第4話 同じ顔
「結菜はずるい」
勢いよく鼻をかむ結菜を見てそう溢す。全く関係ないとは言わないが、あまり関係はないくせに当事者である私と同じくらい盛大に泣いた結菜は、「そんなことないでしょ」と、ゴミ箱に鼻をかんだティッシュを投げ入れながら言った。
「そんなことある」
泣き腫らした目を片目ずつ交互に冷やしながらそう言った私を結菜はじっと見た。私も片目で結菜を見る。
結菜は小さくため息を吐いた。諦めたようなそれが何を諦めて出たものなのかまでは分からなかった。
「……変わろうと思えば変われるじゃん」
そう言った結菜のまっすぐな眼差しを正面から受けて、先ほどのため息が何を諦めたのかを理解した。結菜は覚悟を決めたのだ。何故そこまでしてくれるのかは全く分からないが私のために。
「入れ替わり?」
すぐに入れ替わりを連想したのは、過去の入れ替わり経験と、何となく相手のことがよく分かる例のあれからだった。自分磨きだとか、莉子との接し方だとか、そんな〈変われる〉の方が一般的なのかもしれないが、私たちにとっての身近で一般的な〈変われる〉は入れ替わりであった。
幼い頃に、あまりに自分たちの区別がつかない両親や友人に嫌気がさして入れ替わり、勝手に試しては失望し、ネタバラシもせずに静かに元に戻るという遊びとも言えない遊びをしていた。それは中学生くらいまでその理由でたびたび行われ、高校生になった頃からは入れ替わることで、お互いの〈違い〉を見て〈自分〉を確定させるために行うことに変わっていた。
思春期特有の自分探しもだいたい終わり、ここ最近は入れ替わっていない。よくよく思い返してみれば大学生になってからは一度も入れ替わっていない。必要に迫られなかったから忘れていたのだ。
「まだできるでしょ? 私のふり」
すぐに返事はできなかった。今回の入れ替わりは今までのと違い数時間から一日で済むものではないことは、入れ替わる理由から予測できた。結菜の真剣な顔が、私に決断を迫っていた。
「……うん」
アホらしいと思った。二十歳のちっぽけな恋愛のために二人分の人生に影響を及ぼす入れ替わりをするなんて。
それでも私はどうしようもなく莉子が好きで。陽葵(ひまり)ではない私でも良いから、私が莉子に愛されたかった。……莉子が結菜のことを好きなら、私は〈結菜〉になる。そうすれば莉子は〈結菜〉と幸せになれて、私は〈莉子に愛される人〉になれる。
「じゃあ、陽葵は莉子と別れて……。結菜として莉子ともう一度付き合えばいいよ」
「いいの?」
「いいよ。陽葵がそれで良いのなら」
結菜は微笑んだ。私はーー。
「……お願い」
カラカラになった口から絞り出した声は、仲良く同じリズムを刻む二つの目覚まし時計の秒針の音より小さく、本当に正しい音になっていたか怪しかった。
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