第10話 居残り残業 ~3~

恐る恐るラインの画面を開いてみた。

もしかして舞ちゃんからラインで連絡が入っているかも……。


『大丈夫? 遅くなりそう?』


案の定、入っていた。

 

『何時くらいになりそう?』


『大丈夫?』


『ごめんね』


『大丈夫?』


『何時くらいになりそう?』


『大丈夫?』


『ごめんなさい』


『大丈夫?』


『ごめんなさい。連絡下さい』


俊輔の顔が怒涛のメッセージの数に比例して蒼ざめていく。


うあああ――――っ。

これはやっちゃったかもしれない。

どうしよう!


しかし、ここですぐに返信する度胸を俊輔は持ち合わせていなかった。


マンションの前で自分の部屋を見上げる。

電気はついておらず真っ暗だ。


もう寝ちゃったのかな?


玄関の鍵を開けて、ゆっくりと部屋に入るとリビングの電気はついていなかった。


やっぱり寝ちゃったか……。


すると、真っ暗のリビングの奥からヒクヒクという泣き声が聞こえてきた。


電気をつけると、テーブルに舞奈が塞ぎ込んで泣いていた。

テーブルの上にはラップのかかった食事が全く手付かずの状態で置いてある。


―え?

もしかしてずっと待ってくれてたの?


「舞ちゃん、ただいま」

「俊くん?」

舞奈が顔を上げると涙でぐしゃぐしゃになっていた。


「ごめんね、俊くん。こんなに遅くなっちゃうとは思わなかったから。本当にごめんね」

舞奈は大粒の涙を流しながら謝った。


「夕飯、食べずに待っててくれたの?」

「だって、俊くんがお仕事頑張ってるのに、先に食べられないよ」


俊輔は世界中の罪悪感という罪悪感が自分に降りかかったように感じた。


「ごめん、遅くなって」

「お腹すいたでしょお? 俊くんの好きなカレーとハンバーグだよ。一所懸命作ったんだ。すぐ温めるね」


俊輔はテーブルに座ると、カレーライスにスプーンを入れた。

正直、胃の中は満腹状態だったが、そんなことは言ってられない。


ひとくちカレーライスを口に入れる。

俊輔の目に涙が浮かんだ。


「ごめん、俊くん。美味しくなかった?」


俊輔は激しく首を横に振り、舞奈を強く抱きしめた。


「どうしたの? 俊くん」

「ごめん、舞ちゃん。ごめんね」


俊輔は謝り続けた。

こんなに一途で愛おしい女の子をおいて僕は何をしていたんだ。


俊輔はまたカレーライスを食べ始めた。

腹を壊そうが死んでも食べてやる―そう思いながら必死に口の中に入れた。

「美味しい?」

「うん!」

俊輔の目に溜まっていた涙が溢れ出した。


「俊くん、どうして泣いてるの?」

びっくりいた顔で俊輔を見る。

「舞ちゃんの料理が美味しくて……」

「テヘッ、嬉しい」

舞奈は照れながら笑った。


この子には僕がいなきゃダメなんだ。舞奈はこれから僕がずっと守る!

俊輔は心にそう誓った。


翌朝、俊輔は異様な胃もたれで目を覚ます。

「昨日はさすがに食べ過ぎたかな……」


時計を見ると八時を回っている。

「え? 八時って、ヤバいじゃん!」


リビングには朝食のスクランブルエッグとトーストが用意されており、その横にはメモが置かれていた。


『ぐっすり寝ていたので先に行きます。少しくらい遅れても許してあげる♡』


「ちょっと! ハートなんていいから起こしてから会社行ってくれよ!」


俊輔はトーストを口に咥えながら慌てて会社へと向かった。 


会社に着いたのは定時を二十分ほど過ぎてからだった。


メモには遅れても許してあげるって書いてあったけど、大丈夫かな?


恐る恐るオフィスへ入る。

「すいません。遅刻しちゃって……」


「あ、高城さん、おはようございます。藍澤課長が……」

優衣が険しい顔をしながら藍澤課長まいなのほうに目配せする。


蛇のような鋭い目で藍澤課長まいなが僕を睨んでいる。

俊輔はしかめっ面をしながら会釈すると、こっちへ来いと言うように首をくっと横に振った。


「はあ、やっぱりな……」

俊輔は思いっきり深いため息をついた。

許してくれるなんて言葉、信じた僕がバカだった。


「高城さん、がんばって」

俊輔は心配そうな優衣の声に目で頷くとトボトボと課長の席へ向かった。


「すいません。遅刻しちゃって」

「今、何時だと思ってるの? 転任して間もないのに重役出勤とはいい身分ね」


『君が起こしてくれないから……』

……なんて言えるわけがない。


それから課長まいなの怒涛の説教は三十分以上続いた。


『舞奈は僕がずっと守る!』


誰が言ったんだ? そんなこと。

誰か、誰か僕を守ってくれ……。



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