③
三人でいろいろなことを話していると、突然離れた場所から爆発音が鳴った。
俺たちは立ち上がり、人々が悲鳴を上げているのをどこか他人行儀で見つめていたが、綾斗が険しい顔をして口を開いた。
「俺、ちょっとトイレ行ってくる」
いや、絶対トイレじゃないだろ。そんな険しい顔してトイレ行く奴がいてたまるか。
「え、今この状況で!?」
綾斗の事情を知らない晴翔が目を丸くして言った。
「我慢できないんだよ。じゃ」
そう言い残して、その場を離れようとする綾斗の手を掴む。
「俺も行く。危ないだろ?」
「戒さんがいるならまぁ安心か…」
ふむとうなずく晴翔に、彼は仕方なさそうにため息をついてうなずいた。
「…佐川はもう帰ったほうがいい。この騒ぎじゃどうせフェスタも中止だ。俺たちもそのまま帰るから」
少し無理があるとは思ったが、俺はうなずいておいた。流石に晴翔を放っておくことはできない。
「わかった。じゃあ、またな」
何か言いたげにしながらも、晴翔は笑ってうなずいてくれた。ああ、申し訳ないな。
「…今日、誘ってくれてありがと」
ぽそっと言って、綾斗はさっさと先をいってしまった。
それに、俺たちは顔を見合わせて笑った。あいつ、ツンデレだな。
綾斗と共に爆発が起こった場所に走りながら、俺は聞いた。
「で、この爆発心霊系?」
「多分。気配を感じたから」
うなずいて、彼は目を細めた。
「…ついてくるのは構わないけど、守り切る保証なんてないから」
「はは、安心しろ。自分の身は守れる」
なにせ、今まで綾斗に出会う前は心霊現象やらなんやらに、自分一人で対応してきたんだからな。
「ならいい」
ふっと笑って、綾斗はスマホを取り出し操作する。そして、マイク部分に口元を当てた。
『自分が人間だと思う奴らはこの場から立ち去れ』
言霊を放つと、スマホが振動して広範囲にそれが広がって行く。普通のマイク機能じゃここまで広範囲な効果はないはずだから、多分スピーカーのアプリでも入れているのだろう。
その場にいた大勢の人たちが一斉にはけて行く。改めて見させられるとすごいな。
人もほとんどいなくなって、俺にもよくやく何かあることに気づくことができた。
たしかに人じゃない気配がする。しかも、俺の経験上あまりよくないもののようだ。
「で、どうするよ」
「どーしよっか。人払いは済んだしね」
一つの出店の前に立って、俺たちは顔を見合わせる。店の中からはおぞましい黒いもやが滲み出てきている。テントには火が回っていて、黒煙が上がっていた。
「とりあえず」
一度言葉を切って、綾斗は表情を消した。
『火よ鎮まれ』
少しずつ、火が収まって行く。おぉ、よかった。このままじゃ被害が大きくなるからな。
『出てこい』
ベシャリと何かどろりとした黒い塊が俺たちの前に出てきた。うわ、キモ。
『正体を言え』
綾斗が冷たい瞳でそいつを見下ろす。こいつ怖いな。ちょっとこの黒いのに同情していると、そいつは口?を開けた。
「…正体などない」
おぉ、結構まともに話してる。え、ていうか正体がないってどゆこと?
「我は影だ」
影?俺が首をかしげていると、綾斗が冷ややかな瞳をそのままに続ける。
『
「…
誰だそれ。ていうか、主って?
「…なるほど」
一つ呟いて、彼は目を細める。いや、俺は何一つなるほどではないのだが。
とんとん拍子で話が進んでいってしまう。すごく聞きたいが、今は質問できるような空気ではなかったのでグッと我慢する。
「じゃあ、主に伝えて。こんなまどろっこしいことしてないで、全力でかかってこいって」
言霊を使わずに、綾斗はにっこりと微笑んで言った。それに、そいつはもぞもぞと蠢いた。
「承知した」
うーん、やっぱり気持ち悪い。
じっと見つめていると、ぎょろりと血走った眼と合ってしまった。
「なんだ小僧。殺されたいか」
とんでもない。俺は人並みに長生きしたいと思っている。
ぶんぶんと首を振る俺を不愉快そうに見上げ、鋭い爪がある細く黒い手を出してきた。
これ、もしかしてまずいんじゃ?
綾斗との約束もあるのでちゃんと逃げる準備をするため、足を一歩後ろに引いた。けど、やっぱり遅かったようでその手が一斉に襲いかかってくる。
『止まれ』
くわんと、奇妙に空間が震えた気がした。そっと後ろを向くと、鈍い音を立てて固まる無数の手があった。
『ぶっ飛べ』
再びくわんと空間が震えて、黒い塊が一瞬で少し離れたところに生えた大木へ飛ばされ、打ち付けられる。
綾斗がふっと空気を吸った。
『か』
グッと眉間にシワを寄せる。
『え』
唇を強く噛んだ。
『れ!』
還れ。どうしてか俺の頭の中にその漢字が浮かんだ。
ぐわんと大きく空気が震えて、ひどい耳鳴りがした。
思わず意味がないと分かっていても、俺は耳を塞ぎ、目を瞑る。
聞くに耐えないうめき声が聞こえてきて、俺はそっと目を開ける。あの黒い塊がまるで底なし沼に沈んでいくように地面に吸い込まれて行く。
俺はそれを間抜けにも口を開けて眺めていることしかできなかった。
やがて完全に塊が姿を消した。
そして我に帰って、助けてくれたんであろう綾斗に礼を言うために歩み寄ろうとする。
「あや…」
どさりと音を立てて、綾斗はその場に倒れた。
「は…」
慌てて駆け寄って、その体を抱き起す。体温が、異常に冷たかった。口から血が出ている。
ドクンドクンと、心臓が早鐘を打つ。何があった。なんで、綾斗は倒れてる?なんで、こんなに体が冷たい。まるで、これはーー。
ふるふると嫌な思考を振り切って、俺は綾斗の心臓に耳を当てる。大丈夫。生きてる。死んでない。
「卯木さんのところに…!」
今俺にできることを、しなければならない。
唯一頼れる人の元へ、俺は綾斗を担いで全力で走った。
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