第7話 貢ぎ物

 今日のデートも相変わらずお家デートで、お家デート率は結菜の時と変わらなかったのだなと思った。あまりにも単調なのでウチに来るかと聞けば即答だった。普通は元カノが居る家でデートしようと思わないと思うが、莉子は来る気のようだ。――無かったことににされているのだろうか? もやりとする。

 玄関のチャイムが鳴ってドアを開ければ、またお洒落をした莉子が居た。正直、もう服装や見た目については陽葵として付き合っていた時との差が明確で、辛くなるので触れたくない。しかし結菜を演じる以上、スルーするわけにはいかずに、思ってもいないことでとにかく褒めるしかない。

「おはよう。今日はいつもと違う雰囲気の服だね」

 いつものカジュアルな雰囲気の服ではなく、フォーマルな雰囲気のあるロング丈ワンピース。色合いもシックな紺と珍しい。

「おはよう。……うん。どうかな?」

「似合っていて可愛いよ」

 思っていない以前に、可愛いとか可愛くないとか感じる余裕がない。結菜と会う時はお洒落をするというのはもう確定のようだ。ズキズキと胸が痛いけど、きっと気のせいだ。……もう莉子には憎しみしかないはずだから。

「ありがとう」

 莉子はほっとしたような顔をしてお礼を言った。

 服装についてどうかなんて聞かれたことがない。陽葵の評価は気にならないけど結菜の評価は気になるのだという事実が私を苦しめる。

「上がって」

「お邪魔します」

 莉子が私の家に来るのは、結菜が莉子と付き合い出す前に三人で遊んだ時ぶりだ。

 莉子は少し緊張しているようだった。



 今日はこの限られた空間でまた何をするのだろうと思いながら部屋に通せば莉子は紙袋を差し出した。

「これバームクーヘンなんだけど、最寄り駅で売っていたから買って来た。もし良かったら後で食べて」

「ありがとう」

 何でそんなの買って来たのだろうと思いながらも受け取る。

「この前のブラウニー、どうだった?」

 ああ、ゴミ箱に捨てたやつか。

「お母さんもお父さんも美味しいって言っていたよ。陽葵は食べなかったけど」

 本当はゴミ箱に食べさせたけど、そう言っておく。

「……そっかぁ。良かった。陽葵はブラウニー嫌いなのかな?」

「知らないな〜。お腹いっぱいだったんじゃない?」

 普通元カノが作ったお菓子なんて食べないと思うけど、莉子には〈陽葵〉のことなんて興味なくてちゃんと考えないから分からないのだろう。

 結菜らしくにっこり笑っておけば莉子は「そうなんだ」と言って笑顔を見せた。本当に結菜相手だとよく笑うよね。可愛いと思っていた笑顔は、今ではもっとも見たくない表情になった。

 莉子は結菜と陽葵、二人の部屋であるこの部屋をキョロキョロを見回す。

「別に何もないでしょ?」

「いや、懐かしいなって思って……」

 そう言いながら莉子は結菜の棚を見た。結菜の好きな雑貨が飾ってある。その隣にある私の棚も見る。

「それは陽葵のだよ」

 思わずそう声をかけた。だって興味ないだろうから。

「ああうん。置いてある物で分かるよ」

 莉子はそう言った。

 そして棚に飾ってあった一つの置き物を見て「これまだ飾っているんだ……」と呟いた。それを聞いてはっとする。その置き物は莉子から貰った物だった。

 入れ替わりに必死で持ち物を整理するのを忘れていた。慌てて、莉子の側に行き「ああ、それは捨てるの忘れていたんじゃない?」とフォローした。

 莉子は小さく「そっか」と言った。

 この場でポイっと捨てても良いのだが、今は結菜だから勝手に〈陽葵〉の持ち物を捨てるわけにはいかない。

「今日、陽葵は居ないの?」

 莉子は私を見てそう聞いた。

「居ないよ。だってまだ気まずいでしょ?」

 どんな気持ちで陽葵が居るのかなんて聞いているのだろう。陽葵のことなんでもうどうでも良いから気まずさなんてないの? それとももう後腐れなく遊べるとでも思っているの? イライラする。

