咳払いをした。まだちょっと笑ってやがる。正直今すぐ殴ってやりたい。

「戒さん」

 おっと忘れてた。

「おう」

「ごめんなさい」

 あまりにも素直な謝罪に、俺は思わず面食らってしまった。えぇ、こいつこんな素直なところあるんだ。失礼だけど。

 晴翔が言ってたことを思い出して納得する。たしかに根はいいやつだ。

「いや、うん。別にいいんだけど。これからはもう知ってるから大丈夫だし。あ、そーだ」

 紅茶を用意してくれた美穂さんにお礼を言いながら、それを飲んでから。

「俺も幽霊やらなんやら払えるようになりたいから。協力よろしくな」

 俺の言葉に、綾斗は目を瞬かせてにっこりと笑った。

「もちろん。戒さんは俺の助手だからね」

「あ、その話まだ諦めてなかったのね」

 すっかりいつもの調子に戻っているのに安心しながらも、一応断っていたはずの件を持ち出されて苦笑する。

「そりゃね。戒さん才能あるから強くなれるよ」

「まじ?喜んでいいのか悪いのか微妙だな。まぁ、損はしないしいっか」

 ふぅと息をついて、俺はもう一度紅茶を飲む。

「…さて、話は終わったかな」

 卯木さんが首をかしげる。どうやら笑いはおさまったらしい。さっきの、根に持ってやるからな。

 軽く睨みながらもうなずく。

「それじゃあ、悪いんだけど。夏紀くん、綾斗のこと家まで送ってくれるかな?一人で帰すのはまだ少し心配だから」

「いいっすよ。綾斗もそれでいい?」

「うん。お願いします」

 意外にも素直にうなずかれたので、少し驚いてしまった。断られるかと。

 表情で察したのか、綾斗が少し笑った。

「断っても、多分無理矢理にでも一緒に帰るって言われそうだったから」

 なるほど。いい判断だ。

 ふむと一つうなずいて、俺は紅茶を飲み干した。本来なら飲み干していいものではないけどな。

「んじゃ、行くか」

 綾斗に手を差し出すと、苦笑混じりにその手を取る。

「心配性だね、戒さん」

「うるさい。目の前で倒れられたら心配もするわ」

「ごめんってば」

 ため息混じりにもう一度謝罪する綾斗の手は、暖かい。よかった。ちゃんと生きてる。

「じゃあ、また明日」

 綾斗が卯木さんに言う。彼は穏やかに笑った。

「うん、気をつけて帰ってね」

 それにうなずいて、俺たちは相談所を出て行った。

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