第一廻 あの日、あの場所で

 5月。ようやく入学した大学に少しずつ慣れてきたという時に、面倒な奴に取り憑かれた。

 真っ黒でドロドロしていて、肩に乗っているそいつはとても重くて煩わしくて仕方なかった。一番嫌なのは、何かをボソボソと話しているという点だった。俺に話しかけているのか、それとも独り言なのか。

 とにかく君が悪かった。

 俺は生まれつき霊感が強いせいで、いろんなモノを視てきた。そして、よく巻き込まれていた。よく漫画やアニメでは長年そういう奴らと付き合っていれば慣れて対処法もわかってくる〜、なんてのをやっているが、俺にはそういう才能がないらしい。とにかく巻き込まれるし、一切、全くもって慣れなど生じる気配がなかった。

 大学に入って、俺はオカルトサークルに入った。もしかしたら本物がいて、こういう現象をどうにかできるようなすごい人がいるかもしれない、と期待をしたからだ。

 が、それは甘かった。サークルには多少の霊感を持つ人はいたが、俺以上の人はいなかった。純粋にショックだった。というか、むしろオカルトサークルに入ったお陰でいろんなことに巻き込まれる機会が増えたような気さえする。今抜けようか本気で迷っている最中だ。

 本日の最後の講義を終えて、俺は重い肩を持ちながらも大学を出た。

 どこか近くに寺か神社かあればいいのだが。こういうのに取り憑かれた時は、そういう場所に行くのが一番だ。もう一週間も経っているが、一切離れていく気がしなかった。さすがにそろそろ限界だ。

「ふぅ…」

 深いため息をついて、俺は空を見上げる。

 憎たらしいほどいい天気だなぁ、この野郎。

 よくわからない理不尽な苛立ちをぶつけて、俺はスマホを取り出した。この近所の神社仏閣を検索するためだ。

 音声機能で検索をかける。一軒の神社がヒットした。

「よっしゃ、いっちょ行ってみるか」

 一つうなずいて、俺は駅に向かった。そこの神社は、一つ隣の駅から歩いた方が近かったからだ。


 電車に揺られて数分。改札を出て、その神社まで歩いていく。

「…ここか」

 あまり大きな神社ではなかった。ひっそりと建つ朱い鳥居。扁額へんがくには『明月神社』と記されている。

 鳥居から冷たい空気がふわりと漂ってきた。ああ、なんだか雰囲気がある神社だな。

「よし」

 覚悟を決めて、俺は石畳に足を踏み入れた。

 ざわざわと周りの木々が騒ぎ始める。やっぱり、神社の植物ってのは精霊とか宿ってたりするのかな。会ってみてぇなぁ。こんなドロドロした奴じゃなくて。

 ゆっくりと歩いていくと、やがて本殿にたどり着いた。

 二礼二拍一礼。神社の基本的な参拝をする。

「どうかこのドロドロが消えてくれますように!」

 誰もいないようなので、割と大きな声で言ってから、俺は後ろのドロドロを確認する。なんの変化もなかった。むしろ、さらに大きくなっている気がする。心なしか、気分が悪かなってきていた。

「…人がいるところ、戻るか」

 怖くなって、俺は足早にその神社を出て行った。


 人通りが多くなってきて、俺は歩みを緩める。ここなら万が一倒れたりしても、誰かが助けてくれるだろう。

 額に浮かぶ、嫌な汗を拭う。

「…うっわ、すごいの連れてるね」

 後ろから、ドン引きした声が響いた。振り向くと、全身黒い服を着ている高校生くらいの男が自分を見て顔をしかめている。その視線は、明らかに俺の肩に取り憑くドロドロに向けられていた。

「視えるのか、お前…」

 それに、そいつは薄く微笑んでうなずいた。

 これが、俺とそいつ…彗月綾斗ふづきあやととの出会いだった。

 

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