②
美穂さんが俺たちの分とその女性…水野沙羅さんにお茶を用意してくれた。
俺たちは普通に美穂さんの姿が視えているのでなんとも思わないが、水野さんには視えていないようで、宙に浮く湯呑みを前にひどく目を丸めていた。だが、それが返って信用されることになったようで、水野さんは意を決したように膝の上で手を握って、口を開いた。
「数日前から、すごく肩が重いんです」
それに、俺は心の中で同意を示した。わかるぞその辛さ。俺もつい数時間前まで肩が重くて仕方なかった。
「ここ2、3日では金縛りにもあうし、家のものが誰もいないはずなのに勝手に動いたり、妙な音が鳴ったりしてて…友人に相談したら、ここを紹介されました」
なるほど。ここへは友達の紹介で来たのか。案外、ここはそれなりの知名度を誇っているのかもしれない。俺は綾斗に連れて来られるまで知らなかったけど。
「ふむ…落ち着いて聞いて欲しいのですが、貴女にはあまり良くないものが取り憑いています」
「そうですか…」
卯木さんの説明に、彼女はひどく不安げに目尻を下げる。無理もないだろう。
「取り憑いているのは男の生き霊です」
「生き霊…」
思わず俺が呟いてしまった。水野さんが目を瞬かせる。卯木さんがおかしそうに笑って、綾斗が呆れたように肩を竦めた。
うぅ、恥ずかしい。
「すんません…」
身を縮ませて、俺は小さく謝った。卯木さんと水野さんが緩く首を振る。優しい人たちでよかった。
「…それで、話を戻しますが。水野様は生き霊をご存知でしょうか」
「えっと…生きたまま幽霊になる、ということでしょうか」
まぁ、そうなるよな。間違ってはいない。心の中でうんうんとうなずいていると、卯木さんも小さくうなずいた。
「そのような認識で合っています。生霊とは、生きている人間の霊魂が体外に出て自由に動き回るといわれているもの。何か心当たりはありませんか?」
柔らかく微笑む卯木さんに、水野さんは少し考え込むように顎に手を添える。やがて、あ、と声を漏らした。
「男の人なんですよね?」
「はい」
「でしたら一つ心当たりがあります。少しお話しするのは恥ずかしいのですが…実は、先週駅で、男の人に告白されて交際を申し込まれたんです。私は相手の方のことも何も知らなかったし、まだ大学に入学したばかりなのでお断りしたのですが…」
俺は心の中で、そいつが犯人だー、と思った。時期も合っているし、恋愛沙汰での生き霊や霊障はよく耳にする。何かの本で「愛ほど重い呪いはない」というような言葉があるくらいだ。
「なるほど…その人物とはその後接触はありましたか?」
卯木さんの質問に、彼女は緩く首を振った。そりゃそうだろう。一度振った相手に、自ら進んで関わりにいく人間はそうそういないはずだ。
「わかりました」
隣で暇そうに話を聞いていた綾斗に、目をやる。
「綾斗、追える?」
それに、綾斗はじっと目を細めて水野さんに憑いている男を見つめる。
「まぁ、多分。結構しっかり緒が繋がってるからね」
「じゃあお願い。今回は二人に任せるよ」
「りょーかい」
二人。その言葉に、俺は目を瞬かせる。今、卯木さんの視線は一瞬俺にも向いていなかったか。
「何間抜けな顔してるの。戒さんも働くんだよ」
「えぇ!?」
当然のように言った綾斗に、俺は思わず声をあげてしまった。水野さんが不思議そうに首をかしげた。
「ここの社員さんじゃなかったんですか?」
「違います!俺はまだ学生っす。多分、水野さんと同い年!!」
慌ててその誤解を解く。
「そうなんですか…どうしてここに?」
「こいつに連れて来られたんだよ…!」
勢いをつけて、素知らぬ顔をしている綾斗を指さす。
「まぁ…」
「酷いなぁ。同意の上じゃない」
にやりと、人の悪い笑み浮かべて言った。いや、確かに同意はしたかもしれない。ついでにいうとどんなことをするのかも大体見当がついていて、ついてきた。だが。
「俺はまだお前の助手になるなんて認めてないからな!」
「はいはい。とりあえず今回は手伝ってよ。それとも、その人を見捨てるの?」
ずるい聞き方をする。こいつは俺が断れないのを見抜いて言ってきている。思っているよりも、綾斗は性格が悪いのかもしれない。
「わかりました!手伝うよ、手伝わせてもらいます!!」
「ありがとう」
にっこりと、綾斗は可愛らしく笑うのだった。
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