綾斗が本格四川麻婆豆腐を食べているのを横目に、俺は唐辛子パウダーのかかった肉巻きを食べる。晴翔は、先程トッポギを食べ終えて水を購入しに行っている。どうやら晴翔自身はあまり辛いものが得意ではなさそうだ。食べている途中、半泣きになっていた。

 なぜここについてきたのだろう。後で聞いてみるか。

 最後の一口を食べ切って、俺は持参していたお茶を飲む。

「綾斗も飲むか?」

 ペットボトルの蓋を開けたままそれを突き出すと、彼はうなずいて受け取った。ごくごくと飲んで、ぷはっと音を立てて口を離した。

「ふぅ。俺もお茶持ってくればよかったかな」

「ふっ、つめが甘いな」

 ドヤ顔をする俺を、綾斗は半目で見つめる。

「戒さんって子供だよね」

「な、なんだと…!?」

 衝撃の一言に、俺は顔をしかめる。自分よりも年下の相手に言われて嬉しい言葉ではない。ていうか、誰に言われても嬉しくないな。

「ただいま」

 そこで水を買いにいっていた晴翔が戻ってきた。まだ文句を言いたかったが、綾斗は既に麻婆豆腐に夢中になっている。多分今何かを言っても無視されるだろう。

「おかえり。あれ、なんで2本?」

 彼の手には水のペットボトルが二本あった。それに、晴翔はそのうちの一本を綾斗の前に突き出す。

「ほい。彗月も水、飲むだろ」

「…ありがとう」

 少し驚いたように目を丸くしながら、綾斗は素直に礼を言って受け取った。

「おう。ふぅ…結構混んでるな〜」

 ごくごくと水を飲んで、晴翔はざわめく公園内を見渡した。

 なんていい奴なんだ。

 感動しながら、俺はうんうんとうなずく。

「ごちそうさまでした。俺、またなんか買ってくる」

 綾斗がそう言い残してさっさと違う出店へ行ってしまう。それを見送って、俺は水を飲んでいる晴翔を見た。

「あのさ、聞いてもいいか?」

「なんすか?」

 首をかしげる相手に、俺は先程疑問に思ったことを口にする。

「お前、あんまり辛い物得意じゃないだろ。なんでここにきたんだ?」

 それに、彼は一瞬微妙な顔をして頰をかいた。

「ちょっと恥ずかしいんすけど…彗月とどっか遊びに行きたくて。今日のも俺が誘ったんす。あいつ、辛いの好きだからこれなら誘ったら一緒に来てくれるんじゃないかって」

「へ〜ぇ」

 ニマニマと笑って、俺はうなずいた。いいね、青春だ。

「やっぱり、綾斗はあんまり遊んでくんないの?」

「うっす。彗月、人とあんまり関わりたくないらしくて。高校三年間ずっと同じクラスですけど、俺以外友達もいないっすね」

 悩ましげに眉間にシワを寄せる晴翔に、俺はやっぱりと思った。失礼かもしれないが、あいつの性格上友達は少ないだろう。ていうか、まだ知り合ってそんなに経ってないからなんとも言えんけど、あいつ、俺や卯木さんたち以外の人間に、結構壁作ってる。

 晴翔にもそうだ。一応それなりに気を許していそうだが、全部じゃない。真っ直ぐな晴翔に、困惑している気もする。

「なんでだろーなぁ」

 俺の呟きに、晴翔は大きくうなずいた。

「…彗月って、根はいい奴なんすよ。俺がしつこくしてても、俺が本気で傷つくようなことは絶対言わないしなんだかんだ言ってちゃんと返事や受け答えをしてくれる。俺は、そんな彗月ともっと仲良くなりたいんです。他の奴らもあいつの良さに気づけばもっと友達も増えるんだろうし」

 ため息をついて、彼は水を飲む。

「晴翔はいい奴だなぁ」

 しみじみと思ってそう言うと、晴翔は照れ臭そうに頰を染めた。

「べ、別に…そんないい奴ってわけじゃないっす。今日だって俺、戒さんに対してあんまりいい感情持ってないんすよ」

「え」

 それはさすがに驚いた。ていうかショックだ。俺は何かしてしまっただろうか。

「俺が必死な思いで彗月のこと誘うのに成功したって喜んでたのに、戒さんはその彗月本人に誘われたんすよ?確実に俺より特別じゃないっすか。お互い普通に下の名前で呼び合ってるし。羨ましい」

 な、なるほど。つまり晴翔は俺と綾斗の関係に嫉妬しているというわけか。

 俺はなんだかおかしくなって、吹き出してしまった。

「わ、笑わないでくださいよ…」

「ごめん。つい…大丈夫だよ。いくらあいつが辛いの好きだからって、そこまで好きでもない相手と一緒に行くなんてこと、綾斗はしない。だろ?」

「…そう、っすね」

「少なくとも嫌ってはないと思うよ。むしろ、そこそこ気に入ってるんだと思う。俺もあいつと知り合ってそんな経ってないから、わかんないけど」

 言いながら、ちょうど戻ってきた綾斗に目を向ける。

「な?」

「………?」

 確認するように言う俺に首をかしげて、綾斗は手に持っていたコンビニのビニール袋を晴翔に放り投げた。

 それをキャッチして、彼は首をかしげる。

「なに?」

「それあげる。あんた、あんまり辛いの得意じゃないでしょ」

 さらっと言って、綾斗は自分の分の真っ赤に染まったとてもからそうな骨つきチキンにかぶりついた。あれは俺でも食えなさそうだ。

 ちらりと晴翔を見ると、ビニール袋の中身を取り出して目を丸くしていた。

 中身はピザまんとチョコまんだ。

 晴翔は嬉しそうに笑った。

「サンキュ」

「別に。さっきの水のお返しだよ」

 もぐもぐと激辛チキンを頬張る綾斗の顔はほんのりと赤かった。なんだ、ちゃんとかわいいところもあるじゃないか。

 俺は青春だなと思いながら、二人きりにしてやるためにもう一つなにか買いに行くのだった。


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