③
綾斗は水野さんと俺を別室に呼んだ。そこは何もない部屋だった。ただ、驚くほど真っ白な部屋。壁も床も、窓枠さえも。本当に全部真っ白だ。ホッキョクギツネでもなければ、すぐに見つかってしまう。ていうか、綾斗は肌以外全身黒いので、この空間で完全に浮いていた。
素直に変な部屋だなと思っていると、綾斗が水野さんの肩にいる生き霊に手を置いた。え、触れるの?うーん、でも触りたいとは思わないな。見た目キショいし。
俺がそんな呑気なことを考えている間に、綾斗はあ、と声を出して今度は水野さんの眉間に右手の人差し指と中指をくっつけたものを押し付けた。
「すみません。怖い思いをさせてしまうので、眠ってもらいますね」
「え?」
水野さんが困惑していてもお構いなしに、彼は一瞬表情を消した。
『眠れ』
彼女の体が崩れ落ちる。綾斗がしっかりと抱きとめて、その場に寝かせた。
またあの不思議な響きがある声音だ。なんなのだろう、あれは。
すぐに綾斗の表情が戻ってきた。さっき俺に取り憑いてたやつをどうにかしてくれた時は気づかなかったが、力?を使う時、もしかしたら綾斗は表情が消えるのかもしれない。
それにしても、謎が多い少年だ。なんとなく、少し怖い気もしてくる。
「さて。戒さん」
にこやかに声をかけられて、俺は思わず肩を揺らした。それに、綾斗は目を瞬かせる。
「どうしたの、怖いの?」
こてんと、首を傾げる。それに、俺はこくりとうなずいた。
「そりゃあなぁ。これから何するのかも知らんし、お前は迷わず人を眠らせるし」
「まぁ、確かに。それだけ言われれば怖いって思っても仕方ないね」
案外普通に納得してくれたので、安心する。よかった。常識はありそうだ。
「でも、やるって言ったんだから、やるよね?」
有無を言わさない、綺麗な笑顔。語尾の最後に疑問符をつけてはいるが、それが返って圧があった。まぁ、拒否権なんてないんだよな。あはは。
「わかってる。やりますよ。で、俺は何すりゃあいいんだ」
「物分かりが良くて助かるね」
よく言う。半分脅してるくせに。
綾斗はズボンのポケットから財布…のようなものを取り出して、そこから一枚の、黒い細長い紙を取り出した。
それを俺に押し付けてくる。見てみると、片面に朱墨でなにやら読めない文字と厨二病じみた陣?ってやつが描かれていた。
「うへぇ、めっちゃファンタジー」
俺は口をへの字に曲げて素直な感想をこぼす。綾斗はおかしそうに笑った。
「否定はしない。俺も最初思ってた」
そして、俺から離れて水野さんの元へ寄る。
「今から俺がこの生き霊を辿って、張本人のところに繋がる…糸、を見つけ出す。戒さんはそれが見えたら、糸を辿ってその張本人にその札貼り付けてきて」
なるほど。なかなか無茶な頼みをしてきやがる。
「それは問答無用で?」
「もちろん」
となると。俺はその張本人さんにとっちゃ急にどっからかやってきて、急に自分に厨二病感満載な札を貼っつけてくる、相当頭のおかしいやつということになる。正直言って、とても嫌だった。
げんなりと顔をしかめる俺に、綾斗はにっこりと笑った。
「やるって、言ったよね?」
「っ……!」
声にならない叫び声を上げて、俺は地団駄を踏んでどうしようもないこの感情を、押し殺した。
そして、はっとする。
「って、お前がその張本人さんに糸を辿って札貼りに行きゃいいんじゃないか」
「それができたら頼んでないよ。いろいろルールがあるの」
そりゃそうだ。呆れたようにため息をつかれた俺は、がくりと肩を落とす。これは、腹を括るしかないようだ。
「…いいぜ、やってやる」
「そうそう、その調子。大丈夫、戒さんが変人扱いされても、俺とここの人たちはあなたの味方になってあげるから」
「そりゃどうも。全くもって嬉しくもないし何も大丈夫ではないけどな」
それにおかしそうに笑って、綾斗は再び表情を消した。やっぱり、力を使う時は表情が消えるようだ。無自覚か意識的なのかは分からんが。
先ほどと同じように、生き霊に手を置く。生き霊がどうしてか、恐れるように唸りを上げた。それを無視して、綾斗は口を開く。
『此れの魂の緒を示せ』
魂の緒。その言葉に、一つの単語が頭に浮かんだ。シルバーコード。なるほど、先ほど綾斗が言っていた糸、というのは、シルバーコードのことか。
少しして、ふわりふわりと宙を舞う白っぽく光る糸が視えてきた。あれか。
綾斗はじっと目を閉じて微動だにしない。もしかしたらこの状態を維持するには、それなりの集中力があるのかもしれない。
そんなことを考えながら、俺は言われたようにその糸を辿って部屋を出た。
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