第三廻 卯木相談所①

 綾斗と共に訪れたのは、そのカフェからそう遠くない場所にあった一軒のビルだった。看板には『卯木相談所うつぎそうだんじょ』とシンプルな字体で記されている。

「ここは?」

「俺の仕事先」

 それだけ言って、綾斗は慣れた様子でガラス製のドアを開け、薄暗いコンクリートの階段を登っていってしまった。俺も仕方なく、そこを登っていく。

 綾斗が茶色い木製のドアを開いた。ひんやりと冷たい空気が流れてくる。

 なんだろう、今の空気。どこかで感じたことがあるような…?

 俺も中に入る。丸い眼鏡をかけたおかっぱ頭の若い男と、どことなく人間離れした空気を持つ綺麗な女性がいた。

 女性はソファーに座っている男の側に立っている。側近か?なんてな。

 やってきた綾斗と俺に、男はいらっしゃいと言って目を細めた。

 …なんとなく、胡散臭さが垣間見える。

「卯木さん、今日の依頼人は?」

「…まだいらしてないよ。綾斗、僕に君のお客さんを紹介してはくれないの?」

「あぁ、そっか」

 ちらりと、綾斗が俺を見る。これは、自己紹介しろということでいいのだろうか。

「えっと…夏紀戒です。ここの近くの国立大学の一年です」

「卯木薙です。ここの相談所の社長やってます」

 にっこりと微笑む卯木さんに、俺はどもと軽く会釈をした。

 そして、その後ろにいる美女を見る。綾斗がそれに気づいたようにああ、と声を漏らした。

「あのひとは美穂さん。多分気づいてるかもしれないけど、人間じゃないよ」

「あ、やっぱり?」

 目を瞬かせて、俺は聞き返す。綾斗はうなずいた。

「へぇ、視えるんだね」

「うす」

 興味深そうにじっと見つめらると、なんだか見透けられるような気分がして居心地が悪かった。

 そっと視線を外すと、おかしそうな笑い声が聞こえてくる。

「可愛い子だね」

「でしょ」

 なぜか綾斗がうなずいた。いや、一応俺は年上なんだが。

 複雑な気持ちになりながら、俺は軽く息をついた。なんだか変な奴らだ。

「で、この人を俺の助手にしようかと」

「へぇ」

「おい、俺は別にそれを承諾してないからな!」

 このまま口を挟まなければとんとん拍子で事が運んでいってしまいそうだったので、慌てて口を挟む。

 俺の言葉に、綾斗は不満そうに口を尖らせている。

「強情だなぁ」

「何がだよ…」

 深いため息を俺はつく。なんだか疲れた。

「ふふ。まぁ、それはあとでちゃんと決めればいいじゃない。今はお仕事。ね?」

 ふわりと笑って、卯木さんは俺たちの後ろに目を向ける。そこでようやく、客が来ていたことに気づいた。

 長い髪に緑の爽やかなワンピースを着た女性だった。同い年くらいだろうか。俺たちの会話に、不思議そうに首をかしげている。

 俺は、その女性の肩を思わず凝視してしまった。血走った眼に、ざんばらな黒い髪。般若のような顔をした男が、女性に取り憑いていた。

「今日は獲物が豊富だな」

 隣で、綾斗がぼそりとつぶやいて口元に弧を描いた。俺は、それにここがなんの相談所なのか、なんとなく気づいてしまった。

 どうやら、ここに足を踏み入れてしまった時点で、何かに巻き込まれることは避けられないようだ。

 俺は諦めたようにため息をついて、その女性に道を開けた。

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