③
綾斗と軽く談笑しながら歩いていると、閑静な住宅街にさしかかってきた。
一軒の家の前で綾斗が立ち止る。
「ここだよ、俺の家」
意外だ。なんとなく、イメージだが、和風な一軒家に住んでそうな気がしていたのだが。
目の前にあったのは、普通の洋風の家だった。表札にもちゃんと『彗月』と記されている。
「そういや、お前の親御さんとかにも挨拶しなきゃな」
「ああ、言うの忘れてたけど二人とも死んでるから。家どころかこの世にもういないよ」
特になんの感情もない表情でさらりと言われて、俺はあんぐりと口を開けてしまった。そんな俺の顔を見て、綾斗がおかしそうに笑った。
「戒さんって顔に出るよね」
「お前が出なすぎなだけだよ」
一つため息をついて、首をかしげる。
「ほかに家族は?」
「…いない」
嘘だな。一瞬目が逸れたし、不自然な間があった。何か事情があるんだろうが、重いんだろうなぁ。
まぁ、とにかくこの家には一緒に住んでないことはたしかなんだろう。
「んじゃ、一人暮らしか。お前贅沢だなー」
あえて明るく言って、俺はその背中をバシバシ叩いた。
「ふふ、いいでしょ。好き勝手できていいよ」
「羨ましい限りだよ」
笑って、俺は家の鍵を開ける綾斗の背中を見つめる。こいつは、きっと今まで一人でいる時間の方が多かったんだろうな。同情したら失礼だから、そんなのしないけど。
「どーぞ。お茶でも淹れますよ」
玄関のドアを開けて、芝居がかった動きで中へ入るように促す綾斗に、俺は苦笑混じりにうなずいて家の中へ入った。
中は男子高校生の一人暮らしにしては広すぎるくらいには、広かった。当然なのかもしれないが、家の中は全体的にしんとしている。
俺ソファーに座らせて、綾斗は台所で飲み物の用意をしてくれている。
その時、家の中にインターフォンの音が響いた。
「誰だろ」
綾斗が呟いて、すぐそばにつけられた受話器を耳に当てた。
「はい」
少しして、軽く驚いたように目を丸くする。
「ちょっと待ってて」
その来訪者に向けてなのか、俺に向けてなのかはわからなかったが、綾斗はそう言って少し早歩きで玄関へ向かった。
玄関のドアを開けて、俺は目の前に少し気まずそうな顔をして立つ佐川に首をかしげた。
「なんで俺の家知ってるの?」
「あ、第一声それなんだ。担任から聞いた」
生徒にプライバシーというものはないのだろうか。思わず心配になってしまう。
「なるほど。で、なんか用?」
「いや、今日お前学校休んだから。昨日あのあとなんかあって動けないんじゃないかなって、心配してきたんだけど。元気そうだな。ちょっと顔色悪いっぽいけど」
俺は思わず、その言葉に心がぐらりと揺らいだ気がして慌てて服をぎゅっと握った。
ああ、怖いな。絆されそうだ。
「…ご心配どうも。でも大丈夫。明日は普通に行く」
「お、了解。まぁ、今日はゆっくり寝ろよ。じゃあな」
そう言ってあっさり帰ろうとする佐川の腕を、つい咄嗟に掴んでしまった。
「え、なに?どした?」
目を丸くして俺の顔を見る佐川に、俺は自分でもびっくりして固まってしまった。
「えっと…や…」
「…ゆっくりでいいから」
それに深呼吸をして、俺は努めて平静を装ってから。
「最悪」
「えぇ」
苦笑する佐川に笑って、中に入って手招く。
「入りなよ」
「えぇ!?」
今度は違う意味の驚きの声に、俺は声をあげて笑ってしまった。
気配が一つ増えたなと思っていたら、リビングに入ってきたのは綾斗と晴翔だった。俺と目があって、晴翔は目を丸くする。いや、俺もびっくりだよ。
「戒さんも来てたんすね」
「うん。綾斗のこと送るついでにお茶出してくれるっていうから」
うなずいて、思わず相談所にいるような感覚で自分の隣に座るように晴翔に促してしまった。
それに少し戸惑いながらもそっと座る。おお、緊張してる。
「そんなに緊張すんなってー」
背中を叩くと、台所に戻った綾斗が目をすがめた。
「ここ、俺の家なんだけど。あと戒さんも一応ここくるの初めてじゃなかった?」
「ははは」
適当に笑って返して、俺は綾斗の顔を変に思われない程度に見つめる。なんか、ちょっと顔色良くなったか?まぁ、いいことだけど。
「そういや、晴翔はなんでここに?」
「あー、今日彗月が学校休んだんで、昨日のこともあるし心配だなーって」
なんていいやつなんだ。本当に。
心からそう思って、俺は内心で晴翔に対して合掌してしまった。
「はい、お茶」
ちょうどそんな時に緑茶を淹れて俺たちの前に置いてくれた綾斗を、俺は生暖かい目で見つめる。
晴翔のこと、大切にしてやれよな。
「…なに?」
軽く身を引いて、綾斗は顔をしかめる。
「別に。んじゃ、ありがたく」
湯呑みを手に取って、飲む。あ、美味しい。
「意外にも普通に美味い」
「うんうん」
俺の言葉に晴翔もうなずく。それに、綾斗は不服そうに目をすがめた。
「どういう意味」
「や、彗月料理とかできなさそうだから」
おぉ、ズバッと言ったなぁ。同感だ。
「…一応一人暮らしだから、それなりにできるんだけど?」
にっこり笑って、綾斗は小首をかしげる。ありゃ、もしかして結構腹を立てていらっしゃる?
「へぇぇ。うちの学校家庭科の授業あんま力入れてないから料理とかしないからなぁ」
あくまでも認めない様子である晴翔に、むっと彼は眉間にシワを寄せる。
「そこまで言うなら。時間的にもちょうどいいし、俺が特別に二人に夕飯、ご馳走してあげてもいいよ?」
まじかー。
ちらりと晴翔を見ると、ニヤリと笑って小さくガッツポーズをしていた。ああ、なるほど。こいつこうなることをわかって綾斗のこと煽ったな。流石唯一の友達。よくこいつの性格をわかっている。
「…じゃあ、ありがたく」
「楽しみだな〜」
俺と晴翔は、顔を見合わせて笑った。
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