第二廻 生意気な高校生
俺はそのよくわからない不思議な男…というより少年に、なぜかとても惹かれた。
「お前…えっと…」
何か話さなければ。
そうは思いながらも、はじめての経験に喉の奥になにかがつっかえたように言葉が出ない。ああくそ、なんか言え!
「お茶でもしねぇ?」
いや、どこの変態だよ。ナンパか?
自分で自分に突っ込んで、そっとその少年を見る。面白そうに俺を見ていたので、穴があったら入りたい気持ちに駆られて仕方なかった。
「…いいですね、お茶」
「あ、ほ…本当?」
普通に考えれば、この少年が気を遣って言ってくれたというのが理解できたのだろうか、今俺はテンパっている。仕方ない。うん。
「じゃあ、そこのカフェでいい?」
「はい」
そうして、俺たちはすぐ近くにあったなんかいい感じのカフェに、男二人で入ったのだ。
注文をして、俺は落ち着くために軽く深呼吸をする。そして、口を開いた。
「…俺は夏紀戒。ここの近くの国立大学の一年だ。お前…って、失礼か。あんたは」
「僕は彗月綾斗です。ここの近くの高校三年生」
にっこりと微笑んで、綾斗は言った。
「そうか。えーっと、その、急に誘って悪かった。なんか用事があったら、普通にそっち優先してもらっていいからな」
たじたじになりながらも、俺はとりあえずそれだけを伝える。もしもこの少年が自分をかわいそうに思って付き合ってくれたとしたら、申し訳ないにも程がある。
「大丈夫ですよ。ああ、でも…少しメールを打たせてもらっても?」
「ああ、もちろんだ」
スマホを取り出して何かを打ち込み、すぐに顔を上げる。ちょうど、店員さんが頼んだものを持ってきてくれた。俺はアイスコーヒー。綾斗はいちごミルク。うん、かわいいな。男子高校生。って、きもいな、俺。
いちごミルクを飲みながら、綾斗はじっと俺の肩にいるドロドロを見つめる。
ストローから口を離して、彼は頬杖をついた。
「それで、なんで夏紀さんはそんなのに取り憑かれてるの?」
「それなんだよ!」
ビッと、俺は思わず綾斗を指さした。それに、彼は目を丸くする。
「あ、わからないんですね」
「そうなんですよ」
失礼なことをしてしまったと反省しながら、そっとその指を収める。罪悪感から、敬語になってしまった。
「…よければ、僕がそいつ、貰いましょうか」
それに、今度は俺の方が目を丸くした。今、こいつなんて言った?貰う?払うじゃなくて??
頭の上に疑問符を浮かべている俺に、綾斗はおかしそうに笑った。
「すみません。いきなりじゃ分かりませんよね。視た方が早いので、視ててください」
彼が右の手のひらをドロドロに向ける。
『来い』
不思議な響きだった。気をしっかり持ってあなければ、俺自身もそちらに行ってしまいそうな強さがあった。言霊ってやつだろうか。
シュルシュルと音を立てて、ドロドロは黒い塊になった。俺は目の前のことが信じられなくて、何度も瞬きをした。え、どゆこと!?
綾斗はそれを右手で掴んで、左手を上にかざす。
『呑んでいいよ』
同じような響きだったが、先ほどよりも幾分か柔らかい声音だった。
左手が一瞬光って、黒い塊が消えた。
「…すげぇ…」
素直な感想が肩から出た。
「ありがとう」
ふふ、と目を細めて笑う。
「肩が軽い。本当にいなくなったんだな」
びっくり仰天だ。腕をブンブンと振って、その軽さを確かめる。ああ、羽が生えた気分だ。
「お前すごいなぁ」
「夏紀さんって、すごい変だね」
急に敬語が外れた上に、なんだか失礼なことを言われた気がする。
「えぇ…綾斗、くんには言われたかねぇなぁ」
「呼び捨てでいいよ。俺も下の名前で呼んでいい?」
「お、おう…あ、そっちが素?」
雰囲気と態度が一変した。ついでに一人称も。思わず確認してしまう。
「まぁ、そうだね。ねぇ、戒さん霊感相当強いよね?これから俺、仕事なんだけどよかったら一緒に来てみない?」
にこにこと食えない笑顔で首をかしげる。
「仕事…って、今のみたいな?」
「そうそう。ね、少しでも興味があるならさ?」
なんだか少し怖い気もするが、興味がないわけではない。というか、興味しかない。今みたいなやつがもう一度見られるとなったら、そりゃ見たいと思うだろう。
俺はうなずいた。
「行く」
「やった。助手ゲット〜」
嬉しそうに言って、綾斗はいちごミルクを飲む。
「助手…?ついていくだけじゃ?」
一方で、そんな話を聞いていない俺は首をかしげる。できればあまり面倒なことに巻き込まれたくはないのだが。
「大丈夫。そんなに難しいことはさせないから。さっきのお礼だと思って、ね?」
悪魔のように可愛らしい笑顔。俺は、諦めたようにアイスコーヒーを啜った。
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