 莉子はまた「そっか」と言った。

 どうして目の前に居るのは結菜なのに、陽葵の話なんかするのだろう。莉子の考えていることは相変わらず分からない。ただただ苛つく。

「そんなことよりこっちにおいでよ」

 少しぶっきらぼうな言い方になってしまったが仕方がない。目の前の私をしっかり見ない莉子が悪いのだ。

 莉子はきっと結菜がイライラするところなんて初めて見たのだろう――驚いて目を見開いた。双子の私だってあまり見たことがないのだから当たり前だ。

「ごめん……」

 莉子は床に視線を落としてそう言った。また私を見ない。せっかく結菜に成ったのに。

 結菜になって莉子に愛されて幸せになれるはずだったのに、傷ついたり苛ついたり良いことは一つもない。――それは莉子のことがもう好きではないから? それとも結局私は結菜のふりをしている陽葵であって、結菜には成れないから?



「そろそろ帰るね」

「うん、またね」

 何をして過ごしたかは正直あまり覚えていない。何か映画を観たかもしれないし、お喋りをしたかもしれない。もやもやとしたまま、適当に相手をしていて気付いたら夕方になっていた。

 玄関で莉子を見送る。莉子は何かを思い出したようで、慌てて自分のバッグの中から小袋を取り出した。

「これ、この前高校の時の友達の家で作ったの。キーホルダー。レジンを使うのは初めてだったからそんなに上手くはないんだけど……」

「ありがとう」

 もう何を言われても、間髪入れずにありがとうと返せる気がした。それくらい心のこもっていないお礼でも莉子は、陽葵の時には観たことのないほど嬉しそうに笑うから、作り笑いが崩れそうになる。

「大切にする」

 すっと手を伸ばして莉子の頭を撫でる。陽葵の時には出来なかった。嫌われるのが怖くて。面倒くさいと思われたくなくて。

 莉子はすんなりそれを受け入れる。――ああ、結菜はいつもこうしていたんだね。

 撫でるのを止めて「またね」と言えば、莉子は寂しそうに「うん。またね」と言った。

 そんな名残惜しそうな顔は見たくなかった。

 結菜らしい笑顔が崩れる前にさっさと送り出してドアを閉める。大股でドスドスと床に八つ当たりをしながら自室に戻るとゴミ箱にポイっと投げ入れる。

 莉子が結菜の為に作ったキーホルダーを使えるほど図太い神経は持ち合わせていない。どんな形で何色なのかも見たくなかった。上手いも下手も関係ない。いらない。

 キッチンに行くと冷蔵庫に仕舞っておいたバームクーヘンを取り出す。切り分けもせずにそのまま手で掴んで食べる。

 バームクーヘンは結菜じゃなくて陽葵――私の好物なのにどうして莉子は買って来たのだろう。どっちがどっちだか分からなくなった? 入れ替わりに気付かないくらいだしありそうだと思った。

 しかしそれだと結菜と陽葵で莉子の態度が全然違うことが説明出来ない。莉子は正しく判別出来ているかはともかく、区別はしているはずだ。

 もしかしてこのバームクーヘンは陽葵への口止め料のような物だったのだろうか? これを食べて黙っていろということか?

 莉子が陽葵に――私に黙っていてほしいことがあるとすれば、態度の差だろう。私と付き合っている時の雑な対応が結菜にばれたくないのなら、このバームクーヘンは陽葵宛だということになる。

 全部食べ終えて、入っていた箱を捨てる。好きとはいえど、本来切り分ける物を一人で食べるのはきつい。少し気持ち悪くなったが、美味しく食べたくなかったのでちょうどいい。

「ただいま」

 結菜が帰って来た。キッチンに立つ私とゴミ箱に押し込まれたバームクーヘンの箱を見て「え? 一人で丸ごと食べたの?」と聞く。

「そうだけど」

 冷たく答える。結菜は入れ替わりの協力者であるが、どうしても莉子と会った後は普通に接することが出来ない。

「夕飯食べられなくなるよ?」

「別に良い」

 結菜には食べてほしくなかった。陽葵を演じている結菜には。それだと莉子の思惑通りだ。

 私はもう一つも莉子の思い通りになってほしくなかった。全てをぶち壊したい。

 莉子は明後日またこの家に来る。ゴミ箱のキーホルダーを見たらどう思うだろうか? しっかり見えるように他のゴミは捨てないようにしないと。

 そしてきっと口止め料のバームクーヘンを陽葵が食べたかを聞くだろう。どんな顔をするだろうか。願わくば私よりも傷ついてほしい。

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2016のオランジェット ---わた雲--- @---watagumo---

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