第11話 真実の舞奈 ~1~

舞奈が二つの人格を持つことを知った俊輔は戸惑っていた。


プライベートと職場で性格が変わるという人は珍しくはないだろう。

しかし舞奈に関してはあまりにも変わり過ぎていた。


違う性格というか、まさに正反対。

ジキルとハイド。


舞奈が多重人格だったなんて……。


調べてみると、二重人格というものは通常は主人格があり、その裏側に副人格なるものが隠れており、何かがトリガーになって、それが時々に切り替わるらしい。


舞奈の性格はどちらが主人格なのだろう?

本当の舞奈はどっちなんだ?

俊輔はいまだに信じられなかった。


家で俊輔と一緒にいる舞奈はいつも優しく、内気で、臆病で、そして可愛かった。

それは変わることはなかった。

しかし、いつ、どこで性格が変わってしまうのかが気になった。


職場とプライベートの違い。

会社に行くと性格が変わってしまうのか?

もしかしたら仕事だから仕方なく厳しい性格にしているのかもしれない。

会社でも、僕と二人きりになったらいつもの優しい舞奈に戻ってくれるのではないか?

そう考えた。


俊輔はその日、会社で藤澤課長まいなをみんなのいない会議室へ呼び出した。二人きりになって、舞奈が変わってくれるか確かめるためだ。


「高城、こんなところに呼び出して何の用?」

藤澤課長まいなが俊輔を鋭く睨む。


「あ、あの……」

「何? また何か失敗やらかしたの?」

「あ、いえ。そういうことではなくて……」


俊輔はその冷徹な目つきにすっかり委縮してしまった。

しかし、俊輔は目いっぱいに勇気を振り絞った。最初に舞奈に声を掛けた時のように。


「あの、舞ちゃん」

家にいる時のように呼んでみる。

すると、藤澤課長まいなの目つきが前よりさらに鋭くなり俊輔を睨みつけた。


「会社ではその呼び方止めてくれる!」

「え?」


けんもほろろという単語を数年ぶりに思い浮かべた。

俊輔は言葉を失った。


「で、相談って何? 早く言いなさいよ!」

「……」

「何も無いなら私は戻るよ。ったく忙しいんだからね!」


藤澤課長まいなはそう言い残すあっさりと部屋へ戻っていった。

俊輔は通路でしばらく茫然として動くことができなかった。


この会社オフィスという空間が彼女を変貌させているのだろうか。

そうだ。もしかしたら、会社の外に出ればいつもの舞奈に戻るかもしれない。



その日の午後、課長まいなは俊輔の担当する取引先へ同行することになった。

俊輔がある仕事でミスをしてしまい、その責任者として一緒に詫びに行くのだ。


俊輔は仕事で課長まいなと二人だけで出掛けるのは初めてだった。

プライベートではいつも一緒にいるのに、全く違う緊張感に包まれていた。


「すいません。僕のミスで……」

「しようがないだろ。部下のミスは上司の責任だよ」

課長まいなは俊輔に目を合わせようともせず、機械的に冷たく答えた。


どうやらまだ課長の舞奈のままのようだ。

会社の外に出ても性格は変わらない。

場所ではない?

とすると時間?

もしかしたら勤務時間が終わると性格が変わるのかもしれない。


それにしても映画やドラマじゃあるまいし、こんなにはっきりした二重人格の人間が存在するのか?

この鬼課長があの舞奈だなんて。

実は別人なのではないだろうか?

もしかしらたそっくりの双子がいるとか……。


取引先のクレームは課長まいなのお陰でなんとか治まった。


「ありがとうございました」

俊輔は課長に謝った。

「今度同じこと繰り返したら承知しないよ!」

相変わらず冷たい口調だ。


時計を見ると、もう終業時刻の17時は過ぎていた。

勤務時間で変わるのであれば、いつもの舞奈に戻ってくれていいはずだ。


「あの……課長?」

「何?」

「もう17時過ぎました……」

「そうね」

「勤務時間……終わりですよね?」

「そうね。だから?」


変わる様子がない課長まいなに俊輔はがっくりして何も言えなくなった。

勤務時間で変わるわけでもないのか?

とすると、課長はいつ僕の知っている優しい舞ちゃんに戻るんだ?

まさか、このまま戻らないなんて……。

そうだ。家に帰る途中で変わるのかも。


「あの、藤澤課長。これから会社返っても遅くなりますね」

「そうね」

「このまま直帰してはダメですかね?」

「ああ、そうね。じゃあ今日はこのまま帰ってもいいわよ。お疲れ様!」

藤澤課長まいなはそう言ってあっさりと別れようとした。

一緒に帰ろうと思っていた俊輔は慌てて呼び止める。


「あの、ちょっと課長!」

「何?」

恐い顔で藤澤課長まいなが振り返る。

「一緒に……帰りませんか?」

「一緒に? どうして?」

俊輔は言葉を失った。

同じ家に帰るのに―と言いたかったがそんな雰囲気ではなかった。


「そうね。ちょうどあなたに話したいこともあったし、これから食事にでも行きましょうか」

「え?」


突然の藤澤課長まいなからの誘いにびっくりした。

なんだ。舞奈から食事に誘ってくれるなんて。

俊輔は喜んだ。

これできっといつもの優しい舞奈に戻ってくれるはずだ。




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